能力が判明!
四日目の朝、二人に焼蛇ふたつを渡して、出発地点に向かってもらった。
ジュンとリサが帰ってくるまで、俺たち三人はひたすら食料確保に動くことになる。
ジュンがジッポライターを置いて行ってくれたが、これを使い続けるのは危険だ。焚火をして、その火を絶やさないようにしようと思ったが、化け物が火で寄ってくるかもしれず、断念した。
食事の時だけ、火をおこすことになるが、その度に、俺の財布に入っているお札が減っていく……この期に及んで、万札だけは勘弁してほしいと思う……。
二万八〇〇〇円が全て、千円札だったらと良かったと思う日がくるなんて……。
俺は、食料探索に出掛けるというヴァンとゾーヤを見送った後、落とし穴の穴掘りでもしようか思った。
初日で化け物と戦ったが、以降は危険な遭遇はない。それでも、あんな奴らが徘徊してると思って対処すべきだ。
手頃な枝を拾い、大樹を中心に十メートルほどの円を想定し、落とし穴を掘ることにした。
深さは、けっこう深くしないと意味がない。俺の身長は一七一センチだから、これくらいはいるだろう……大変な作業になりそう。
気長にやるしかない。
穴を掘りながら、能力のことを思い出した。
あれって、本当になんだろうな……。
ドスドス……ドスドス……。
音?
なんだ?
顔をあげると、相手もこちらを見ていた。
直感で、視線を逸らさず動きを止めた。
化け物が、立っている。
初日に見た、あれと同じだ。
巨体に、猪に似た頭部……体毛がびっしりと身体をおおう、太い腕、手には大きな棍棒。
俺は、相手から視線をそらさず、足元の槍を掴み、かまえる。
対峙。
集中して、睨んでいると、それが突然、脳内に描かれる。
まさに、描かれるという表現がふさわしい。まるで、ディスプレイにウィンドウが開かれたような、そんな見え方だ。
『オーク種。体力馬鹿。動きは単調。あらゆる動物を捕食対象とする。一対一なら逃げることをオススメ。基本的に集団行動するが、単独で動く個体もおり、はぐれ者と呼ばれる。はぐれ者は、集団で行動する個体よりも強力であることが多い。死にたいなら戦えば?』
説明してくれているみたいだけど、説明に悪意がある……。
……これが何かを悩んでいる暇は、ない。
逃げることをオススメ……て言われても、やみくもに逃げて……方向がわからなくなったらどちらにしてもツミだ。
どうする? ……て、向かってきた!
「グォオオオオオオ!」
化け物――オークは焦れたように突進してきた! そうだ、こいつら、単純だ。初日も、焦れて大振りになった!
俺は穴の位置から後退し、相手の脚に槍を突き刺してやろうと狙いを定める。
巨体を支える脚をやれば、動きで優位に立てる!
来い! やってやらぁ! 俺は絶対に帰るぞ!
「かかって来い! クソがぁ!」
気合いをいれるために叫んだ! 直後、突進してきたオークは、俺が作業途中の落とし穴に片足をひっかけて派手に転んだ。
!?
あまりな展開に驚いた俺の目の前に、オークが受け身もとれず頭から地面に突っ込む。そして、ヨロヨロとしながら起き上がろうとした。
「うらぁ!」
気合いをいれて、俺は槍をやつの首の付け根に突き刺した。
「グァアアアアアアア!」
絶叫したオークは、バタンと倒れて動かなくなる……。
勝った?
倒した……オークが、アホでよかった!
疲労が一気に襲いかかってきて、その場にへたりこむ。
心臓のバクバクがすさまじい……落とし穴、作業してて良かった。
「キリ!」
声がした方向を見ると、ヴァンとゾーヤが駆け戻って来ていた。
二人は、倒れて血を流すオークを見て驚き立ち止まり、だけどすぐに俺へと走ってくる。
「キリ! やったのか!?」
「キリ! すごーい!」
二人に抱きつかれ、「サムライ」だの「グレイト」だの「ニンジャ」だの「ショーグン」だの言われて、笑みを浮かべることができた。
-・-・-・-
オークを倒した今、二人は蛇エリアで捕まえたという蛇を焼いてくれている。
とうぶん、蛇だ……。
三人で、焚火を囲んで座っている。
二人は、オークの群れが移動しているところを見つけて、隠れてやり過ごした後、俺と合流しようと戻って来ていたそうだ。で、帰って来ると、俺が一人で化け物を倒していたので、俺は最高の侍という評価を得ている。
「日本人、戦闘民族。頼りになる」
ヴァン……たまたまだから……。
蛇と水で、腹ごしらえをする。蛇は鶏肉に近い、ような気がする。
俺は、戦う前……オークと向かい合っていた時に頭の中、視界の端っこにモニターにウィンドウが表示されるような感じで、オークの情報が見えたことを二人に話した。
「どうやって、出た? それ、能力かも」
そうだよね? これ、きっと能力だと思う。
出した方法……ゾーヤの問いに、思い出してみると……集中していたことに気付いた。
「オークと戦う前、集中してそいつを睨んでいたんだ。動いたら襲いかかってくると思って、相手の動きを見逃さないように、集中してた」
「その説明……敵認定した場合だけかな? たとえば、集中して見た対象の説明とはしてくれないか?」
ヴァン……冴えてる! そうだ、試してみよう。
「わたしを見てほしい。能力を、もしかしたら教えてもらえるかも」
ゾーヤの提案に、のることにした。たしかに、俺の能力で、仲間の能力がわかればこれからの役にとても立つ。
俺は、じっとゾーヤを見つめる。
……。
彼女が、だんだんと唇をピクピクしはじめ、手で顔を隠しながら言う。
「ちょっと待って、恥ずかしい! そんなに見ないで」
……いや、見ないと駄目なんだって。
「ごめん、集中して見ないと駄目なんだよ」
「……我慢する」
照れた顔を見つめると、この子はきっとモテまくるだろうなと思って集中が乱れた。
いかん……集中……出た!
