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ep.9 ペリカン島の大図書館

おはようございます。【第九話】です。

「とうちゃーく!」


 両足を着地させて、元気良く声をあげる神様。

 両手を上げて万歳も。


「……うへぇ、気持ち悪っ……」


 続けて俺も片方ずつ足を踏み入れ、無事到着。

 苦虫を噛み潰したような顔を、どこにも何も付着していないと言うのに、手の甲でごしごしと拭う。


 あの不可思議な(ゲート)は、通る時にエレベーターでの昇降する時のような浮遊感があるのだが、同時に、全身で膜を突き抜けて進む感触も味わうことになる。

 その膜の触り心地と言うのが……最悪なことに、嫌に肌に残るのだ。

 それがもう、気分の悪いこと悪いこと。


「(ヌルヌルベトベトのスライムを全身に浴びたみたいで、気色悪ィんだよなァこれ……)」


 あまりにも気分の良いものではなかったからか、俺はついつい内心で不満をごちる。

 けれど、それでもたったの三歩で終えた長旅だ。

 とてもすぐには到達できないであろう長距離を、たった数分、数十秒で。それも神様にはプロテクトもかけてもらったうえで、である。

 思わぬハプニングで日帰りとはいかなくなってはしまったが、それ抜きにすれば快適な旅路には違いない。

 こうも超優遇対応されたうえで、不満を溢すのは少し我が儘が過ぎる。

 そう考えると、一先ず(ゲート)での不快感は飲み込むことにした俺であった。




「にしても、圧巻よなァ……」


 何度見ても、そう思う。

 目の上に掌で影を作り、背を反らしながら俺は“それ”を見上げた。


 そこには、向かい合わせでそびえ立つ二つの壁があった。

 前後に続く一本道を囲み、亜空へと続く天井知らずの巨壁。

 しかし、それはただの壁ではない。

 何段にも重なり、囲いを作るそれは、まさしく棚であり、そこら中に詰め収められているのは、夥しくも無数にある本の群れ。


 そう。その巨壁はすべて本棚にすぎないものだったのだ。


 その側面、あるいは傍らには、幾つもの書見台が並び、そこにもまた本が収められている。

 そして、それらは風もないのに、独りでにページをめくられ続けていた。


 まるで、魔法使いのいる世界の図書館みたいだ。


 初めてそれを目の当たりにしたとき、俺が思ったのはそんなこと。

 この目で確かに見ている景色なのに、映画を鑑賞しているかのように現実味がなく、幻想的だった。

 何より、現実離れしたこの光景に、この俺が心をときめかさない筈がなかった。

 そして、その上に──この山のように積まれた本を見ていると、読書好きの血が騒いで仕方がない。


「(これ、何が書かれているんだろう……?)」


 眺めているだけでも、うずうずと好奇心が募って止まない。

 俺はそっと、傍にあった書見台へと近付いた。


 ぱらり、ぱらり。

 緩やかな速度で、しかし、じっくり読むにはやや早くも感じる速さで、書見台の上に収められた本は独りでにページをめくっていく。

 それを覗き込むように中身を見てみると──そこで見た光景に、俺は驚かされた。


 なんと、自動的に進んでいくのは、ページだけではなかったのだ。

 “筆”もまた、勝手に動いていたのである。


 真っ白だったページに、見えないペンが文字を綴り、左右両面を埋め尽くすたびに、次のページへと進んでいく。

 そして、すべての白紙を埋め尽くした本は、ふわりと宙へと浮かび上がると、本棚へと収められていった。

 次の瞬間、どこからともなく真新しい本が現れ、書見台にて開かれてはそこにまた新たな文字が書き綴られていくのである。


 俺はそれを見るや思わず「ほう……!」と唸って目を輝かせた。

 原理はまるでわからない。が、これだけ摩訶不思議な光景だ。非常に魅力的である。

 これだけ惹き付けられる要素のあるものだと言うのに、綴られている文字が俺の知らないものだと言うのが中々に惜しい。

 出来ることなら内容も知りたかった……!

 高揚感に悔しさが上乗せとなり、思わず拳に力が籠る。

 しかし、やはりそれだけだは発散しきれる筈もなく。俺は苦し紛れにぐるりと周りを見渡していった。

 何か他に目新しいものはないだろうか、自分の興味が惹かれるものはないだろうか。

 いや、これだけの光景だ。右も左も何処見ても、退屈なんてとてもしていられない。

 俺の足は自然と心の赴くままに歩を進め始めていた。




 そうしている内にも俺はまた、ある一冊の本の前にて立ち止まった。

 それは、黒地の生地を鞣したレザー装丁の本だった。

 他の本と比べても一際手の込んだ作りをしたそれは、豪勢故に一際目を引く見た目をしている。

 装丁で何か差別化でもされているのだろうか?

