【番外編?Part1】
騒ぎが起こった日とは思えないように、今宵の森は静まり返っていた。
薪がぱちぱちと音を立て、小屋の中を淡い橙色が照らしている。
ユリアは寝台の上で、すやすやと寝息を立てていた。
その無防備な寝顔に、エハルオーは一度だけ目をやり、深く息を吐く。
外は満月。森の枝が風に揺れ、葉がささやくように音を立てている。
いつもと変わらない夜だが、彼にはどこか異様な雰囲気を感じられた。
それに答えるように、一陣の風が吹き、何かが羽ばたいた。
エハルオーが顔を上げると、黒い鳥が窓辺に舞い降りていた。
その足には、封蝋で閉じられた巻紙が結ばれている。
「……やれやれ、こんな夜更けにか」
鳥が差し出した手紙を受け取ると、エハルオーは手早く封を切った。
中には短い文。だが、その内容は胸を冷たく締めつけた。
“エハルオー殿
そちらに呼んだ女の件について。
任務を遅らせるな。
奴の目覚めの兆候が現れた今、戦を起こす時だ。
早急に準備を整え、戦いに備えたまえよ。”
エハルオーの指が止まった。
紙を見つめる瞳に、かすかな怒りが宿る。
「……何を焦っておる。まだあの娘は――」
「エハルオーさん...ご飯はまだですか...?」
言葉を飲み込み、彼は黙った。
「はぁ、寝言か......」
手紙を丸め、指先で火を灯す。紙は静かに燃え、灰となって舞い散る。
窓の外、森の奥からフクロウの声が響いた。
その鳴き声に重なるように、ユリアが寝返りを打つ音がする。
寝台の上、月光を受けた頬が柔らかく光った。
エハルオーは一瞬だけ目を細め、苦笑を浮かべた。
「……こいつに、戦など似合わん。まだ、あの笑顔を守れるうちは……俺が時間を稼ぐさ」
外から吹き込む夜風が、灰をさらっていく。
それは小屋の外へ、森の闇の中へ、静かに溶けていった。
風がやみ、再び夜は静寂に包まれる。
ユリアの寝息だけが、変わらず穏やかに響いていた。




