第21話 深淵の縁
ちょい遅れた、うえに短い……そろそろあかんぞこのチキンレース
「……ああ、くそッ」
やられたな。あの野郎、最後の最後で捨て身の一撃を喰らわせてきやがった。
脇腹を浅く抉っていた双剣の一本を引き抜く。当然ながら痛みはあるが、出血は思ったほどでもない。
刺された傷を確かめてみると、急所も外れているし内臓にも届いてもない……はずだ。毒でも塗られていたら終わりだが、見たところ、刃に妙な照りはない。嗅いでみてもおかしな匂いはしない。無色無臭の毒だとしたら、そんときはそんときだ。
男の服を切り裂いて止血用の包帯代わりにする。衛生的とは言えないが、知ったことか。
二挺の銃に弾薬を装填した俺は、さっき気配を感じた森の奥に向かう。
あのおかしな気配。ひとりだけ離れた場所にいて、妙につかみどころがない。弱者というわけではなく、気配を消すのが上手いというだけだろう。木々が密生して少しだけ見下ろしが利くそこは、集団を率いる指揮官の立ち位置だ。
「出て来いよ、エルデバイン」
茂みや藪にわざと踏み込み、ガサガサと音を立てながら近づく。
相手の正体がわかったわけじゃない。いま、この場で俺を殺すところを確認したい奴がいるとしたら。
あの薄気味悪い男しか思いつかないってだけだ。
「望み通り、俺の神がいる場所を示してやろうじゃねえか」
バン、と銃声が鳴って俺の撃ち込んだ弾丸が木々を揺らす。木陰から飛び出した影はすぐ別の木陰に消える。
「一緒にダンジョン攻略をするまでもねえよ。ここに入る前から、ずっと感じるんだ。お前らの言う、“邪神”の意思をな」
こちらを探る意思と魔力を感じる。索敵魔法でも使っているのか、それとも別のなにかか。俺はもちろんバレット自身も、魔法に関しては詳しくない。まして王都から派遣されてくるような、暗殺部隊の能力についてなど知るわけもない。
小さく鋭い風の刃が傍らを掠めて、背後の枝を斬り裂く。強力ではないが、正確だ。剣持ちやら盾使いのような正面戦力ではなく、搦手と騙し討ちで生き残り、暗殺するようなタイプだろう。
「ずっと命じてくるんだ。“神威を示せ”ってな」
移動する気配。どんどん奥に向かってゆく。突き当りには、洞窟のような入り口がある。そこが階層間をつなぐゲート機能になっていて、各階層ごとの魔物たちはそこから行き来ができないと聞いている。
本来それが“魔物の過剰湧出”を防いでいるらしいが、ダンジョンの魔力が“なんらかの原因”で乱れるとゲート機能にも異常が起きて外にまで魔物があふれ出す。
「おい」
姿が見えたと同時に、こちらになにかが飛んできた。
凄まじい速さの、おそらくは氷の鏃。バレットは冒険者たちの話から、それが“フリーズボルト”という初級魔法なのは知っていたが、見るのは初めてだ。半透明で高速の物体は、視認しにくく避けにくい。直感で飛びのくのが遅れていたら、危うく串刺しにされるところだった。
パパンッ!
短銃身リボルバーで二連射したが、外れた。続いてもう一発を撃ち込もうとしたところで木陰に逃げられてしまう。この銃で狙うには動きが早すぎ、距離があり過ぎる。
俺の武器を知って逃走することに決めたのか、エルデバインは遮蔽物を縫って奥にあるゲートに向かう。
その意味がわかっていないのか、それとも他に選択肢がないのか。
「おいおい、自分から“邪神”の待つダンジョン深層に向かう気か?」
そう言ってはみたものの、俺だって会いたくはない。“ガンスリンガーの神”が本当に“邪神”なのかは知らんが、会って幸せになれるような存在だとは到底思えない。あの男が勝手に行って、勝手に糧になるというなら止める気はないんだが。
その間にも、神の意思は俺を急き立てる。なんなのかもわかっていない、“神威”とやらを示せと。
ゲートに足を踏み入れたエルデバインの姿が消える。初めて見るが、階層ごとの移動はあんなものなのか。得体の知れないものに身を任せるようで不安はあるが、追わないわけにもいかない。
「……はあ、行くしかねえか」
俺は覚悟を決めると、洞窟のようなゲートの入り口に足を踏み入れた。
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