第32話 帰るべき場所
俺が意識を取り戻し、神の快癒で傷が塞がるまでに数時間掛かった。その後はボロボロの身体をシェルに支えられながらダンジョンの二階層を抜け、一階層まで戻る。
“魔物の過剰湧出”が起きた直後ということもあり、ダンジョンに入ってくる冒険者たちの姿はなかった。
一階層に残されたままだった魔物の討伐部位と魔珠を見つけて、回収を行う。魔物を倒したのは黒装束の連中だが、巻き込まれた被害者として正当な報酬だ。能書きがどうあれ、換金可能なものを残していく気はない。
貧乏性から拾い集めていたものの、体力切れで眩暈がし始めた。
「にーたん、そこで待ってるにゃ! シェルが、すぐ拾うにゃ!」
「……ああ。ありがとな、助かる」
「あい♪」
シェルがあっという間に拾い集めてくれて、いっぱいになった背負い袋も自分で持ってくれた。
七歳の義妹に頼り切りというのも情けないが、今日ばかりは勘弁してもらおう。
領府に戻った頃には昼近くになっていた。
北門の門番からシェルが勝手に飛び出していったことを怒られたが、小さな子を気遣ってのことらしいので素直に謝っておく。
「若いと勢いで突っ走るのもわかるけどな。ここいらじゃ無茶すると簡単に死ぬ。気をつけろよ」
「あい!」
満身創痍で疲れ切っていた俺たちを見て、門番は早々に説教を切り上げてくれた。
重い身体を引きずって部屋まで戻ると寝床に倒れ込む。冒険者ギルドで換金しようかとも思ったが、もう動けねえ。
その気持ちを察してくれたシェルが、俺を見て笑う。
「シェルが行くから、にーたんは寝てるにゃ」
「……ん?」
「魔物の討伐証明部位と魔珠、カエラちゃんに届けるにゃ」
カエラちゃんて、あのひとはお前の四倍近く年上なんだが。まあ、カエラ嬢であれば悪いようにはしないだろう。
お使いを頼んで、冒険者用のギルド証を預ける。眠れる気はしなかったが、目をつむったとたん意識が途切れた。
「ただいまにゃ……?」
昼過ぎに帰ってきたシェルは、寝ている俺を気遣って静かに声を掛けてくる。数時間は眠れて、心身ともにずいぶんマシになった。
「ありがとな、シェル」
「あい! 」
魔物の素材は金貨一枚と銀貨二十四枚ちょっとになったと教えてくれた。千と240ドルか。こっちは精鋭部隊の頑張りを横取りしただけなんだが、どんなカネでも、カネはカネだ。
頼んでおいた通り、シェルは金貨銀貨をギルドの貯金機能にしてもらって、端数の大銅貨と銅貨で食事を買ってきてくれた。
「これ、屋台だろ? 誰かに嫌なこと言われなかったか?」
「だいじょぶにゃ、ヤなひとは見ればわかるにゃ!」
なんと。俺の義妹は、俺よりも世慣れているようだ。
串焼きとサンドウィッチのような軽食に、素焼きの使い捨てボトルに入った飲み物まで。疲れたときに効くという薬草入りの果汁だとか。至れり尽くせりだ。
「カエラちゃん、これくれたにゃ」
傷薬の小さな包みに、小さな紙切れが添えられていた。畳まれた紙を開くと、“早く良くなって顔を見せてね”と書いてあった。
神の快癒で身体は順調に回復してきているが、カエラさんの気遣いはありがたい。今度ギルドに行ったときには、お礼を伝えよう。
◇ ◇
――と、思っていたんだがな。
その後、俺は一週間近くも静養することになってしまった。正体不明の熱が出たり、眩暈が収まらなかったりと本調子には程遠い体調で、仕事に出ようとするたびシェルに止められてしまったのだ。
重症化したわけではないので、要するに疲労が溜まっていたんだろう。
寝たり起きたりの俺を、シェルは甲斐甲斐しく面倒を見てくれた。その姿はなんでかひどく幸せそうで、ときに母性のようなものを感じてドキッとさせられる。
七歳児に母性を感じるのも不思議な話だが。女の子というのはそういうもんなんだと、俺は前世の孫娘から教えられていた。
“男と女は、犬と猫くらい違う”、だっけか。いまの状況を考えれば、孫娘の言葉は慧眼と言えなくもない。
個人的にはジェンダーに関して特に意見はないが、性差がもっと後天的な問題だと思っていた俺は、男児と女児の生き様の違いを見せられるたび不思議な感慨を持ったものだ。
「にーたん、おきゃくさんにゃ」
ノックの音がして、応対に出たシェルが戻ってくる。俺が入るよう言うと、扉を開けて巨体が入ってきた。
何者かと身構えそうになるが、傷面のギルドマスターだ。元練達上位冒険者で、シスター・クレアの元パーティメンバー。人間的には不器用そうだが、それなりに信用はできる。
