失敗は成功のもと
早朝。
森の朝は静かだった。
小鳥の声がかすかに響き、空気には夜露の冷たさが残っている。
ユリアは、まだ誰も起きていない時間にひとり外へ出た。
空は淡い群青色で、太陽は森の端でようやく顔をのぞかせようとしていた。
「……よし、今日こそコツを掴むんだ」
昨日、エハルオーに教わった“芽吹きの魔法”は、成功と失敗の繰り返しだった。
力を込めすぎれば何も起きず、抜きすぎても何も起こらない。
「自然に流せ」と言われても、どう“自然”にすればいいのか分からなかった。
(きっと、もう少しだけ感覚を掴めれば……)
ユリアは畑の端に膝をついた。
両手をそっと土に触れる。
ひんやりとした感触が手のひらから伝わり、眠気がすっと引いていく。
(昨日より静かに……焦らないで……)
ゆっくりと呼吸を整え、心を落ち着かせた。
少しずつ、体の奥で温かいものが灯る。
それが“魔力”なのだと、ユリアは感じ始めていた。
(大丈夫、もう怖くない。今度こそ……)
掌の中に小さな光が生まれる。
その光はゆるやかに土へと溶け込み、やがて小さな芽を生み出した。
「……できた」
ユリアの唇が、自然にほころんだ。
けれど、次の瞬間――
もっと上手くやれる、と思った。
魔力の流れを切らずに、そのまま集中を深めていく。
“感じる”よりも“操る”意識へ。
心が静まり返るほどの集中の中で、
ユリアは周囲の音も、鳥の声も、時間さえも忘れていった。
やがて、微かなざわめきが耳に届く。
(……風?)
違う。
視界の端で、土が蠢いた。
その揺れは瞬く間に広がり、次々と芽が顔を出す。
「えっ……?」
芽はとまらなかった。
どんどん伸び、絡まり、畑のあちこちから飛び出していく。
地面の下で“何か”が脈打つように、魔力が勝手に暴れ始めた。
「うそ、待って!止まってええ!」
けれど、成長させる魔法しか習っていないため、ユリアは手放し方がわからない。
魔力は暴走し、芽はさらに勢いを増す。
葉が茂り、つるが絡まり、
気づけば畑は濃い緑の海と化していた。
「ど、どうしよう……!」
足元までつるが絡みつき、ユリアは転びながら必死に抜け出そうとした。
太陽が昇り始める。
森の中が金色に染まり、ジャガイモ畑――いや、ジャガイモの森が朝日に輝いた。
その時。
「こら、ユリアーーーッ!!!」
怒号とともにドアが開き、エハルオーが飛び出してきた。
杖を一振りすると、空気がうなり、風が渦を巻いた。
過剰に成長したつるや茎が次々と切り裂かれ、緑の海がようやく静まる。
「な、何をやらかしたんだお前はっ!」
「ち、違うんです! 練習してただけで……!」
「寝坊したらこのザマだ!森がジャガイモ畑になるところだったわ!」
ユリアは肩で息をしながら、へなへなと座り込んだ。
見渡す限り、葉と茎の山。
それでも――
「……でも、ちょっとだけ、前より感覚が掴めたんですよ!」
エハルオーは深いため息をついた。
「わかっておる。お前の魔力は“育つ”方向に強い。
感じる力も、流す力も、悪くない。だが――」
「だが?」
「止めどころを知らん!」
「……うっ」
「魔法というのはな、掴もうとするより、手を離す方がずっと難しい。
それを覚えるまでは、勝手に練習をするんじゃない」
エハルオーはため息混じりに笑った。
ユリアは顔を真っ赤にしながらうつむく。
朝日が完全に昇りきるころ、
森には、風に揺れる青い葉と、二人の笑い声が混じって響いた