『ズニャーシャ・アレクイヴァナ・モストヴォイ。十五歳。スリーサイズは秘密。身長は一六三センチメートル。体重は非公表。サンクトペテルブルクで輸出事業をおこなっている父と母と暮らす。好きなタイプは頼りになり優しくイケメン。特技はバレエ。能力はサポーター。サポーターは、彼女が仲間と認定する者の近くにいれば、対象者の運動能力を飛躍的に向上させるものだから、大事にしてあげてね。対象範囲は彼女を中心に半径五メートルで、遮蔽物は関係ないから覚えておくように。能力は、能力者が発動を宣言することで発動される。効果時間は錬度による』
すごい!
俺の能力、すげーぞ! ……なんていう名前なのかわからんし、説明にふざけたところはあるけど、すっごい使えるやつだ、これ!
「ゾーヤ……わかった。君の能力はサポーターで、君が仲間だと思う人の近くにいることで、対象者の運動能力を飛躍的に高めるそうだよ」
「本当!? わかった!?」
「わかった! よし、ヴァンを見る」
「見て! かっこいい能力がいい!」
「それは……約束できない」
次に、ヴァンを集中して見つめる。
彼が、苦笑して口を開いた。
「たしかに、恥ずかしい」
俺もだ、だまってて……見えた。
『ヴァンサン・ラファエル・アルトー。二十九歳で身長一七八センチ。体重は別に知りたくないだろ? 恋人がマルセイユにいるが、研究のために半年間ほど会えておらず寂しいようだ。ブラックホールの研究をしていて、パリの寮で一人暮らし中。特技は柔道。能力はスナイパー。スナイパーは狙った標的に物体を必ず命中させることができる能力ですが、自分の手で直に触れた物体のみ、その能力の効果を得ることができます。蹴りは駄目よ。射程は錬度が関係します。最初はとっても距離は短いので、よく練習してね』
俺は、ヴァンにわかったことを伝え、彼とゾーヤがお互いを「サポーター」「スナイパー」と呼びあってふざけ合うのを見て笑う。
「キリの能力は、名前なに?」
ゾーヤの問いに、「わからない」と答えるしかない……名前、別にわからなくてもいいけど、気になるし、俺の説明って、他人が見たらどんななんだろう? と思ってしまう。
「キリ、試しに、この木、どう?」
ヴァンが、ベースの目印にしている大樹を見上げる。
なるほど……俺の能力が、こういう植物にもいけるなら、食料にできるできないの判断が可能!
さすが、アタマいい!
大樹を見上げて、集中した。
『ニレンの木。長い年月をかけて、最高で百メートルにも育つことができる木。地球にはないよ、残念。木材として使われることが多く、この木を無計画に伐採した環境破壊が現在の対立構造の原因のひとつといわれているけど、君らは戦うだけだからあんまり知らなくてよろしい。食べたいなら食べてもいいけど、まずいよ』
なめた説明だ……これ、俺の能力は、どこかで誰かと繋がっていて、そいつが教えてくれているってことなのか? 全知全能の神的な?
「わかった?」
ゾーヤに声をかけられて、我にかえってうなずく。
「わかった。ニレンの木っていう種類でデカくなるそうだ。地球にはないということだから……ここは地球じゃないことがわかった……あらためてだけど」
「……なるほど」
ヴァンが真面目な顔をして、周囲を眺めながら口を開く。
「キリの能力……俺とちがって戦うためのものじゃない。あの、クソの奴らは能力を活かして戦えと言っていたけど、キリの能力はそうじゃないと思うんだ……つまり、戦闘向きの能力、キリみたいな便利な能力、ゾーヤの皆を助ける能力……それぞれが、協力しあっていく必要があると思う……てことは、このミッション……というべきかわからないけど、これは長丁場だ」
……たしかに、そうかもしれない。
……俺の能力、便利だけど、戦いの能力もほしかったと思うのは贅沢なんだろうか? 漫画やアニメの主人公はさ、最強の能力じゃない? それが欲しかった……。
ゾーヤが、俺を見て笑顔で言う。
「わたしたち、運がいい。キリのおかげで、情報を得ることがとても優位よ? さすがキリ!」
ゾーヤ! おじさんに優しくしてくれるいい子やで!
