第7話 神のごとき所業に手を染める俺
「今度こそちゃんと覚えた?」
「ああ、もちろん。そっちの準備は?」
「こっちも完了。すっごく丁度いい人を一人発見したよ」
キズナがモテホンを渡してくる。
俺はそれを受け取り、落とさないようにしっかりと握り締めた。
「移動するよ。近づいても大丈夫なようにステルス範囲を拡大するね。ボクから絶対に離れないで」
――ステルス範囲拡大。自身、及び接触者を不可視に設定。
そう呟うてキズナが俺の手を取る。
「うおっ!?」
いきなり俺の全身が透けたぞ!?
完全に消えたような状態じゃなくて半透明だけど、周囲の人からは一切俺が見えていないようだ。
これはすげえ……。
悪いことし放題じゃねえか。
やんないけど。
「驚いた?」
「ああ、めちゃめちゃ驚いたよ」
「全く、太陽って女の子に免疫なさ過ぎでしょ。いくらボクがかわいいからって、手握ったくらいでそんなに驚いちゃってさ」
「そっちじゃねーよ」
いくら女子に縁がないとはいえ、手を握られたくらいで動揺するか。
恋人繋ぎだったらわからなかったが。
「よし、それじゃ行こうぜ」
「オッケー、こっちだよ」
そしてキズナに手を引かれること3分、対象者が見つかった。
見た感じ20代中盤くらいの、青い芋ジャーを着た女性だ。
「止まって」
キズナが手俺を制した。
「見た目も音も遮断しているけど、転んで触っちゃったりしたら一瞬でバレるからね。絶対に彼女に触らないように気をつけながら前に回って、じっくり彼女の顔を観察して欲しい」
「わかった……む、この人!」
「何? どうかした?」
「ダサい恰好をしているけど、スレンダー体型の結構な美人さんだな。ちゃんと服装と身だしなみに気を付ければ、多分会社とかでめちゃくちゃモテる」
「あ……うん、そうだね」
この上下左右に飛び跳ねまくっている寝癖を直すだけでもかなりいい感じだよな。
いや、まあ、俺はそういう女の子も好きではあるんだけど。
寝癖ってだらしなさの象徴みたいなもんだから、それを見せてくれるってことは相手が俺に心を許している証拠になるだろ?
自分だけに見せる特別な一面っぽくて、軽くキュンってこない?
「よし、顔は覚えたぞ。キズナ、この人の名前を――ダダダダッ♪ ダダダダッ♪ ダーダーンッ♪」
キズナから彼女の名前を聞こうとした時、俺本来のスマホが鳴った。
この曲は塚本だ。
俺は設定したサスペンスな着メロを切るべく電話に出る。
『だ~い”~よ”~お”ぉ”~~~……』
『何だ塚本? 今俺は忙しいんだ。デート失敗の愚痴なら明日聞いてやるから後にしてくれ』
――ピッ、ツーツーツー……
通話ボタンを押した瞬間、怨霊のような声だったので即電話を切った。
俺はその第一声で塚本が話そうとしていることを全て完璧に理解した。
この間、わずか数秒である。
「何だったの?」
「何でもない」
「それにしてはメチャックチャ嬉しそうな顔してるけど?」
「あ、やっぱわかるぅ?」
だってさ、そりゃあ機嫌がよくなるってもんだよ。
いくら友達とはいえ、散々俺に煽りちらかして彼女マウント取ったんだよ?
そんな奴が見事に振られて玉砕したんだよ?
そりゃあ将来の夢が世界平和な人のような善意の塊である俺だって嬉しくなりますよ。
ザマァ塚本。
俺はお前を置き去りにしてその先に行かせてもらう。
恋愛における負け犬の立場でそこから見ていろ。
俺はこれから勝ち馬に乗る。
俺は塚本から再度電話が来ないようにスマホの電源を切った。
そうこうしているうちにもう一人の人物がやってくる。
彼女のつがいになる相手役の男が。
「あれ? この人の相手……」
「どうかした?」
「相手の男の人、俺の担任だ」
「あ、本当だ。すごい偶然だね」
男の名前は白銀敦。
都立茜空高校2年A組の担任にして数学教師だ。
一見厳しそうな強面だが、実は凄く優しい人気の先生。
常に893みたいなスーツでキメているせいで、道で子どもとすれ違うと泣かれてしまい、そのせいでショックを受けるのが玉にキズだな。
子ども好きなんだから見た目変えようよ先生。
「白銀敦、年齢は24歳。学生時代に893が如くにハマってしまった関係で、常に893のコスプレをしている」
「あれコスプレだったんかい」
893ってスーツでキメてるからな。
そりゃ学校にもコスプレで出勤できるわ。
「今日ここに来た理由は別れ話を切り出すため。仕事が忙しく、会えない時間が多い自分なんかよりも、彼女にはもっと相応しい人が現れるはずだと思い、断腸の思いで自由になってもらうつもりである」
「先生らしいなあ」
基本的にこの人、自分より他人のために動く人なんだよな。
誰かが困っているとすぐに助けに行くし、生徒がピンチなら身体を張って守る。
噂では本物の893と揉めた上級生を身を挺して庇ったらしい。
事務所に直談判をして許してもらったとか。
なお、その際組長に気に入られてスカウトされたというオチまでついてる。
「相手の人だって、先生の見た目じゃなくて、中身が好きで付き合ってんだからそんなの気にしないでいいのに」
「相手のことを考えすぎて空回りしてるよねー。自分の魅力に一切気が付いていない。まあ、そんな人にこそ幸せになってもらいたいね」
「ああ、全く同意見だ」
かくいう俺も、先生にはさんざんお世話になっている。
両親が海外赴任中だからって、大変だろうと飯を奢ってくれたり。
遊ぶ金に困ってるだろうからと、ちょっとだけ小遣いをくれたり。
家に様子を見に来ることが理由で、近所で俺が893と繋がりがあると噂されるなんてどうでもいいことだ。
「じゃあ太陽、やるよ?」
「わかった。キズナ、先生の恋人の名前は?」
「山田花子」
「普通そうであんまいない名前だ!」
リアルで花子って名前の人に会ったことない。
「えーと、まずはモテホンでWish Starを起動……そっから先生と彼女さんの名前を入力、と」
白金敦に山田花子。
2人の顔を思い浮かべながら、一言一句間違えないように入力する。
間違えたら効果ないからな。
人違いは弾かれる。
「入力したぞ。これでこの真ん中にあるハートマークをタッチすればいいんだよな?」
「うん。でも、今回はそれで充分だけど、練習を兼ねているからもう少し詰めようか」
コメント欄をタッチして――と、キズナ。
「レベル4のバグはガッチガチに条件を縛らないと修正できないからね。練習のためにやってみよう。じゃあ、まず今日の日付と今の時刻を入力して」
「ん、了解。えーと、4月28日の、午後7時17分――と」
「それが終わったらなんか適当な行動をさせてよ。できるだけありえない行動の方がいいかな? 効果わかりやすいと思うし」
「ほいほい、了解」
んー、ありえない行動か。
じゃあ、ミュージカルみたいに歌って踊りながら告白、と。
「お、いいね。ありえないシチュエーション。じゃあ、最後にプロポーズするように書いて〆る」
「オッケー。で、更新――と」
さあ、どうなるか?
書いたことが現実に起きるなら、これから先生は歌って踊り始めるが――。
一体これからどうなるのだろう?
俺はキズナと一緒に事の成り行きを見守った。
《あとがき》
893が如く面白いですよねえ。
自分は0と1、2が特に好きです。
新主人公の7も面白かったですが。