終わった?
異世界生活……異世界だという定義にしようとヴァンに言われて、異世界と呼ぶことにした。
その、異世界生活十日目の朝。
俺たちは、出発地点へと戻ることを決めた。
五日、六日、七日と俺たち三人は、ヴァンの能力やゾーヤの能力を鍛える目的で狩りをしつつ、俺の能力でいろんなものを見て、情報を集めていた。そして食料を集め、二人が帰って来たらさらに北に行こうかと話し合っていたのだが、八日目となっても二人は現れず、九日目は三人で一日、森の際まで行って二人の姿を待ったが帰って来なかったからだ。
さすがに、マズいことが起きたのではないかと心配になる。
俺が、二人を探しに出発の場所まで行こうと提案し、今朝は食事を済ませるとすぐに南へと向かったのである。
ヴァンは弓と矢、俺とゾーヤは槍を持っている。俺はスーツの上着を袋代わりにして、食料……蛇を焼いたものを詰め込んで背負っていた。セール品とはいえ、悲しくなる。
魚ではなく、蛇にしたのは理由がある。
蛇は味も薄いが、臭いもほとんどしないので、俺の上着が袋から解放されて、服へと役目を戻した時に再利用しやすいようにだ。
服……大事だ。
俺たちには、着替えがないから……。
洗濯も、やぶったりしないように丁寧にしている。
季節が冬じゃなくて良かったとヴァンは言うが、冬という季節がここにあるのか疑問だ。
だけど、それを確かめるまで長くいたいと思わない。
さっさと、日本に帰りたい。
家族に会いたい。
ふと、俺は歩きながら壁を眺めた。
この壁、どういう壁なんだ? と思ったからだ。
『最果ての境界線。魔族の侵入に悩んだ人類が三四四年前に完成させた城壁。アルオイ半島の付け根部分に、東西五〇〇ノーグにわたって築かれた世界最大の人工物だ。人類もやるもんだな、見直したよ。高さは五ソル。最もデカイ魔族でも、これを乗り越えるのは容易ではない……と三四四年前はされていたけど、最近はデカイのが増えてきたからな。それでお前らを召喚して戦わせているらしいよ。頑張れ』
その続きを知りたいし、質問したいところがいっぱいあるんだよ!
……一方的な解説で終わりなのが、俺の能力の悩ましいところだ。
しかも、この解説者は性格が悪い……。
それに、上から目線……。
俺は、ヴァンとゾーヤに知り得た情報を話した。
「半島の付け根ってことは、ここから壁の向こうが半島状で、森の北側に陸地が広がっているという理解でいいのかな?」
ゾーヤの問いに、先頭のヴァンは頷きながらも肯定しない。
「そう決め込むと失敗のもとだけど、それに近いのだろうと思うことにしよう。で、俺らは召喚されたって、キリの能力は言ったんだな?」
「ああ」
「わざわざ、俺たちを連れてきて戦わせる理由はなんだ?」
ヴァンの問いに、ゾーヤが手をひらひらとさせながら言う。
「あれでしょ? 例の、能力で戦えってみたいなことじゃないの? ここの奴ら……クソ共は能力がないんじゃないの?」
「俺たちに、能力があるってことをどうやって知ったんだ? こんな原始的な武器で戦う奴らが、次元を捻じ曲げて重力や時間を無視して、地球からここに俺たちを連れてきる技術をどうして知ってんだ?」
ヴァンの口から吐かれた疑問と愚痴に、俺も「それもそうだな」と口にしていた。
俺は自分の考えを、前を歩くヴァンに話す。
「最初の一人がいたんじゃないか? 映画やアニメなんかで、偶然に違う世界に行って活躍する展開あるだろ?」
「あれは創作だからだよ。普通は病気で死ぬか、到着直後に死ぬ……大気成分が違う。ありえない」
「でも、俺たちは生きてるぞ」
「それもそうか……」
ヴァンはそこで、悩むだけ無駄だとばかりに両手を広げた。