「キリ、疲れてなかったらでいいんだけど、いろいろと見てもらえないか?」
ヴァンの申し出に、俺はもちろん承知した。
「よし、調べていけば、食料集めの効率もよくなる」
「そうそう! 蛇ばっかじゃ飽きる」
三人で、笑いながら立ち上がった。
とりあえず、近くのものを見てみよう。
『石ころ。こんなものを知りたいの? バカなの?』
『落ち葉、見ればわかるだろ、アホ』
『返事がない。ただのオークの屍です』
『オルルトダケ。オルルトという果物に似ているキノコ。毒はないですが、生で食べるのはオススメできません。赤色の派手な色をしているのは、毒があるように見せかけて捕食されるのを防ぐためです』
説明は、悪意があるものの役立つ情報はちゃんと教えてくれるので良しとしよう。オークの死体は……どうしよう? ここで腐敗されても困る。
「血の匂いとか、まずいんじゃないかな? ここに穴を掘って埋めるしかない」
ヴァンの意見に、俺も同意だけど犬のように鼻がきくやつにはばれるかも……でも、他に方法もわからず、穴を掘って埋めようとなった。
穴ができて、埋めた時にはすっかり暗くなっていて……疲れた。
まさかの一日が、終わった。
-・-・-・-
五日目。
俺たちは、三人で行動することにした。というのも、昨日の能力判明により、ゾーヤのサポーターという能力で、俺とヴァンの運動能力が増すからだ。
穴掘り……昨日の穴掘りの時に、すれば良かったと笑いあい、さっそく落とし穴作業を開始する。
「発動」
ゾーヤが声に出した。
棒の形状をした枝で、地面をガシガシと掘る……楽だ! 昨日よりも断然に楽だし、筋力もあがったように思うぞ! ヴァンも、興奮した様子でどんどんと穴掘りをする。
……しかし、時間が何分とか、何秒とかわからないけど、時間がたつと効果がなくなった。
なくなったのは、すぐにわかる。
土の抵抗が強くなるし、木の枝が重い……。
「ちょっと……待って。けっこう、疲れる」
ゾーヤは、はぁはぁと肩で息をしていた。
疲れるんだ……連発ができないってことか。
「クールダウンが必要ってことか」
ヴァンが言い、「そういえば、俺の射程、どれくらいだろ?」と呟くと、小石を拾って、近くの木へと投げる。
カン! と当たった。
さらに遠くの木へと、次の小石を投げる。
当たらない。
再度、試したが外れた。
「練習しないと駄目だな……十メートルほどなら、必ず当たる……これはどうかな?」
ヴァンは、身体の向きをかえると木から直角を見て、その方向へと小石を投げた。
!
小石が、ギュンと曲がって木にあたる!
「おい……これ、すげーぞ」
彼の興奮はわかる!
……俺にも、ああいうすごいのが欲しかった。
「反対は?」
回復してきたゾーヤの提案に、「おう」と応えたヴァンが木に背を向ける。そして、小石を投げるが、小石はまっすぐに飛んでいった。
「見てないと駄目ってことだ」
ヴァンは理解したという顔で頷きながら言い、「練習は穴掘り終わってするよ。俺のは、疲れがこないみたいだから」と作業を再開する。
俺も、ゾーヤが発動してくれるのを待たず、自力でできるところまではしようと枝を使って地面を掘る。まぁ、削るという表現が正しいかもしれないけど、確実に穴は大きく深くなっていく。
ゾーヤが「発動」と言った。
とたんに、作業が楽になる。
今のうちに急げ!
効果がきれた時、後悔するほどの疲労を覚えた……。
「ぜぇ……これ、便利だけど難しいな。効果中は疲労を感じないけど、終わったら一気にくる」
「キリも? 俺も馬鹿なことしたって思ってる」
「ごめぇん……少しずつ時間のばせるように頑張るよ」
「あせらなくていいよ、ゆっくりでいいから」
俺の言葉に、ゾーヤはホっとして頷く。
変に急かされるのは、よくないと思ったんだ。
-・-・-・-
ヴァンは、弓に矢をつがえて放った。
弦を引きしぼるっていうことも、ゾーヤの能力を使えば簡単じゃね? という彼の案は正しかった。
河の中を泳いでいた魚が、水音に異変を感じて逃げたが、矢がグンと曲がって魚に命中!
「おお! ヴァン、すごい!」
「ゾーヤのおかげ! 手も痛くない」
「効果あるうちに次! 次! 疲れてきたからぁ」
ヴァンとゾーヤの能力のおかげで、お魚三匹ゲットだ!
こうして晩御飯は、魚になった。蛇は焼いて、明日の朝食予定となる。
火をおこすために、火打石とかも探したい。
火打石……石灰石や粘土岩がないかな? ここは森だけど……岩はゴロゴロしているから、探せばあると思うんだよなぁ……河もあるし、明日はこっちを調査してもいいかもしれない。
食べて寝て……生活が原始的になったと感じる。
服……着替えがほしい。