「よお」
俺はあいにく熱が上がって、横になっていたところだ。起き上がろうとしたのを手で制し、ギルマスは寝床の横の椅子に腰かける。
少し話があると聞いて、シェルは部屋の外で洗濯物を干し始めた。
「ちょっとした報告と確認に来ただけだ。すぐ帰るんで、そのままで聞いてくれ」
確認は、わからんでもない。しかし報告? そこは少し嫌な予感がする。
ギルドマスターから話があると言われて、それが良いことだと考えるやつはいない。
「良い話と悪い話がある、なんてことを言うところなんだろうけどな。残念ながら良い話ってのはない」
「でしょうね」
「お前に限らず、冒険者ってのは、そんなもんだ」
前置きを考えてはいたようだが、面倒になったらしく単刀直入に言ってきた。
「リサが死んだ」
「は?」
一瞬、誰かと思ったが冒険者ギルドで俺に絡んできた受付嬢か。あの後にいろいろありすぎて、もう忘れかけていた。なんでまた、俺にそんな話をするんだ?
「王都で、死体が水路に浮かんでた」
「……なんでまた」
「さあな。だが報告を読んだ限り、背後からひと突き。なんかヤバいことに巻き込まれたんだろうが……ありゃ犯罪じゃねえ。貴族同士の揉め事だろうな」
ご愁傷様ってとこだが、よくわからん。俺は関係ないと主張しておくべきか?
そもそも四百キロだか離れた王都で死んだなら、俺を疑ったところで無理があり過ぎるんだが。
「あいつは、お前以外にも揉めた相手が多くてな。疑ってはいないが、直近で問題を起こしたのはお前とだったんで、一応は伝えておく」
「はあ」
「そういや、ケルフとジェルマも行方不明のままだったな」
俺との揉め事で思い出したって体だが、これはカマかけだな。俺は黙ったまま、しばらく待って素っ気なく答える。
「……そうですか」
それほど本気ではなかったようで、ギルマスは俺の反応に肩をすくめて話を続ける。
「領府の司祭も更迭された。市井に情報は降りてこねえが、教会内部で相当の問題が起きてるんだろうって話だ」
「そんなこと、俺に話して良いんですか」
「単なる噂だ。お前はまだ聞いてねえだろうが、街を歩けばみんな知ってる」
そんなもんか。司祭っていうと、俺に“天恵職”を与えたジジイか。あれがすべての始まりではあったが、その後は接触もなく完全に忘れていた。
あいつも人狼をあからさまに蔑んできていたが、もしかしたら“天の狩人”の関係者だったんだろうか。だとすると、俺が黒装束の連中に狙われたことと、それを全滅させたことにも無関係ではないのかもしれない。
いまさら、だからどうという話でしかないな。
「なにか思い出したようだな」
またも、わかりやすいカマかけだな。
詳しいところを伏せたまま威圧を乗せて詰問すれば、後ろ暗い奴ほど口を割る。前世で俺が良く使った手だ。
「信心が足りなかったんじゃないかと、思っただけです」
真面目な顔で答えると、厳めしい顔が崩れて大笑いし始めた。思い通りに吐いてやる気はないし、そもそも情報も持ってねえよ。
尋問モードは終わりにしたのかギルドマスターの圧は解かれて、面倒臭そうな顔の中年男に戻る。
「その傷、ゴブリンにやられたんだって?」
カエラさんに収めた魔物の素材からの憶測だろう。自分が倒したわけでもなし、回収もシェルに任せきりだったんで、どんな魔物だったのかは覚えてねえな。
「ゴブリンだけじゃないですよ。いきなり魔物の群れに襲われて、なにがなんだかわからんまま死にかけました。生き延びられたのは天恵神器と……」
そこで少し考えて、ギルドマスターにだけ聞こえる声で言う。
「シェルが助けに来てくれたおかげです」
元練達上位冒険者の巨漢は、それを聞いても驚かなかった。少し首を傾げただけで、さもありなんという顔で唸る。
怪訝な顔で見ていた俺に気づいて、ギルドマスターは逆に不思議そうな顔をする。
「もしかして、お前は“爆轟修道女”から聞いてないのか」
「院長から? なにをです」
「あの娘、おそらく獰虎だ」
知らん名だな。ティグレス、てのは牝の虎、あるいは凶暴な女を指す表現だったはずだが。
「猫獣人ではなく?」
「獣人のなかには先祖返りとでもいうのか、ごく稀に極端なほど強い個体が現れることがあるらしい。教会の記録では隠されているようだから、経験則でしかないがな。俺が冒険者のと頃、おっそろしく強えぇ獣人の女にぶちのめされたことがあった」
なんだそりゃ。この巨漢をぶちのめすって、まさかうちの義妹がそんなのになるのか? 冗談じゃねえぞ?