 浮かぶ疑問や気になることは数あれども、ここまで来たら俄然中身にも興味が湧いてくる。

 俺は嬉々としてそれを手に取ると、開かれたままだったその中身を見た。

 ……しかし、そこで俺は愕然とする。


「(全ッ然読めねェー!)」


 やはりとも言うべきなのだろう。

 他の本同様、その黒レザーの本もまた見たことのない文字で中身を埋められていたのである。いやはや、がっかり。


「どうにか読めるようにならんかね……?」


 期待しただけに、尚更未練がましくなってしまう俺。黒レザーの本に齧り付く。

 遠目で見て、近くで見て。

 横から、更には薄目で……と。


「(……チクショーッ! 何ッもわからん!)」


 ひたすら悪あがきを続ける俺だったが……しかしまぁ、どうにもこうにも。うんともすんとも。

 悲しいかな、何の成果も得られませんでしたァ!


「はーあ……」


 流石の俺も、これ以上は無駄かと諦めが付く。

 思わず口からは大きな溜め息も。


「なんつーか……この文字、既視感だけはあるんだがなァ……?」


 本を書見台に戻しながらそうごちる俺。

 その本の文字は他の本と似た感じのものでこそあったが、読んでいる内に脳裏をちらちらと過るものがあった。

 とは言え、その既視感の謎にはついぞ解明するには到れず、名残惜しくも手放すことに。

 ゴト、と重量感ある音を小さく鳴らしつつ、丁寧に元の状態へと形を整えて──


「……あ。」


 そこで俺は改めて黒レザーの本の表紙に視線が行く。

 そう言えば、俺はこの本が何の本なのかを知らない。


 本と言えば。それが本ならば。

 当然あるであろうものに、俺はまさかの失念していた。

 それは何ページも重ねて連ねられた本の中身を、たったの一文で表現してみせるもの。

 即ち、“題名(タイトル)”だ。


 読みたい一心でついつい中身の方ばかり目が行ってしまっていた俺は、折角だからと黒レザーの本を閉じてみた。無論、開いていたページを見失わないよう人差し指の栞を添えた上である。

 そうして表紙とご対面。刻まれた本の名を見た俺だが……そこで目を大きく見開いた。


「読める……」


 そこにあったのは、中身にあったような知らぬ文字ではなく、寧ろ俺のよく知る文字だった。

 詰まるところ、日本語だったのだ。


 人差し指がレザーをなぞる。視線が指先を追っていく。

 たった一文だけの解読可能なその文字に、まるで舌で味わうかのように、俺は小さくも声に出して呟いてみた。


「──“アルクレス・B・ハイブラシル”。」


 そこには、そんな文字が書き刻まれていた。






 *****






「──お兄ちゃん?」


 くるりと振り返った時、そこはもう伽藍堂。

 一体いつの間にはぐれたのやら、あの人の姿はなくなっていた。


「あれぇ……どこ行っちゃったんだろ?」


 右を向けど、左を向けども、見渡す限り人影はない。


「お兄ちゃーん? お兄ちゃーん!」


 どこにいるのと訊ねても、帰ってくるのは静寂のみ。


「……」


 思わず、手が服の裾を握り締める。

 胸の内にすうすうと冷たい風が吹き込んでくる、そんなものを感じ始めて、それが嫌で振り払うように空を蹴った。


 ふわりふわり、身体が浮かぶ。

 視線はキョロキョロ、忙しなく。

 あっちへ行って、こっちへ行って、物陰の裏まで覗いてみる。

 けれども、やはりあの人の姿はない。


「もしかして……あっちの方?」


 そして向ける視線の先には、あの大きな本棚の麓。

 沢山の本の群れがごちゃ混ぜになってたむろする光景が。


 大きな本棚に囲まれたここは、本があるだけで他に何もない。

 あの人に危害を加えるような者はいないし、危ない障害物も特にない。

 何より、ここは出ようと思っても簡単に出られるような場所でもないのだ。

 だから、あの人が迷子になろうとも別段危機感を抱くことはない。


 自分が嫌なだけなのだ。傍にあの人がいないことが。


 幸い、あの人はとっても背が高い。

 見付けやすい見た目だってしている。

 だから、きっと大丈夫。


 あの人のことだって、直ぐに見付かるだろう──そう思う、神様でした。






 *****

 





 えっ、と思わず声をあげる。

 目にしたその文字に、俺はとても見覚えがあった。


「ハイブラシル? これってもしかして、“ハイ・ブラジル”のことじゃ……?」


 本を前に首を傾げる俺。

 その文字を見た俺の頭の中で、いつか調べものをした際に偶然知った“伝説の島”の名前が浮上する。

 それはアイルランドに伝わる幻の島のこと。

 なんでも“訪れたものを不老不死にする”んだとか、そんな逸話のあるものだ。

 もしかして、この本にはその島の話が綴られているのだろうか?

