ep.7 尺度の齟齬と認知の歪み
誰にとって何が致命的なのか。
こんばんは。【第七話】です。
今回の話は
一織=神様
人間≠神
みたいなお話です。伝われ!
「ちょっ……ま、待ってくれよ神様!」
混乱する頭を抱えながら、俺は咄嗟に声をあげる。
目の前には欠伸を噛み殺している真っ最中な神様、片目を瞑ったままもう片目が俺の方を向く。
「んぁ?」
「十二年なんて……そんな長い期間を寝たきりって、有り得ないだろ! どう考えても普通じゃあない!」
くしくしと目を擦り、それから何のことだろうかと首を傾げる神様。
俺が慌てふためく理由がサッパリわからない、とでも言いたげな顔だ。
そんな彼の肩を掴み、俺は必死に問い詰める。
「そもそもの話だ! ずっと疑問には思っていたが、なんで俺は寝たきりだったんだ!? ここに来る前のことは覚えてても、来てからのことはサッパリで……!」
思えばそうだ。不自然なことは多くあった。
ここに来てからの記憶が曖昧なことも、起き抜けに身体が死ぬ程凝り固まっていたことも。
神様が口にしていたことだってそうだ。
わからないことが多すぎる。
「ここに来た時、俺に何かあった筈だ! ……なァ、神様、教えてくれよ! あの時、この世界に来た時に、俺に何があったんだ……!?」
「……? あ、そのこと?」
俺の切羽詰まった様子に、始めはキョトンとしていた神様。しかし、俺の話を聞いてようやく理解したのか、掌を打った。
やっぱり! 俺の身に何かがあったんだ!
神様の反応を見てそう確信した俺。
しかし、神様が明かした事実に、またもや驚愕せざるを得なくなる。
「あのね、この世界にお兄ちゃんを連れてきた時にね、
──壊れちゃったの。」
「…………えっ?」
一瞬、何を言っているのかわからなかった。
頭が理解を拒否しているかのようだった。
神様は後頭部に手を置き、「いやぁうっかりうっかり!」と明るいままにカラリと笑っていた。
「お兄ちゃんが人間だってことをついつい忘れちゃっててさぁ、下界する時の下降負荷のことが頭から抜けてたんだよね。」
「下界の子達が神域に上がってこれないように重力で防いでいるのと同じでね? 下に向かう時も、深海に下るのと同じように圧で潰れるように出来てるんだよ。神でも何でもない、弱いものは特にね。」
「もちろん、慣らしてから入れば何でもなかったんだ。ただ、ボクがうっかりそのまま直に地上に連れていっちゃったもんだから、お兄ちゃんが耐えきれなくって……」
神様の声が遠く聞こえる。
今にも気が遠くなりそうだった。
俺の知る言葉で話されていることだと言うのに、まるで理解が出来なかった。
顔面蒼白で茫然とする俺のことなど目もくれず、世間話の一貫に過ぎない体で神様は話し続けた。
「いやぁ、人間って壊れるとあんな風になるんだね。ボク、人間が“発狂”するとこ、初めて見たよ──」
その瞬間、俺の身体は衝動的に動いていた。
俺の右手が神様の襟首を掴む。
ギリギリと渾身の力が入り、神様の衣装に皺を作って引っ張り上げていた。
その手は力を込めすぎて、血の気が引いて最早真っ白に。
手首や額には青筋が浮かんでおり、頭には血が昇って今にも爆発してしまいそうだった。
それほどまでに怒りが湧いて仕方がなかった。
ふざけンじゃねぇ!
人のこと壊しといて、何を呑気なことを言っているんだ!!
