リスクをとるしかないのか?
二日目。
夜は、交代で見張りをたてた。
疲れがひどい。
水分は、なんとか木の実でとれたけど、空腹がとんでもない……お腹が少し出ていたけど、これで痩せられそうだ……。
腹が減ったら、イライラして、喧嘩が始まるのがあるある展開だ。
朝、出発しようという時、俺は四人に言っておくことにした。
「腹へったら、イライラする。喧嘩の原因だ。イラっとしたり、アタマにきたら、空に向かって大声で叫んで。スッキリするまで、ざけんな! とか、なめんな! とか叫んで、スッキリして、俺たちは喧嘩しないようにしよう」
ジュンが苦笑し、「まさに今、イライラしてるわ」と言う。
リサが笑いながら訳して、空に叫ぶところを身振り手振りで伝えることで、ヴァンとゾーヤが大笑いした。そして二人も、笑いながら「OK」と返してくれる。
しっかし、この世界……地球ではないと思われるここは、夜が短いとわかった。ヴァンがいろいろと考えてくれていて……リサを介して教えてくれた内容は、地球とよく似ているということだ。そして、太陽がふたつあるが、地球と太陽の距離とくらべて、離れていることで、ちょうどバランスが地球と似ているらしい。ただ、それぞれに隠れる時間に差があるので、夜が短いようだ。たしかに、昨日は暗くなってきたかなと思って、空を見たら、出発とは反対方向の空に、ひとつだけ太陽が残っていた。
そして今、改めてふたつの太陽を眺めると、大きさが違う。
もともとのサイズ、距離、でそうなっているんだろうと思われるが、これが時間差の原因なのかもしれない。
気温は、ありがたいことに日本の春、秋くらいだといえる。湿度もたかくない。
夜は寒くなったが耐えられないほどの気温差はなかった。これも、夜が短いからかもしれない。
この五人の共通言語が英語ということで、みんな、会話は英語でするようになってきた。
リサが嫌な顔をしないで通訳してくれるが、なんだか申し訳ないし、下手な英語はお互いさまだと思って俺も英語で話す努力をしている。ヴァンはもともと、少し話せる程度であったが、遠慮なく下手な英語でガンガン話しかけてくるし、ゾーヤもだ。
ジュンは昨日からすでに、ジャパニーズイングリッシュ発音の英語で話している。
彼を見ていると、発音、文法よりも大切なのは、コミュニケーションをとろうという気持ち、つまり、身振り手振りなのだと思った。
「ビッグ! マウス! ボカーン!」
ジュンの、よくわからん冗談でも、三人は楽しそうに笑う。
表情の変化や、身振り手振りで伝わっているらしい……ビッグマウスボカーン? なんだ?
正確な時間がわからないから、今が何時かも把握できない。それでも、俺が決めたルールで、疲れた人の速度で歩こうということを徹底しているので、みんあ、俺の速度にあわせて歩いてくれているから……おっさんなんだよ、俺だけ! 他がわけぇんだよ! ……俺の速度が俺たちの速度になる。
昨日から、今まで歩いた距離を考えてみると、十分間で約七〇〇メートル平均……普段はだいたい八〇〇メートルほどを歩けるが、疲れているからマイナス一〇〇メートルとして、二十四時間のうち、寝ていた時間は……寝不足だから、四時間として……二〇に六〇をかけて一二〇〇だから、一二〇に七〇〇をかけると……八四〇〇〇メートル……八十四キロ? んなわけないな。
途中、休んだり、木の実をとったり、食べたり、小便したり……うんこ、どうしよう? まだ誰もこの問題にぶちあたっていないが……俺たちはともかく、女性二人は気の毒だ……おしっこくらいなら、彼女らも隠れてサッサとすませてくれているが……話したほうがいいかもしれんが、変態扱いされそうで嫌だな……本題にもどる。
えっと、休みなく歩き続けて八十四キロメートルも歩けるわけがない。
んー……半分だ。半分てことにしよう。
約四十キロほど、あの出発地点から右……太陽が昇ってくる方向を東と仮定し、東に四十キロメートル歩いてきている。こちらの一日が、二十四時間ならば、それくらいだけど、きっとこちらのほうが一日が長い……だから、最低でも四十キロメートルは進んだという理解でいいかと思った。
そんなことを考えながら歩いていると、ヴァンがリサとゾーヤを見て、次に俺とジュンを見ると口を開いた。
「俺達はウンコする時は、離れて隠れてできるけど、君らはどうする?」
ヴァン……お前、いい奴だな! 俺が気付きながらも、変態扱いされそうだから言わないでおいた排泄物問題にふれてくれた!
……女性陣二人は「気にするな、隠れてするからのぞくなよ、変態ども」「覗いたら、出したのを喰わす」と、俺達を見て笑いながら、でも照れながら言った……。
「どうやってふくんだ?」
ジュン……。
デリカシーのない、でもいい質問だ。
俺も、イザという時、どうしようかと悩んでいた。幸い、環境激変でまだ大をしたいとは思わないけど、その時、トイレットペーパーはどうしたらいいですかね?
ゾーヤが言う。
「わたしは、シャツを使う。幸い、この土地は寒くないし、シャツ一枚を破って少しずつ……どこか川や、雨で洗えばいいと思うけど?」
たくましい子! パーカーにズボン……おじさんはズボンと言うけど、若い子はパンツというだろう……それとスニーカーだけのように見えるが、パーカーの下に二枚ほどインナーを着ているという。
おじさんも、そうするよ!