 けれど……どうにもなんだか違う気がする。


「これは、もしかして……人の名前、か?」


 俺でも容易く読めるように、カタカナとアルファベットで綴られた文字。

 それをじぃと見て眺めて、頭を捻り、首を傾げ、うんうん唸りながら考えてみるのだが……残念、これ以上俺に思い当たることはないらしい。

 もやもやした気持ちは残ってしまったが、一先ず、俺はその場を離れることにした。


 それからも俺はキョロキョロと、様々な箇所に目を向けていく。

 たまに表紙を覗き見て。徐に本の中身を覗き見て。

 色々と調べてみて回ってみたが、やはりどうしても読める本がない。


「表紙だけなんだよなぁ……」


 唯一、俺に解読可能なものがあるとすれば、それは表紙の題名のみ。

 幾つか見て段々と確信を得てきたのだが、やはりそれは人の名であっているらしい。


「こっちのは“フローラ”……こっちは……“メイ・スー”? なんか中国人っぽい名前だな。」


「“シグルズ・フリード”。ふむ……なんつーか、名前が“シグルド”に似ているな? いや、どっちかってーと“ジークフリート”の方かも……」


「“ロヴィオ・ヴォルグ”……カッケー名前だなァ! ヴォルグってーと、確か意味は“狼”だっけか?」


 行く先々で表紙を覗き見て、読める文字だけ拾っていく。

 中身が読めないのは不服なことこの上ないのだが、案外表紙を見るだけでも中々に楽しい。

 ここにある本達の題名が人の名前だと理解してからは尚更だ。


 顔も素性も知らない誰かの名を冠した本達は、名前同様一つとして同じものがない。

 装丁も、厚みも、何なら文字だってそうだ。

 そんな本達の多種多様な様は、なんだかその人の人となりを本を通して見ているみたいに思えてならなかった。


 ……そうそう。

 色んな本を見ていく内に気付いたことなのだが、文章に使われている文字ですら、時に全く異なる形のものを使われていることがあったのだ。

 殆どが似た文字だったので中の文字だけは統一されているのかと思ったのだが、案外そうでもないらしい。

 とは言えそれも俺には解読出来ないものなので、謎は深まるばかりだ。

 俺は俄然興味が湧いてしまって仕方がないのだが。


「(神様に聞いたら教えてくれるだろうか?)」


 多種多様の本達を前に、俺の読書欲は募るばかり。

 すると、先程の黒レザーの本から差程離れていない場所にて、妙に目に留まるものを見付けた。


「……お、なんだ? あれ。」


 それは、他のものと同じように書見台の上に乗せられた一冊の本だった。

 しかし……何故だろうか?

 その本だけは開きっぱなしで、全くページが進んでいない。

 周りが忙しなく動いているだけに、仲間外れのその書見台の周りだけ時間が停まっているかのような、異様な空気に満ちていた。






 *****






「……邪魔なんだけど。」


 不機嫌な声を響かせて、冷たい眼差しがそれを刺す。

 いなくなったあの人を探していたのに、目の前には立ち塞がる障害物。


「退いて。」


 そんな言葉を口にすれば、障害物は自ら道を譲ってくれる。

 開いた道に身を滑らせて、再び進み出すが……それも直にまた立ち止まる。

 苛立たしげな眼差しの向く先には、また新たな障害物が。


「もう! 邪魔だってば!」


 口を衝いたのは、自棄っぽい怒鳴り声。

 もううんざりだ、とばかりに当たり散らすように吐き出した。

 なのに、それは微動だにしない。

 目の前にてそっと佇んでいたかと思うと、徐にページを開き始めたのだった。


 パラパラ、ページを捲り行くは一冊の本。

 流れる白い波がやがて凪ぐと、本は我が身を差し出すように神様の傍へ。

 まるで自分を読んで欲しいとばかりにその場を離れない。


「要らない!」


 けれども、神様はそれを拒絶する。


「どっか行って!」


 決してそれには目をくれず、瞼キツく閉じて中身を見ず。

 そんな神様に、粘った本も遂に折れてしまう。

 しょぼんと落ち込んだかのように俯かせると、力無く浮かんだまま何処かへ去って行ってしまった。


 物寂しげな背表紙を見せて去り行く本。

 それを横目に神様は溜め息。


「早くお兄ちゃんを見付けないと……」


 そう呟いた神様の顔色は少し悪い。

 正直、ここにはあまり長くいたくない。

 そう考えてしまう神様は、進むには気が乗らない本の群れの中で、あの人の姿をまた探し始めるのでした。

 