本当はそう怒鳴り付けてやりたかった。
衝動のままに、この怒りをぶつけてやりたかった。
それが普通のものではないことは、もう理解していたつもりだった。
けれども本当の意味で理解し合えることはない、と言うことを今ようやく思い知った……その筈だ。
しかし、だからと言って手を出すのはどうにも憚れた。
俺の視覚が理性に働きかけてくれていたのだ。
今、俺の前にいるのは、あどけない顔をした幼い頃の自分。
例えそうじゃあなかったとしても、神だとしても子供は子供だ。
容易に子供に手を出せる程、俺は落ちぶれちゃあいない。落ちぶれてはいけない。
そもそもの話、衝動的に動くのは良くないことだって俺はちゃんとわかっているつもりだ。
それを身に染みて知っていた俺は、殴ってやりたい気持ちを噛み殺し、作っていた拳にグッと力を込めた。
ただ、肝心の神様はと言うとその状況がまるでわかっていない。
「……どうかしたの? お兄ちゃん。」
目の前には小首を傾げる神様の姿。
どうして俺が怒っているのかをわかっていない、悪いことをした自覚もない。
そんな神様が俺に向けていた眼差しは、あろうことか、心配そうなものだった。
「なんだか苦しそう。どこか痛いの?」
伸びてきた手が俺の頬を包みこむ。
労るような手付きだ。俺は思わずやるせなくなった。
「…………スゥッ、」
段々怒るのも馬鹿馬鹿しくなってきた。
ここはもう一層のこと、気持ちを切り替えてしまおう。
俺は思い切り息を吸った。
吸って、吸って、それから止めて……肺に溜めたものを一気に吐き出した。
「はああぁ~~~……」
深い深い深呼吸からの、脱力。
神様の胸ぐらを掴んでいた手も離し、代わりに項垂れながら両肩に手を置く。
それでも神様はやっぱりわかっていないようで、キョトンとしたまま俺を見詰めていた。
「……なァ、神様よ。」
神様のそんな姿を見て、俺はようやく決心がついた。
相手が相手なだけにどうしても憚れていたことだ。
ずっと堪えていたのだが……流石にこれはもう、許容範囲を越えている。
何より、これ以上見過ごしていては神様の為にもならない。
そこで俺は思うのだ。
ここはもう“そう”するしかあるまい、と。
そして俺は下を指差すと、ポカンと呆けた神様にこう言うのだった。
「そこに、直れ。」
にっこりと、満面の笑顔を作る俺。
そのこめかみに、隠しきれない怒りを露にしたままに。
「良いか? 神様よ。」
「んー?」
なぁにー? 神様は素直に返事する。
そんな気の抜けた返事に、俺はまた眉間に皺寄せた釣り眉をひくりと痙攣させるが……ここはグッと堪える。
俺達は今、地べたに座って向い合わせと相なっていた。
座り方は正座に指定。神様は依然として状況をわかっていないままだが、それでも今は俺に従ってくれている。
「俺は今、怒っています。」
「何で?」
「それは、神様から酷いことをされたことを、知ったからです。」
「ひどいことー?」
神妙な顔で話す俺。
神様は訳がわからないと首を傾げる。
「何のこと?」
「…………」
俺は頭を抱えた。
思わず投げ出してしまおうかとすら思った程だ。
「じゃあ聞くけどよ、神様は俺をここに連れてきて……どうしたんだ?」
「ここに? それはお兄ちゃんに、ボクの世界を見て欲しくて……」
「そうじゃあない。そっちじゃあなくて。」
「うん?」
「この世界に来た直後のことだよ。」
「えー……?」
「神様にここまで連れてきてもらった俺は、どうなった?」
そう訊ねてみれば、神様は考える素振りをしてみせた。
うーん、と小さく唸り出し、やや間を置いてこう言う。
「なんか、壊れちゃったねぇ。」
……何だか頭が痛くなってきた。
「……そうだ。んで、その上で聞くけどよ、」
「うん。」
「何で、そんなことになったんだ?」
「それはねぇ、お兄ちゃんがこんなにも脆いって思わなかったから!」
答えは簡単! そう言わんばかりに、神様は即答。
悪びれることなく、その顔には満面の笑顔だ。
先が……先が思いやられる……。
思わず突っ伏してしまっていた俺は、辛抱強く堪えんと神様から見えないところでギリギリ唇を噛み締めた。
「だって、早くお兄ちゃんに見せてあげたかったんだもん。ちょーっとショートカットするくらいなら平気かな~って。」
「それなのにね、お兄ちゃんってば地上に降りた瞬間おかしくなっちゃったの。頭が痛い~って、暴れだしちゃってさぁ……」
