18頁:「いただきます」
今回は、後書きが本編という謎スタイルでお届けします。
セレさんの案内の元、街を見回ったあと、屋敷に戻ると部屋の準備が整ったらしく、俺はセレさんと共に、部屋へと向かうのだった。
「こちらが」
『にゃっ!?』
「お〜……これはまた……凄いな!これ!」
「ミライさんたちのお部屋です!」
なんか豪華すぎて恐縮してしまうが、ココが俺達がこの街に滞在する間の家となる。
「セレさんはどうするんですか?」
「厨房の皆さんに挨拶に伺おうと思いまして。もしよかったら、ミライさんも一緒にどうですか?」
「おっ!是非……」
俺は、セレさんの好意に甘えて厨房を見せてもらうことになった。
「始めまして。料理長の『ズンヒル』です」
「よろしくお願いします。ズンヒルさん」
セレさんと俺は料理長に挨拶する。この調理場の人たちは、全員が人族では無く亜人族だった。ドワーフ族や小人、森人族や魚人族など……いろんな種族の人たちが働いていて活気のある厨房だ。
「こちらは、フードバイヤーのミライさんです。冒険者としても活動されている方で、つい先日、王室の褒章も授与されています。」
「これはこれは……、よろしくお願いします。」
料理長は俺の手を握り、こう言った。
「よろしくお願いします。」と。
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「パーリ市街にお住みなのですか。あの辺りの食文化はとても良いものだとお聞きします。特にお魚の調理について奥が深いのだとか。一度習ってみてみたいものです。」
「ご存知だったのですね。」
「えぇ。セレスティア様は初知りで?」
この料理長、凄い勉強熱心だな。独学だろうか?三枚おろしもマスターしている。
「はい。お魚の調理というのは、とても難しいって聞いたことがあります」
「そうですね……生食は衛生面や寄生虫の問題で、あまり推奨されていないのが現状です。しかし……」とセレさんが言ったあと、料理長はこう続けた。
「このパーリ市街では、魚を生で食べれる環境が揃っていますし、何より、温暖かつ季節を感じさせる気候、港町に山岳方面に進めば、高原……それに世界を救った元英雄様が居る土地ということもあって、様々な食文化の交流が盛んとお聞きしているので実際に、こうやってお話を伺うことができて光栄です……」
「ありがとうございます。」
俺はそう言って頭を下げる。この料理長は、とにかくよく勉強しているし物凄く研究熱心なのかな?
「ズンヒルさん。もしよければ、ミライさんに魚を調理する所を見せてあげてくださいませんか?」
「え!?良いんですか!?」と俺は言う。すると……
「えぇ!もちろんです!」と料理長さんは笑顔で言った。
『にゃっ!?』とクロが言うので、俺はその方向を見る。どうやら驚いているらしい。
「じゃあ、お願いできますか?」と俺が言うと、料理長さんは「お任せください」と言って、調理に入る。
今日の夕食はキングトラウトの幼体を使うらしい。
内蔵をしっかりと取り出して、頭を叩き切る。
次に、鱗がないことを確認して真ん中の骨より少し高い位置から包丁をいれて、背びれの付け根あたりまで切り込みを入れる。
次に中骨を取り出すときの方法が……親父と同じ方法だった。
包丁を慎重に真ん中の太い骨に引っ掛けて、そこからぐいっと上に引き上げると。すると真ん中の太い骨が取れるから、あとは中骨を取り外す。
『すごいにゃ……』
この方法……親父のやり方とおんなじだ。
俺はセレさんを見る。
「この魚は、キングトラウトという種類でして……その身がとても柔らかくて美味しいんです!」とセレさんが言う。そして料理長はそれに少量の塩をまぶして見てくれるので揉み込んでいく。そして、それをしばらく置いて、水気を拭いたあと茶色の調味料……香り的には親父が好んで使う糀味噌ににているな。
「すみません、この調味料は何ですか?少しつぶつぶが混ざっていますけど……」とセレさんが聞く。
「あぁ、これは『ミーボ』というマメンガの豆を乾燥させて、固くしたものを柔らかく煮て、さらに発酵……乾燥させたものです。」
「つまり、糀味噌に似ているやつか」
「コウジ……?」
「豆の発酵に使う菌類の種類を米糀にして、その菌類の割合を多くした味噌の一種です。スープにすると、ふわっとした果物っぽい香りがするんですけど、口当たりはまろやかで、旨味成分が多く含まれていて美味しくなります。」
「なるほど……しかし、見た目的にはあまり美味そうには見えませんが……」と言って、セレさんは少し悩むようなそぶりを見せると、俺はフォローする。
「それは文化の違いですね!」
「なるほど!そう言う見方もあるのだな!」
『にゃ!』とクロが鳴くので、俺はその方向を見る。どうやら驚いているらしい。
料理長は、この味噌をつけたままフライパンで熱し、さらに香ばしくバーナーで焼いたあと、水気を拭き取りながら薄くスライスして行く。
そして最後にユーラオイルをかけて完成だ。
「おぉ!」
「ローストトラウトです。私の地域ではよくこれを食べていました。」
「トラウトのタタキじゃん!」
「え?」
「たた……き?」
やばっ、つい口に出た!
「あ、いや……この料理は『ローストトラウトの香味焼き』です。今夜の夕飯でお出ししますね。」
「やった〜!楽しみにしておきますわ!」
セレさんが嬉しそうに言うので、俺も嬉しくなった。
そして……夕食の時間になった。
「では、お召し上がりください」とセレさんが言ったあと、俺は料理長にお礼を言ってから食べることにした。
「いただきまーす!」と言って俺は食べようとすると、セレさんと領主様は驚いた顔をしていた。
え?俺何かしたっけ?
「あ、あの……?」と料理長は言う。
「い、今なんて……」とセレさん。
「え?お召し上がりください?」
「その後です!」
『にゃっ!』とクロが言うので、俺はその方向を見る。どうやら驚いているっぽい。
「『イタダキマス』とはどういう意味ですか?」
「セレスティアお嬢様、領主様。パーリ市では食前に『食の恵み、食べれることへの感謝』を捧げる儀式をするのが習わしだそうです。それの省略版かと。」
「なるほど。」
あの執事もやけに詳しいな、オイ!
俺は詳しく説明することにした。
「お付きの方の言う通りです。パーリ市は食事の1つ1つに神様が宿っているという信仰があるんです。それに私の父が生まれ育った場所ではそれを『八百万の神様』って言って、親しんできたんです。」
「ヤオヨロズ……」
「パーリ市は俺が生まれる前は魔王による政治が行われた都市でもあるんです。そのせいで、満足にご飯も食べれなかった。でも、どんなときも神様に感謝していた様子を見て、心を撃たれたそうなんです。同じ文化を持つ者同士として。親父の住んでいたところでは神様だけではなく、そのの生命を頂くことで生きるから『頂きます』……そう言って、食べることが、生きることに感謝をする言葉になったんです。」
「なるほど……」と料理長が言う。
「だから、俺はその感謝の儀式を食前に行ってたんです。」
『にゃっ!』とクロが言うので、俺はその方向を見るが……やはり驚いているらしい。
セレさんが言う。
「では、お召し上がりください」と改めて言った後、俺たちは食事を始めたのだった。
「いただきます」
「いただきます」