 




 *****






「(何だろう?)」


 俺は徐にその書見台へと歩を進めていく。

 先程のことがあっただけに、尚更興味がそそられて仕方がなかったのだ。

 好奇心に誘われるがままに近付いていくと、そこで見たものに俺は驚かされた。


「日本語だ……!」


 そこにあった和装丁の本に綴られていたのは、自分が最も馴染みのある文字だったのだ。

 ……いや、厳密に言うと、それは自分の知るものとはやや違う。

 何と言えば良いのか……少々型崩れしているらしい日本の文字なのだ。

 ニュアンスとしては、古文のものに近しい気がするが……それでもあまり見たことのない崩し字だ。

 読み解くには少々頭を使う必要はありそうだ。だが、馴染みのある言語である分、直感で読むことも可能そうでもある。

 そのことに一目見て気付くや否や、俺は衝動的にその本を手に取った。


「……って、あれ? これ、題名がない……」


 白にうっすら青が混じる色の表紙のその本には、題名らしき文字が見当たらなかった。

 それにしても、見た目が分厚いだけあって手にした感じもかなり重い。

 題名がないことに気になりはするものの、とにかく今は中身のほうが気になった。

 俺は本を抱え直すと、改めてその中身を覗いてみた。


 どうやらその本は、すべて書き終える前に筆が止まっているらしい。

 解読こそまだ出来ていないが、文字の羅列を見て察するにそれは、途中から文章が全く進んでいないことはすぐにわかった。


「(ははぁ、だからこの本は本棚へと並べられていないのか。)」


 思えば、他の本達は全てのページを書き終えたものから棚へと運ばれているようだった。

 見上げた先の本棚には、厚みも表紙の色とて多種多様。

 それでも全て中身が字の羅列で埋め尽くされているらしく、周りの書見台で見えない筆がせっせと空白を埋めて回っている。

 俺とてここのことはよく知らないし、神様から直接聞いた訳でもないから全ての理屈を知る訳ではない。

 それでも眺めていてなんとなくに察したその仕組みから、この本の事情のほんの一部分を垣間見た気がして、俺は小さく唸って顎を撫でた。


「(じゃあ、この本には何が書かれているんだろう?)」


 そして俺はその本の中身をじっくり読んでみることにした。

 手始めに、始めに見たところから。

 一目見て読めると感じた、最後のページのことである。


 ええと、何々……?


「……が、いない……世界……の……」


 所々文字が崩れすぎていて、或いは文字が薄くぼやけて読みにくい。

 それでも俺は目を凝らし、文字をなぞりながら読み進めていく。


「生きる、為……の? 糧は……底尽いて……ううん?」


 そこまで読んで、俺は顔を上げた。

 片眉を上げて、怪訝な顔。


「もしかして、これって……小説?」

「どうしたの?」


 その時、俺は悲鳴を上げた。

 驚愕のあまり、思わず本も放り投げる程に──だが、危うく本を地べたに落とすところですかさずキャッチ!


「わーお、お見事!」


 パチパチパチ!

 背後から響く称賛の声、拍手喝采。

 何とか無傷で保護出来た本を抱えて、バクバクと激しく鳴る心臓を抑えながら俺は振り返る。


「神様! もうっ……驚かせてくれるなよ!」


 そこにいたのは、勿論神様だ。

 クスクスと面白そうに笑いを溢しながら、ふよふよと身体を浮かせて俺を見下ろしていた。


「あはは! ごめんごめん。そんなつもりはなかったんだけどー」


 そう笑いながらに言う彼は、宙を滑るようにまた俺の背後へと回ってくる。

 後ろから首に腕を回す形でぴっとりとくっつき、頭の上に顎が置かれたかと思うと、彼は困ったような笑みと共にこう言った。

 