「もう、あの時はホントスゴかったんだから。頭から血が出てるのにところ構わず打ち付けるし、そうじゃなくても色んなところから血は出るし、変なこと言ってボクの話を全然聞いてくれなくなるし……もうそこら中血塗れにもなっちゃってさ、酷かったよ~。」
「挙げ句の果てには、お兄ちゃんったら『殺してくれ』って言い出すんだもん。流石のボクもどうしようかと思っちゃった。」
………………。
絶句。
笑顔で証言する神様を前に、俺はただただひたすらに言葉を失っていた。
記憶を飛ばしていた間の出来事は、思っていた以上に酷い内容だった。
これには開いた口も塞がらない。
「でもまあ、それくらいならいっかなって。ボクは物を修理するのは苦手だけど、始めからに戻すのは得意だからね。思ったんだ。お兄ちゃん、スゴく痛そうだったし、苦しそうだったから、せめて直してあげようかなって。……だからね、」
だがしかし、これだけ酷い話が出ていると言うのにだ。
神様の口は尚も止まらない。
次に俺が知ったのは、今まで以上とも言うべきな程、あまりにも酷い話だったのだ。
「──殺してあげたの。
良かったね、治って。」
屈託のない笑みを向けて、神様は言う。
至極普通に、それが別段何でもないことであるかのように。
こんな酷い話があるだろうか?
ただ自慢する為に連れていかれて、精神崩壊だなんて。
叩けば直るテレビかのようなノリで、いとも容易く殺されてしまうだなんて。
「……そうか、そう言うことだったのか……」
呟いた声は震えていた。
怒りと、ショックと、他にも色々な感情が混ざっていて、今の俺の心境はとても言葉では良い表せれない。
「そうか…………そうか、そうか。あの時、俺はそんなことになっていたのか。全然覚えていないから、助かるよ。教えてくれて、ありがとう。」
俺は俯いたまま、顔を見せぬようにしたままそう言った。
そうすれば、何を勘違いしたのか、えっへんと胸を張った神様が「どーいたしまして!」と景気良く返事した。
もしかしなくとも、言葉通りそのまま受け取ってしまったのだろう。
……全く、人の気持ちも知らないで。
「そう言うことなら仕方がないな。神様は“神様”なんだし、良くないことをしたとしてもしょうがないって……けど、それでも悪いことは悪いってわかって貰いたいしよ、せめて説教だけでもって思ったんだがな。」
「説教? 誰が?」
途端、神様が目を丸くする。
その視線が俺と神様自身の間を行き来きしていく。
それからもまだ不思議そうに首を傾げていた神様だったが……やがて彼の拳がポンと掌を打つ。
次の瞬間、神様の笑い声が辺りに響いた。
「説教……説教! キミが? ボクを? あっはははっ! お兄ちゃんったら面白いことを言うねぇ!」
背中を丸めて笑い出す神様。
ぱしぱしと軽快な音を立てて右手が膝を叩き、目尻には笑い過ぎて涙が。
「ああこれ、もしかして説教のつもりだったの? ごめんね、全然気が付かなかったよ。まさか、人間如きが神のボクに説教しようだなんて……うふふふ、思いもよらなかったなぁ……」
そして、愉快そうに細く弓形に歪められた眼差しが俺の姿を映す。
彼のあどけない容姿に不釣り合いなそのニマニマとした笑みは、邪悪で不気味さを感じさせるものだった。
……ただ、その時の俺にはそんなものを感じることはなかったが。
「そうだな。確かにそうだ。俺もそれは間違いだってこと、たった今よぅくわかったからな。」
「ふふふっ! そうだろうねぇ。普通だったら不敬過ぎてボクも黙ってられないもん! まあでも? 今回のは中々愉快だったことだし、お兄ちゃんだから特別に許してあげる。でもね、もし次に面白くないことを言ったら、流石の温厚なボクでも見逃してあげられな──
「だから、決めた。」
──い、から……えっ?」
幼い声を、引い声が分断する。
言葉を遮られた神様。思わずすっとんきょうな声が零れた。
不穏だった空気は一変、凍り付く。
神様は訳もわからず固まった。
「え……何? 何を決めたって?」
何だか思っていた展開と違う。神様は戸惑っていた。
そこで神様はようやく俺と目が合った。
あ、あれぇ……? と困惑気味になっていく神様のこめかみに、どうしてだか、小さな汗粒が浮き始める。
彼は思ったのだ。
「(もしかして、ボク、なんかマズイことした……?)」
どうしてそう感じるのかは、彼はまだ理解していないからだ。
ただ、それでもその時自分の方へと伸びてくる俺の手に、小さな身体は自棄にびくついた。
ぐわしっ!