後ろから、ゾーヤが声をかけてくる。
「キリ、でもキリの考え、違いんじゃないかな? 最初にここに現れたバカが、偶然にも戦いにまきこまれて、いい気になって活躍して……ペラペラ喋って地球のことが知られたんじゃない?」
「最初の奴にアタリ強いな?」
俺の指摘に、ゾーヤがにんまりとして口を開く。
「そいつに会ったら、ぶん殴ってやる! てくらい、ムカつく。そいつのせいだからね」
「本当にいたら……だろ?」
先頭のヴァンが、そう言いながら右手で例の木の実が成る木を示した。
木の実が、成っている……あの時、俺たちは遠慮なく頂いたってのに、わんさかと成っているじゃないか。
「水分補給用にもらっておくか?」
ヴァンの意見で、俺たちはまた、木の実をポケットいっぱいになるまで頂いたのである。
ここまで来たら、出発地点は近いな……。
-・-・-・-
ここだ。
はじまりの場所……ここでこのふざけた生活が始まった。
出入り口は、閉じられていない。
先頭のヴァンが、広場へと入る前に足を止めた。
「駄目だ……やめよう」
俺は、ヴァンの後ろから広場を窺って、その光景に一歩が踏み出せなくなった。
最後尾のゾーヤは、「どうした?」「なにー?」と俺へと近づいてくる。
俺は懸命に振り返り、彼女を外へと押し出す。
「ちょちょちょ! なになになに!?」
「駄目だ。見ちゃ駄目だ」
「何よ、何があるの!?」
ゾーヤの問いに、俺は見えたものを伝える。
「死体……たくさん、死んでる。ひどい殺され方……」
ゾーヤはそこで表情を消し、ちらりと目を動かした。それでも、俺が見るなという意思を手にこめて、彼女の肩を強く掴んだから、「わかった、見ない」と答える。
「ゾーヤ、ここにいて」
「うん」
「絶対だぞ」
「キリ……ありがとう。わたしは外を見張ってる」
「お願い」
俺は、動かないヴァンに並ぶ。
この場所から、移動しなかった人たちに違いない。
殺されている大勢の人たちは、ただ殺されたというにはひどいありさまだ。
斬られたようなものじゃなく、胸から上をカブリとやられたような失い方をしている死体が目に入った。その横には、男の死体があるが、左腕が皮膚で繋がっているだけの状態で、腹から下はない。そしてここには、ひどい状態の死体がたくさん放置されている。
蝿のような、羽根がついた虫がブンブンと飛んでいるのに気付いた。
二人は、これを見て入るのをやめた。普通の感覚なら、入ったりしないだろう。
「キリ、二人はこれを見て引き返したと思う」
「うん、そうだと思う」
「でも、帰ってこなかった」
「途中、何かあったんだ」
俺たちは中に入らず、ゾーヤが待つ外へと出た。
彼女は、無理に笑みを作る。
「どうするの?」
「二人を探す」
俺の言葉は、迷いなどないと二人に伝わる。
「キリ、でも二人を探す前に、しないといけないことがある」
ヴァン……やめよう。絶対にないよ、大丈夫。
こう言いたい俺はでも、頷きを返した。
彼は、ゾーヤに言う。
「俺たちで、広場に二人がいないかを確認するから、ゾーヤは異変があったら大声で知らせて」
「……わかった」
したくない……行きたくない。
心は拒否している。
ヴァンが、ゴクリと喉を鳴らして広場へと戻る。
……彼も、したくないのに我慢しているんだ。
彼だけにさせるな。
俺は、勢いよく広場へと入った。
死体の顔……顔がわかる死体を全て確認……二人の特徴と似ている死体だけでいい。
リサ……女性だか男性だかわからない死体もある……これの頭はどこだ? 顔、半分しかないけど二人じゃないな……脳みそがない……これをした奴は、内臓を喰って他は捨てて……う!