「お兄ちゃんったら、ちょっと目を離した隙にいなくなっちゃうんだもの。……探したんだよ?」

「……あっ。」


 そこで俺はようやく気付く。

 そうだ。本棚と本に夢中になる余り、神様を放っぽって好き勝手動き回ってしまっていた。

 思えばそこは、始めにいた位置からもう随分と離れている場所だ。

 ばつの悪い顔をした俺は、気まずげに頭を掻いた。


「わ、悪ィ、気になるもんがあり過ぎて……つい。」

「ふぅん? お兄ちゃんが気になるものって? そんな面白味のあるものなんて、ここ、あったっけ?」


 神様は不思議そうな顔をしてそう訊ねてくる。

 それに俺は信じられないことを聞いたとばかりに顔を上げると、ばっと両腕を広げてこう言った。


「あるじゃあないか、ここには沢山! ──本が!」


 そして俺達は見上げる。

 数えきれない程の本が並ぶ、壁のような本棚をその目に映して。

 ありとあらゆる場所に備え付けられた書見台、そこに佇む本達を前にして。

 その光景に、俺はより一層目を輝かせて、神様は表情を曇らせた。


「ああ……うん、そうだね。」

「これだけ本があったら退屈しないよなぁ、俺には読めないのが惜しいくらいだ!」


 やや興奮気味になりながら話す俺。

 そこで思い出したように手にしていた本を神様に見せた。


「……あ、そうそう! これなんだけどさ、こいつなら俺にも読めそうだから、ちぃとばかし貸りるってのは──」

「はいはい、そういうのは後にしようねー。」


 唯一自力で解読可能そうなその本を見せて、神様に借りれないか訊ねようと思った俺。

 しかし、そんな声は突如遮られたかと思うと、神様が俺の襟を掴んでずるずると引っ張り出したのだった。

 ついでに本も取り上げたうえで。


「ちょっ……神様!」


 俺は思わず抗議の声をあげる。

 折角見付けた本を神様は元の場所へと戻していたからだ。

 しかし神様は構わず俺を俺を本棚から遠ざけるように引っ張っていく。


「大体ねぇ、お兄ちゃん、すっかり忘れてるでしょ?」 

「あ?」

「ボクのお願いのことだよ。」


 ずるずると俺を引きずりながら神様はそんなことを言う。

 本を取り上げられて不満顔な俺は、如何せん今は本のことで頭がいっぱいだ。

 何のことかすぐにわからず俺は首を傾げた。

 そんな俺を見て呆れたように息を吐いた神様は、仕方なさげに肩を落とすとこう言うのだった。


「キミはこれからボクの為に“物語”を書いてもらうんだから、そのことをちゃんと説明しないといけないでしょ。その為にも、お兄ちゃんにはここにずーっと暮らしてもらうことになるんだから。」


 本なんて、後でいつでも読めるでしょ。

 神様の話を聞いて俺はハッとした。

 彼の言う通り、俺は当初の目的をすっかり忘れていたのだ。


 “物書き”として、神様からスカウトされていたことを。


「でもよぉ……ちょっとくらい良いじゃんかよぉ……」

「ダーメ。だってお兄ちゃんってば、それで前に離れたとこから見るだけならって許してあげたら全然動かなくなっちゃったんだもん。今回ばかりは許してあーげない!」

「そんなぁ……!」


 駄々を捏ねて本をせがんでみる俺だったが、あえなく撃沈。

 遠ざかりゆく本を名残惜しげに眺めながら、神様にずるずると引きずられていくこととなったのだった。


 これにて俺の図書館探索は閉幕。

 何だか消化不良の気分……俺は一人、がくりと項垂れた。




 ▼ep.9 ペリカン島(アルカトラズ)の大図書館  終











────────











 時の流れは止まらない。

 季節が巡ろうと何も変わらない。

 なのに■の時計だけ、針はすっかり錆び付いてしまっている。

 ■の時間はもう何年と停まったまま。後にも先にも進めない。

 朽ちて去ることすら許されない。


 ああ、今日もまた朝が来る。日が暮れればあの忌々しい夜が来る。

 苦しいばかりの毎日は、■の生きる意味すら腐らせていく。

 生きる為の心の糧はとっくに底付いていた。

 餓えはいつしか忘れてしまっていた。

 もう随分と永く終わりを待ち望んでいるけれど、うんざりするような夜は何度も何度もやってくる。


 ■の世界にはもう、誰もいない。

 空はとうに青色を忘れてしまったらしい。

 温もりは失せ、命は絶え、生あるものは悉く食い潰されていく。


 そんな死せるこの地で、明日も、明後日も、そのまた先の未来でも、無意味に生き永らえるだけの生が続くと言うのならば──




 ■にとって、ここほど“地獄”に相応しい場所は他にない。




【題名:無名──独白】




アルカトラズ  意:ペリカンの島

ペリカン  和訳:伽藍鳥


近々過去投稿分の修正をしようかと思ってます。

極力続編だけは毎水曜日投稿を徹底したいのですが……頑張ります。

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