「ぴっ!?」
神様の頭を鷲掴み。思わず小さく悲鳴があがる。
さっきまでの態度とは真逆に、?ばかり頭に浮かぶ神様の身体がプルプルと震え出す。
「……お前が……」
低く、唸るような声が鼓膜に重くのし掛かるように響く。
何だこれ、初めて知る感覚だ……!
そんな戸惑いを胸に、神様は無意識に身体を縮込めて俺を見上げる。
彼のその大きく見開いた目には、鬼の形相が映っていた。
「お前がそのつもりなら、俺にも考えがある。」
*****
緊急特番 【突撃! 隣の神宅インタビュー】
■■:さあ、始まりました!
【突撃! 隣の神宅インタビュー】のお時間です!
司会はこのわたし、通りすがりの“神A”と!
■■:解説担当、通りすがりの“勇者B”です。
■■:わかりにくいかと思うので、頭に仮名、載っけときますねー!
神A:よっこいしょー!
勇者B:掛け声が爺臭くて草。
あと“神”の前に“邪”も入れなよ。詐称だよ。
邪神A:はいはいそこー、いちいちチャチャ入れないの!
まったくもー、口を開けば文句ばっかなんだから。
……ん? なになに、おれ達が誰なのかって?
勇者B:別に知らなくて良いでしょ、そんなこと。
邪神A:もう! そんな冷たい言い方はないでしょーが!
憎まれ口叩いてばっかはダメって、いつも言ってるでしょー!
……ああでも、確かに? おれ達のことは追々わかることだもんね。
だから、その答えはいつかまた今度に、ね!
勇者B:大体さ、一織がいけないんだよ。
人のことをいっつもいっつも、主人公だ何だって持て囃す癖に……僕の出番がまだ当分先とかさ……
邪神A:まあまあ、先生に構って貰えないからってそう拗ねちゃわなーいの。
きみは本当に、お子ちゃま気質なところはいつまで経っても変わんないねぇ。
勇者B:煩い黙れブス
邪神A:まっ、APP18に向かってなんて言い種……!
……と、茶番はここまでにしておいて。
お話の途中ではございますが、ここで特別企画はっじまーるよーっ!
内容はズバリ!
\デデドン!/
【神村一織って、どんな人?】
勇者B:変な人。
邪神A:キミには聞いてないんだよなぁ。
回答者① “何処ぞの母親願望クソ高駄女神”
「え? 一織はどんな子かって?
そりゃもう、一番はアタシの可愛い愛息子ってことでしょ!
それから~素直じゃなくて、意地っ張りでぇ、見栄っ張りなところがある割にはクソ真面目だから嘘は言わないの。
出来ないことがあると出来るまで根詰めるし、こうと決めたらとことん突き通すし、もうホント融通の効かない子で……
……え? 実は嫌いなんじゃないのかって?