俺は外回り中だったから、スーツ姿だ……下着上下、スーツとスラックス、ベスト、ネクタイ、ワイシャツ……うん、ベストにしよう。ベストはなくても問題なさそうだ……わかった! そうだよな……なんで俺だけ、こんなに疲れているんだろうと思っていたけど、君らは歩きやすそうな靴で、俺は革靴だ……。
ここで、ヴァンが「さっそく、あっちでしてくる」と言って、離れていった……。
ヴァン、お前は自分がしたかったから、話題にしたんだな?
親近感を覚えたよ。
休憩……しつつ、周辺を警戒する。
漫画やアニメで、排便のこととか、言葉が通じない問題とか、どう処理してんだろうか?
息子と一緒に、ちゃんと見ていればよかった……参考になったかもしれないのに。
しばらくして、ニコニコとしたヴァンが戻ってくる。
ジュンが、同じくニコニコしながら声をかけた。
「デカイの出た?」
「昨日の分もイッキに出た! 浮くかと思った!」
つたない英語での会話だが、身振り手振りで意味が伝わる。
俺たちは笑った。
こんな状況でも、腹をかかえて笑うことができる。
いや、とんでもなく最悪な状況で、先がまったくわからない不安な中で、せめて明るくふるまうことで精神を保っているといえる。そうしていないと、頭がおかしくなってしまいそうだ……。
笑おう。
このクソみたいな俺の状況でも、彼らがいてくれれば、笑えるから笑おう。
俺は、この四人と一緒にいられることで助かっていると思えた。
-・-・-・-
二日目も、けっこうな時間が過ぎた頃、水の音が聞こえてきた。
俺たちは、急ぎたい気持ちをおさえて、速度を保って進む。
水……洗いたい。
身体を毎日でも洗いたいという欲望が、日本人特有の欲望が、俺を支配している。
万里の長城を連想する壁が、視界のはるか遠くでなくなっているとわかった。
端っこまで来たのだ!
その、壁がなくなっている理由が、河だ。
ジュンが、我慢できないとばかりに走り出した。
ヴァンとゾーヤが続く……俺? 歩くよ。
リサが、つきあってくれた。
いい子だ。
「ミンナ、走ってツカレたらタイヘンなのに」
日本語で話す彼女に、つたない英語で返す。練習になると思って、そうしている。
「いや、オレもハシリタイ。カラダ、ノーて言う」
「ハハハハ!」
俺はそれでも、やはり早く確認したいという気持ちから、小走りとなった。
どう?
河? 川?
見えてきた。
向こう岸が見えないほどの、大きな河だ……砂浜があり、ジュンが水を手ですくって飲んでいた。
「キリ! 飲めるぞ!」
「バカ! 腹こわすぞ」
下痢になってみろ、死ぬぞ! ……でも、関係なくヴァンもゾーヤも……たしかに、木の実を少しずつじゃぁな……。
壁は?
なるほどね……壁はこの河のところで、直角にまがって、今度は河にそってずっと続いている。
リサも、俺と同じく壁を気にしていた。
二人で、壁に関して話をする。
「これ、最初の奴らがいる場所を、ぐるっと囲っているんだろうか? そう思う?」
身振り手振りで、彼女に意見を求めた。
「そう思う。この河……淡水だろうけど、壁から遠いところから流れてきているから、上流が、あいつらが言う死の世界? というところ? だと思う」
俺たちも、三人に追いつく。
河はきれいで、底がずっと遠くまで見えた。流れは穏やかだけど、河川の怖いところは、いきなり深くなっていたり、流れが突然に変わったりする。なので、泳いで向こうまで行こうなんてことは馬鹿のすることである。そもそも、この河はどれだけデカいかわからんし、水の中に化け物がいたら、簡単に喰われて終わりだ。
浅瀬で、異変があったら逃げることができる場所で、洗い物や渇きを癒す程度が望ましい。
俺は、身体を洗いたい欲望に従うことにした。
この四人なら、きっと笑って許してくれるだろう。
彼らに、伝える。
「俺は、すっぽんぽんで水浴びをする! 文句はいわせない!」
四人が大笑いし、服を脱ぎ始めた俺を見て、「本気かよ」とまた笑う。
「わたしたちも水浴びしたいから、後でお前らはあっちで向こう見てろ」
ゾーヤの言い分に、すでに水浴びを始めていた俺は「OK」と返し、服を脱ぎ始めたジュンも笑みを返した。
ヴァンが、「一緒に入ろう」と服を脱ぎながら誘い、ゾーヤに小石を投げられて、大袈裟に痛がる。
笑いながら、水で頭を洗いつつ俺は考えていた。
食料……魚、小魚はいるけど捕まえられそうにない。
食料……どうにか確保しないと……やっぱり、森の方向に行くしかないのか?
俺は、河の上流……森を眺める。
出発地点に比べて、ここは森が近いように思えた。
危険……であるのは間違いないが、このまま、あの木の実くらいしかないところでウロウロしても先が見えない。出発地点まで戻り、反対方向へと進んで様子に変化がなかった場合、それから森に入ろうとしても、体力が尽きているかもしれない。
河の魚を釣る道具もない……リスクをとるしかないか……そうだな……リスクがゼロの案件なんてなかった……サッカーやってた時も、チャンスとピンチは紙一重ってことはあった……確率を高める努力はいるけど、手持ちの武器……情報、道具があまりにも少ない。
迷う……けど、まだ歩けるうちに、森に入ったほうがいいかもしれない。
河にそって……森の探索を始めてみようか……水浴びを終えたら、皆に提案してみよう。