「げぇえええ!」
我慢していたけど、限界……地面に食べたものを吐き出した。
「おえ……げぇええ」
ヴァンも、つらえて一緒に吐いて……すまん。
臭い……ひどい臭いだ。目がひりひりする……俺たちが死体に近づくと、群がっていた小虫がバッと飛び立って耳障りな音をたてる。死んでから時間がたっているもの、そうでないものがあることがわかってきた。それに、大きなものに齧られた死体と、そうではない死体が混ざっていることにも気づく。
つまり、二度以上の襲撃があった……敵は一種類じゃない……二人と同じように、外に出た後にここに戻ってきて殺された奴らと、最初からここから出ないで殺された奴ら……ん?
やばくないか? 俺たち……。
「ヴァン、死んでからそう経ってない死体がある」
身振り手振りで、ふたつの死体を示しながらつたない英語で話す俺は、焦っているから動きが大きくなる。
だけど、ヴァンにはしっかりと伝わった。
「わかった。でも、あとこっちにある死体だけだ。早く終わらせ――」
「キリー! ヴァン!」
ゾーヤの声!
俺は出口へと急ぐ――ヴァン! どこに!? あ、武器庫か!
彼は武器庫から、矢筒を乱暴に取り出す。
俺も、持てるだけの矢筒と弓を持った。
化け物が来たなら、ヴァンの能力で倒す!
「キリー! ヴァーン!」
駆け付けると、森からわらわらと化け物が湧いて出て来ていた。
例の巨体バカじゃない。見た目は俺たち人間のようだが、赤い姿をしている……肌が赤いのか? 雄叫びをあげながら走ってくる姿は異様だ。
数が多い!
俺は、遠目でも能力が発動するかと思い、一体の化け物を睨む。距離は二〇〇メートル? 早く!
『魔僕。人類でも魔族についた畜生。あとはお前らと一緒だから言われなくてもわかるだろ?』
説明が雑!
俺たちが来た方向……河がある方向から数を増す化け物たち。
「情報がないけど、こっちに行くしかない」
「うん!」
俺が先頭、ゾーヤが真ん中、最後尾がヴァンだ。
まだ戦う時じゃない。
あの数だと、能力を使っても勝てない。
あいつらも、俺たちと一緒なら走って使えるだろ?
そこを狙うしかない。
あっちのほうが疲労は先のはずだ。
壁沿いに走る俺は、あっという間に限界を主張する俺の肺を叱咤する。
頑張れよ! 煙草やめたじゃん! もっと頑張って!
脚も疲れてきた……。
若くないのはわかるけど、さすがに早いだろ!
もっと頑張れ俺!
「キリ! あいつらが止まった」
ヴァンの声に、後ろを見る。
良かった!
魔僕たちは諦めたように、速度を徒歩くらいに落としていた。
改めて見ると、どいつもこいつも裸……裸だ。
ん?
なんか……揺れてないか?
……揺れてる。
俺がヴァンを見ると、彼も揺れを感じて俺を見ていた。
ゾーヤが、俺たちが向かっていた方向を指さす。
振り返る。
森から、それの背中が見えている。
恐竜を連想させる、とげとげのついた背中……大きな爬虫類……。
バサリと、蝙蝠のような翼が広がる。
森から、鳥たちが一斉に飛び立った。
瞬間、爆炎が森を包み、炎の柱が幾本も連続的に走った。
俺は、動けない。
ゾーヤも、ヴァンも、動くことができない。
それが、姿を見せる。
俺の能力が、それがどういうものかを俺に伝えた。
『翼竜神、竜族でも最高位につく三体のうちの一体。あらゆる人語を理解し、さらに相手の心を読む。全ての敵を圧倒的な力で一掃する。出会ったら最期。運が悪かったね』
バッドエンドなの?
嘘でしょ……。