バカねぇ、そんな筈ないじゃない!
愛故よ、愛故に!
幾らアタシ親バカだったとしても、そこまで盲目じゃないわ。
嫌なところも面倒なところも全部ひっくるめて、あの子の全てが可愛いの!
それくらい、アナタにだって覚えはあるでしょう?
要はね、無理をしがちなだけの頑張り屋さんなのよ。あの子は。
行動原理はいつだって他人の為だし、困ってる人は放っておけない質だし……
素直になれないから、口ではいつも自分の為だーって言うけどね。
とっても良い子よ。本当に。
自慢の子なの。
アタシには勿体ないくらいだわぁ……
ん? じゃあ怒ったらどうなるのかって?
………………
…………………………
…………えぇーと…………
……アタシからはぁ…………一言だけ…………
怒らせない方が、身の為よ。
絶対に。
……あの子、何だかんだ言ってホント人のことを良く見てるのよ。
自分が何を求められているのか、敏い子だから直ぐ察してくれるくらいだもの。
そこまでは良かったんだけどねぇ……わかっちゃうのよ、あの子。
困ったことに。
それも、嫌にピンポイントに、相手にとって一番やられたくない困ることを。
そう、“弱点”よ。
……厄介よねぇ。
それさえなければ、永久に続く筈だったアタシの神としての神生は、まだ終わりを迎えることはなかったんだから。
だって、誰も思わないでしょう?
何の取り柄もないただの人間が、神をどうやって倒せると?
しかも、あの子たった一人で。
何も要らないのよ。
武器も、力も、特別なことは何も要らない。
あの子には、身一つさえあれば。
自由に言葉を話せる口と、思うがままに動くことの出来る身体さえあれば。
あの子なら──一織には、例え相手が神であろうと恐るるに足らずってね。」
*****
「……お兄ちゃん?」
あれから数分も経った。
あれ程騒がしくなっていたその場は一転、もう随分と静かになった。
「ねぇ、お兄ちゃん。」
声を荒げていたその人も、今は静か。
散々喚いて、暴れまわって、それから急に大人しくなった。
今じゃもうこっちを見向きもしない。ずっとそっぽを向いている。
「……お兄、ちゃん……」
何度呼んでも振り向いてくれない。
まるでボクなんて見えていないみたい、無反応だ。
ボクを無視するとか、なんてヒドイ人なんだろう!
「…………違う……」
……なんて心の中で悪態吐いていたら、段々悲しくなってきた。
悲しくなって、なんだか凹んできて、心もすっかり落ち込んで……。
でも、ふるりと頭を横に振ってボクはまたポツリと呟く。
「お兄ちゃんはそんなことしない。ボクのことを無視なんて、しないもん……ね、そうでしょう?」
お兄ちゃん。
めげていないでもう一度、その人に声をかける。
だけど……やっぱり返事はない。
ボクに背中を向けたまんま、反応一つ返しやしない。
「……そうだ。お兄ちゃんは寝てるんだ。」
項垂れていたボク。
でも、そこでようやく気付くのだ。
だってその人は今、地べたに寝そべっているんだもの。
眠っていたら、確かに返事は出来ない。
思えば、さっきまであんなに大きな声を出していたのだ。疲れていたって何もおかしいことではない。
だからお兄ちゃんはボクを無視している訳じゃない。
意識がないのだから、これは仕方のないことだったのだ。
なぁんだ、そういうことか。
なら、大丈夫だ。
ボクはなんだか安心した。
幸い、今日はとっても良い天気。絶好のお昼寝日和だ。
だったら邪魔してしまうのも悪いし、このままゆっくり、寝かせてあげよう。
