第31話 (回想)鉛の味
いままでどれだけ撃ったかなんて、数えたこともない。何人を殺したのかも、何人を再起不能にしたかも覚えていない。
そんな俺でも、銃弾を喰らった感触は知っている。俺は何度も、それを味わっている。
最初は、十五歳やそこらだった。敵対するグループのひとり、チビのコフィがどこかで手に入れた安物の回転式拳銃をこれ見よがしにぶら下げながら通りを近づいてきた。後ろには仲間を引き連れ、ちっぽけな身体でふんぞり返って。そんなときは無能のチンピラほど実にわかりやすく、自分が王にでもなったような顔をする。
「止まれ! それ以上進めば、タダじゃ済まねえぞ!」
こちらの警告は無視された。通りの真ん中にある掠れた白線が彼我の境界線。そこを越えると紛争になる。何度もギリギリまで踏み込み踏み込まれてきたが、一線を越えたことはなかった。
「どうするっていうんだよ。……あ?」
コフィは薄笑いを浮かべて、言った。ここでビビッて逃げたらそこで終わりだ。いっぺん勢力圏を奪われたら、二度と取り返せない。だから俺も、内心の怯みを無視して笑う。空っぽのポケットに、マグナムでも持っているように虚勢を張る。
「玩具を手に入れて、自分がデカくなったつもりか?」
俺は、あえて挑発に出た。
銃ってのは簡単に人を殺せるが、また簡単に加害証拠がつく。証拠隠滅の手段を確保できていない馬鹿な若造ならなおのことだ。下手な売人から手に入れたら、他人の線条痕記録が残った銃なんてこともザラにある。
威嚇以上の使い方をするには、それなりのリスクが必要になるってことだ。
「……てめェ、いつまでもデカいツラしていられると思うなよ」
コフィにも、奴のグループにも。素手での喧嘩なら悪くて引き分けだ。少なくとも負けたことはない。仲間を呼ぶならこっちも呼ぶし、ナイフを出すならナイフで応えるだけだ。そのときまで一度も退いたことはないし、負けた覚えもなかった。
だが、俺はわかっていなかった。コフィはクスリで飛んでいた。瞳孔の開いた目は落ち着きなく泳ぎ、不自然なほどに汗を掻いていた。
それは格下が相手でも、警戒すべき状況だった。
「……ゃんだらァっ!」
訳のわからない叫びを上げながら、いきなりコフィは銃を乱射した。仲間のひとりが血を噴いて倒れ、残りは身を翻し蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていった。一緒にいたのが年下の連中だったことで、我先に逃げるのを躊躇ったことが俺の運命を決めた。
「次は、てめェ……だッ」
コフィは荒い息を吐き、大量の汗を垂れ流しながら俺に銃口を向ける。その銃身を左手で逸らしながら、右手に握ったナイフを鳩尾に突き刺す。小さく息を呑んで身を強張らせる。
「……がッ」
肋骨で止められないよう、刺すときは刃を水平に。柄まで差し込んだら、左右に動かしながら抉る。それで即死はしなくても、内臓にダメージを与えて死を確実なものにする。
聞いていた通り、すぐにコフィの目から光が消える。案外、簡単なものだ。
そう思った瞬間、パンと軽い音が上がってハラワタに熱を感じた。喧嘩で拳を叩き込まれたのとは違う、内臓を直接エグられた感触。地べたに転がって身悶えながら、俺は必死に逃げようと力を振り絞る。
ああ、クソ。この死にぞこない、俺を撃ちやがった。
殺してやろうとコフィを見るが、俺に鳩尾をエグられたヤツは呆けたような顔で死んでいた。
周囲にひと気はない。これ以上の危害を加えられることもないが、助けを呼ぶこともできない。
「くそが……ッ」
俺はなんとか膝をつき、立ち上がろうともがく。手足から力が抜けて、目の前が暗くなってきた。
「……冗談じゃ、ねえ……ッ」
俺は、まだなにも手に入れていない。なにも成していない。クソみたいな場所でクソみたいな奴らにクソみたいな人生を強いられて、そこから逃れようと足掻いてきただけだ。
歩こうとした途端、ずるりと足元が滑る。腹から脚を伝って流れ出してゆく血。それは身体から抜け落ちてゆく命そのものだ。
「……こんなところで、……死んで、たまるか」
明滅する視界の先に、近づいてくる誰かのシルエットが見えてきていた。それがなんなのかはわからない。敵か、味方か、警察か、死神か。
いずれにせよ、同じことだ。なぜか、そう感じたのを覚えている。
己の運命からは逃れられない。
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