第2話 神の名のもとに
「ただいまにゃ~♪」
シェルを連れて孤児院に帰った俺は、院長のシスター・クレアに“天恵の儀”が済んだことを報告する。
無事に“天恵職”を得たことは喜ばれたが、それ以上は何も訊かれなかった。
彼女は若いころ練達下位の冒険者だったらしいから、他人の“天恵職”について詮索しないという冒険者の不文律を守っているのかもしれない。
「シェル、バレットが心配だったのはわかりますが、黙って抜けだすのはいけませんよ」
「あい!」
シェルは、いつも返事はいい。でもたぶん、反省はしてない。そのあたりも猫っぽいな。
彼女が駆け去った後で、シスターが俺に尋ねてくる。
「バレット、これからどうするかは決めましたか?」
「変わっていない。明日、孤児院を出る」
バレットは冒険者ギルドで、ずっと子供でもできる仕事をこなしてきた。駄賃の半分ほどは孤児院に入れ、残りをギルドの貯金機能で貯えてある。
自分とシェルに必要な出費もそこから出していたため、現在は銀貨で三十枚。元いた世界の貨幣価値で三百ドルほどにはなっている。この世界では、新生活を始めるのに十分な額だ。
ただしそれは、男ひとりが暮らすだけの場合だ。幼い義妹との暮らしを始めるには、ある程度の部屋の広さと治安の良さ、日常生活の利便性が必要になる。領府でそれを達成するには、最低でも銀貨五十枚。なにかあったときの余剰を考えれば、六十枚は欲しいところだった。
領府は貴族街と平民街、肉体労働者区画と商業区で住人と景気が違う。ちょうど良いのは、ひとの目が多く比較的獣人差別意識が低い、北西部の庶民長屋。バレットが目を付けた家は、借りるのに手付として銀貨三十枚が必要だった。
「できるだけ早く、あいつを引き取れるだけの食い扶持を確保する。そして、あと銀貨三十枚稼いだら、シェルを迎えに来る」
シスターには、事前に伝えてある。意思が変わっていないか確認しただけだ。
当然シェルにも話してあるが、実際のところ話し合いはバレットとシェルの間で行われたものだ。記憶として知ってはいても、俺にはふたりの心情までは測りかねる。
「冒険者になるのですか」
「獣人だから。他に生き方が選べるとは思ってない。得られた“天恵職”も、たぶん冒険者以外では使い道がない」
“銃器使い”だとは言っていないが、なんらかの戦闘職だということは匂わせておいた。その価値と実力については、俺自身にとっても不透明だしな。
シスターは俺を見て、ふと怪訝そうな顔をした。俺のなかのバレットがわずかに緊張するのがわかった。この女性、昔から妙に勘が鋭い。隠し事などできた試しがなく、子供たちからは慕われつつ恐れられてもいた。
そもそも、少しばかり違和感はあった。目の前に立つシスターは少し陰のある妙齢の美女だけれども、バレットが物心ついたときからずっとこの姿だった。子供たちや街の住人からは、長命種である“エルフ”の血を引いているのではないかと噂されていた。
この世界には、そんなもんまでいるのか。そりゃ、いるか。魔法があって魔物や獣人がいるんなら、エルフやドワーフがいたって驚きはしない。
本当に、SFの世界だな。
「あなたは、それでいいんですか?」
「俺?」
バレットの意思は、もう伝えた。再び訊いてきたことで一瞬、深読みしそうになるけれども。この手の漠然とした質問は、後ろ暗いことを隠している相手から話を引き出すための基本だ。すんなり流せば問題ない。
「いいもなにも、自分で決めたことだ」
俺が生まれ変わった――というかバレットのなかに俺が生まれたというか、この状況を勘づいたのかとも思ったが、年齢不詳の美人女史は首を傾げてにこりと笑った。
「そうですか。無理はしないように」
「大丈夫、心配ない」
実際そうでもないんだが、シスターには軽く答えておいた。
明日からは忙しくなる。その前に、神らしきものの託宣を試してみなくちゃな。
次回明日19時更新予定!
【作者からのお願い】
「面白かった」「続きが読みたい」と思われた方は
下記にある広告下の【☆☆☆☆☆】で評価していただけますと、執筆の励みになります。