「じゃあ、ボク、お兄ちゃんが起きるの待ってるよ。」
そうと決まれば、ボクは動き出した。
お兄ちゃんがゆっくり眠っていられるように、寝苦しくないようにって、身体はうつ伏せから仰向けへ。ごろん。
姿勢の違いで睡眠の質も変わるんだって、何処かで聞いた。
なら、お兄ちゃんが気持ち良く眠れるように、お腹も冷えないよう重ねた手も置いた。
折角のお昼寝だ。やっぱり気持ちの良い方がずっと良いよね。
だったら汚れたものなんて言語道断。
汚いもの、邪魔なもの、うるさいものまでぜーんぶ、お兄ちゃんの周りから纏めて排除排除。
日向ぼっこをするのはとっても気持ちが良いことだよね。
草むらで寝転がるのも気持ちが良いことだって、何となくだけどボクも知っている。
でも、日焼けした肌がぴりぴりと痛いことも、草むらに潜む小さな虫達がチクッとして痒くなることも、ボクは何となく知っている。
だったらお兄ちゃんの身体を、ボクが守ってあげなくちゃ。
だってお兄ちゃん、スッゴく無防備なんだもん。
それなら何かあっても大丈夫なように、お兄ちゃんの身体に傷一つ作れないように、ボクが守ってあげるんだから。
なんてったって、ボクは“神様”なんだもん。
大事なお兄ちゃん一人くらい、何からも守れるような加護の一つや二つ。
お茶の子さいさい、ちょちょいのちょいっと!
これでお兄ちゃんは大丈夫。
火の中、水の中、草の中、どんなことが起きても傷一つ、汚れ一つ付けやしない。
ボクがずっと見てあげていなくても、何があっても絶対へーき。
……そう、ボクが、いなくなっても……
「……ふぁ、ああ…………ぁ?」
……なんだろう? 急に眠気がやって来た。
XXXXXX年。
ずっと神として生きてきた中で、退屈以外で初めて溢したその欠伸。
すると瞼がとろんと落ち始めて、段々立っているのも辛くなってくる。
「んん、むにゃ……お兄ちゃんが、遊んでくれないなら……ボクも……ねちゃおう、かな……?」
何度も何度も目を擦っても、重たくなった瞼が閉じかかってゆく。
も一つ欠伸、大きく口を開けて。それからボクは踵を返す。
ふらり、ふらり。足取りは乱れて。
くらり、くらり。頭はぽやぽや、霞がかってゆく。
お兄ちゃんのいる場所を離れて、あてどなく。
適当に、手頃な場所へ、よろよろり。
……こてん!
最後には意識も朦朧なまま、いつの間にか夢の中へ。
くう。くう。
すう。すう。
ボクは夢を見ます。いつまでも。
あの人が帰ってくるまで。あの人が戻ってくるまで。
どんなに時を重ねても。どんなに長く待つことだとしても。
ボクは信じています。あの人を。
「おはよう」って、ボクに呼び掛けてくれるその日まで。
▼分岐XXXXXXXX:夢の中へ現実逃避 BADEND……?
*****
「……お兄ちゃん?」
あれから数分が経った。
あれ程騒がしくなっていたその場は一転、もう随分と静かになった。
「ねぇ、お兄ちゃん。」
声を荒げていたその人も、今は静か。
何故だか散々喚いていて、少し話したらそれから急に大人しくなった。
今じゃもうこっちを見向きもしない。ずっとそっぽを向いている。
「お兄ちゃんってば!」
何度呼んでも振り向いてくれない。
まるでボクなんて見えていないみたく、無反応。
ボクを無視するなんて……ヒドイ人だ!
「ねぇってば! 無視しないでよっバカ!!」
遂に堪えきれなくなって罵倒。
声を張り上げて、ボクは不満を訴える。
なのに、その人はとっても意地悪だった!
ちゃぁんと聞こえているクセに、プイッと顔を背けてしまうのだから!