「あの娘が強いのは、なんとなくわかってた。それが想像以上だったってだけだ」
話は済んだ、と言ってギルドマスターは部屋を出ていく。
そこで思い出したように振り返って核心を突く尋問をするのが効果的な手なんだが、そこまで器用ではないらしくあっさりと帰っていった。
外でシェルに声を掛けているのが聞こえてきた。なにか内緒話みたいなことを言って、シェルが嬉しそうに笑っている。
「にーたん、だいじょぶにゃ?」
洗濯物を干し終えて、シェルが部屋に戻ってきた。嬉しそうな顔で、俺に寄り添ってくる。ギルマスになにを言われたのか、えらくご機嫌そうだ。
「ああ。シェルのおかげで、ずいぶん元気になった。もう少しで元の暮らしに戻れると思うぞ」
「なにか、やりたいことはあるにゃ?」
いまのところはカネの心配もないし、危害を加えてきそうな勢力は排除した。その余波で、“天の狩人”の内部も崩すことができた、はずだ。
もう問題はない。ここからは、自由に生きる。今度こそシェルと一緒に、平和に幸せに暮らしたい。そう伝えると、シェルは満面の笑みで抱き着いてきた。
「にーたんと、ずっと一緒にゃ♪」
シェルを抱きしめた俺の目の前に、“天恵の掲示板が開く。
そこでは俺が死を積み上げてきた結果である所有ポイントと、さらなる死を積み上げるための必要ポイントが点滅していた。
そして、“神を崇めよ”という天恵神託が。
名前:バレット
天恵職:銃器使いLV4
所有ポイント:2068P(LV5の必要ポイント:256P)
天恵技能:忍び寄り、押さえ込み、雲隠れ、快癒
天恵神器1:隠し持つための銃
所有弾薬:46(弾薬購入ポイント:1P/一発)
天恵神器2:粉砕するための銃
所有弾薬:6(弾薬購入ポイント:10P/一発)
天恵神器3:掃き清めるための銃
所有弾薬:35(弾薬購入ポイント:5P/一発)
天恵神器4:振り撒くための銃
所有弾薬:76(弾薬購入ポイント:2P/一発)
天恵神託:神を崇めよ
問題はない、だって?
ああ、知ってるさ。そんなわけがねえってことなんて、嫌ってくらいにな。
問題ってのは必ず、さらなる問題を呼んでくる。危害を加える勢力を排除すると、次はもっと面倒な奴らがやってくるんだ。
死は死を引き寄せ、憎しみはもっと大きな憎しみを生み出す。終わったりはしねえ。逃げきれるものは、誰もいねえ。
「にーたん、どうしたにゃ?」
「……なんにもないさ、シェル。なんにもな」
手で振り払って表示を消し、邪神の僕は問題から目を逸らして、笑った。
【作者からのお願い】
とりあえず第1部完、な感じで一区切りとさせていただきます。
一か月の試験連載、読んでくださった方ありがとうございました。
「面白かった」「続きが読みたい」と思われた方は
下記にある広告下の【☆☆☆☆☆】で評価していただけますと、続編書くかどうかの指針になります。




