第22話 謀略の終焉
……書いて出し
光に包まれたと思ったら、出たのは砂塵舞う夕暮れの荒野だった。
バレットが冒険者ギルドで聞いていた対策の通り、転送後の奇襲を避けるため姿勢を低くして物陰に隠れる。
周囲を見渡すが、先に入っていたはずのエルデバインの姿はない。こちらに向けられた殺気は感じられず、攻撃魔法も飛んでこない。
聞こえてくるのは風の音と、頭に直接響いてくる“邪神”の意思。どこか昏い方へと俺をいざなう、“ガンスリンガーの神”の託宣だけだ。
しつこく繰り返される“神威を示せ”に俺はうんざりして吐き捨てる。
「ああ、もう……うるせえな、黙ってろ!」
心がざわめく。獣性が掻き立てられる。それはバレットの、人狼としての、ではない。前世の俺が死を積み重ねるなかで心の底まで沁みついてしまったものだ。
――今世では、平和に暮らしたかったんだけどなあ。
心のなかで嘆く俺の目の前に、“天恵の掲示板”が開く。また“所有ポイント”と“LV3の必要ポイント”が点滅している。自らの業を受け入れろとでもいうように。
ポイントは、この世界で俺が積み上げてきた死だ。望むと望まざるとに関わらず、それが銃のかたちになって、俺をどこかに導いてゆく。
名前:バレット
天恵職:銃器使いLV2
所有ポイント:709P(LV3の必要ポイント:64P)
天恵技能:忍び寄り、押さえ込み
天恵神器1:隠し持つための銃
所有弾薬:21(弾薬購入ポイント:1P/一発)
天恵神器2:粉砕するための銃
所有弾薬:5(弾薬購入ポイント:10P/一発)
天恵神託:神威を示せ
「……神たちも人間たちも、みんなくたばっちまえ」
俺は64ポイントの消費を受け入れる。レベルが上がって画面が光り、表示が切り替わった。
◇ ◇
“沈黙の地下迷宮”の二階層。エルデバインは集合地点である丘陵地に向かって決められた合図を送る。
合図を返してきた掃討殲滅部隊の部隊指揮官モリスが、単身でやってきたエルデバインを見て、転移ゲートを振り返る。
「強襲打撃部隊の連中は」
「死んだ」
驚きはしているようだが、モリスに動揺した様子はない。何百回もの襲撃を経験し、数えきれないほどの修羅場をくぐってきたのだ。部下や同僚、上官が死んだことなど珍しくもない。
だが、一部隊が全滅という前例はなかった。
速度と連携を武器に初撃を喰らわせる強襲打撃部隊は、掃討殲滅部隊よりも部隊員が若く有能で練度も高い。
対して、プライマリの討ち漏らしを潰すのが任務のセカンダリは古強者ぞろいで、その強みは知識と経験に裏打ちされた守りの堅さと老獪さだ。想定外の事態でも、的確に柔軟に対応する。
「……やはり、あいつは“異端の烙印”ですか」
「間違いない。おかしな遠吠えで魔物の群れを操ってきた。最後は、鉛の礫を吐き出す“天恵神器”にやられた」
モリスは、黙ってうなずく。彼は部下たちへの小楯装備を徹底させていた。事前情報をもとに備えを怠らない辺りは古参ならではだろう。
先陣を切るプライマリでは、自分たち最大の武器である瞬発力を喪うと頑なに拒絶された。あいつらは若さと自信から、速度と攻撃力を優先して防御を疎かにする傾向があった。
これまでは、それで上手くいったかもしれない。だが、なんにでも最初はある。それが最期になっただけのことだ。
「主戦力は左翼に展開して回り込みます。右翼は下げて誘い込み、挟撃を」
モリスは上官であるエルデバインに、ここからの展開を説明をする。セカンダリの部隊指揮官であるモリスは、あの獣人の持つ“天恵神器”を把握していた。それが魔道具のような投射武器で、右手で保持されていたこともだ。右手で構えた投射武器は左側よりも右側への反応が、わずかに鈍くなる。
そして、剣や槍よりも遥かに死角が多い。
「油断するなよ」
「もちろんですよ。見ていてください。仕留めてみせます」
モリスは誇るでもなく逸るでもなく、平坦な表情で言うと配置についているであろう部下たちに合図を送る。
エルデバインに背を向け立ち去りかけたとき、懐から治癒回復ポーションの小瓶を渡してきた。
「血を流しすぎてますよ。俺たちの戦いの後からが、あなたの本番でしょう?」
答える間もなく、モリスは姿を消していた。
「……後が、あればいいがな」
エルデバインは、ひとり呟く。
自分たち“天の駆逐者”は、神敵を排除するための教皇直轄部隊。騎士や兵士を処断したときも、犯罪者集団を壊滅したときも。敵に後れを取ったことはないし、任務に失敗もない。冒険者など、どれほどの強者であっても敵ではない。
我らエクスペラーの強さは冒険者の練達上位をもしのぐと言われてきた。
それなのに。中堅上位でしかない半獣のガキに、なぜ良いようにあしらわれたのか。
冒険者ギルドで見た印象では、ただの人狼の子でしかなかった。
身体は小さく、魔力量も並みで、魔圧も低い。獣人の常として勘と直感で動いている印象だった。実際、自分の“天恵職”につながる秘密がダンジョンにあると匂わせただけで、簡単に引っかけることができた。
「……結局は、驕りか」
あのバレットという獣人は、“ガンスリンガー”なる未知の“天恵職”を得ている。その事実は知っていた。後の調査情報から、不可解な破壊力を持った武器だとわかってもいた。銀ランクと鉄ランクの冒険者を殺したことも、三体のオークを単身で屠り、偽装された人為的スタンピードを止めたこともだ。
警戒して万全の対策を立て、全力で当たったつもりが、それでも足りなかったというだけだ。
初弾は避けられ追撃も躱され、隠蔽魔法は見透かされた。
襲わせるはずだった“魔物誘因者”の力も人狼の遠吠えで逆襲された。数の力で潰そうとした自分たちが、押し寄せる魔物の群れに潰されたのだ。
連携は切られ、瀕死の部下たちを“天恵神器”で皆殺しにされた。
「“異端の烙印”、か」
教会が怖れる、世界に混乱を生み出す怪物。自分たちの地位を。既得権を。安寧を掻き乱す異物。権力者たちが全力で潰しにかかるのも当然だろう。
「邪神なんてものは、あいつに罪を着せるために捏造された情報だと思っていたんだがな……」
エルデバインは、もう自分が逃れられない場所にまで踏み込んでしまったことを知る。なぜなら、感じ始めていたからだ。ダンジョン深層から響いてくる、音のような声のような、強弱と緩急のある不規則な圧。それが伝えようとしているものは不明ながらも、エルデバインの知識と直感が告げていた。
これは、“凶兆”だと。
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