「ねぇ! ねぇねぇ! ねぇってばあ!」
身体を揺さぶり、ポカポカ叩き、喚き暴れて悪あがき。
俺の周りをちょこまかと動き回って、どうにか反応を貰おうと神様は奮闘する。
しかし、俺もここで粘らない選択肢はない。
何をされようとも、頑として彼と目を合わせないようにした。
「おーにーいーちゃーんーーっ!!」
ぺしぺしぺしぺしっ
宙に浮いた神様がヤケクソになって、俺の頭をこれでもかと叩く。
だが、その程度のことで俺はめげることはない。
子供の力なんて所詮たかが知れている。
ツンとしたまま、返事は絶対口にしない。
「お兄ちゃんってばあ! ボクが呼んでるんだからさぁっ……もうっ……無視しないでよぉ……!」
神様の声にいよいよ力が入らなくなってきた。
ぐすっと鼻を啜る音、嗚咽らしき小さな声。
聞いていると段々胸にくるものがあるが……いかんいかん、ここで甘やかしてしまっては今までの苦労もパアになる。
若干の迷いを胸に秘めつつも、俺は頑なに無視を決め込んだ。
何せ、相手は今まで我が儘で何でも突き通してきたであろう子供だ。
自分の要望が通らないとあらば、我が儘、癇癪、泣き落としなど……何がなんでも無理矢理に従わせてきたのであろう、そんな人物である。
だから、ここで俺が折れる訳にはいかない。
どんなに我が儘を言ったとしても、融通の効かないものがあることを知って貰わねば。
悪いことは悪いことだと、彼に知って貰うにはそうするしかない。
「……ぐすっ、えう……う、うぅ……ひう、っく……」
啜り泣く声が辺りに小さく響いている。
あれ程激しかった猛アタックも、今はない。
組んでいた腕を握る手につい力が籠ってしまう。
せめて、彼が一言「ごめんなさい」と謝罪の言葉を口に出来たなら、それで良し。
俺の方からも無視したことを謝って、仲直り出来たら万事解決だ。
──かに、思えたのだが。
「……おに、ちゃ……」
啜り泣く声が聞こえる。
その時聞こえたか細い声は、何故だか無性に耳に焼き付いていた。
俺は振り返った。無意識だった。
今までずっと堪えていたものが、嫌に響く心臓の音に掻き消されていた。
俺の目に彼の姿を映す。
その瞬間、ざぁっと全身から血の気が引いていくのを感じた。
「おにー、ちゃん……ボク、ちゃんと、ここにいる……?」
泣き顔に今にも壊れそうな笑顔を張り付けた彼の、消え掛かった姿を見て。
「──ッ!!」
「わっ……!」
今度は躊躇わなかった。
無我夢中だった。考えるよりも先に俺は動いた。
走り出す足、伸ばした腕、届いた掌が小さな背中を捕まえる。
「……あは、びっくりした……」
どうしたの? お兄ちゃん。
耳元で、神様の震える声が響く。
強がりなのか、さっきまでの泣きそうだったのに、それを我慢している声音だった。
俺は腕に、少しだけ力を込めた。
「ふふ、ふ、おにーちゃん、ちょっと苦しい……」
少し力を入れすぎたのか、神様がそんなことを言っていた。
でも、何でか彼は嬉しそうだった。
小さな腕が、応えるように俺の背中へと伸びる。
それは全然届いていなくて、ただ俺が身に付けている衣服に皺を作るだけだったけど、しがみつく小さな手に震えが帯びていることだけは確かに俺に届いていた。
「……もう、むし、しないでね? おにーちゃん。」
神様の頬が耳を撫でる。
彼の懇願の声を聞いた俺は、しっかりと伝わるように大きくゆっくり頷いた。
「ああ、もうしない。……ごめんな、神様。」
そう言って、それから俺達は向き合う。
そこで見た神様の顔。
ほんの少しの涙を目尻に、はにかんだ笑顔に安堵の色を浮かべていた。
▼ep.7 尺度の齟齬と認知の歪み 終
某駄女神は目元に黒いライン乗っけて、音質も音声変換されてるやつで、某二名はラジオの収録スタジオで後ろ姿だけを見せているイメージで書きました。
仲良く喧嘩するタイプ代表のコンビです。早よ出したい。