第16話 追われる狩人
王都の一角にある、“天の狩人”の議事堂。集まっていた最高幹部たちは、円卓の間に入ってきた女の姿を見て問題が起きたことを知った。
辺境の小領、コンドミア子爵領に派遣された潜入調査員。リサと名乗っていたが、偽装用呼称なのは明らかだった。帝国貴族の妾腹という彼女はどこか小馬鹿にしたような薄笑いを浮かべているのが常だったのだが、いまはその余裕もない。
目の下には隈が浮かび、薄汚れてくすんだ顔は明らかな動揺が現れていた。
「報告を」
議長である枢機卿が平坦な声で告げる。
高齢の教皇が病に臥せっているいま、メルデ王国正教会で最も権力を持った人間だが、その本性は欲にまみれた狭量な暴君だ。
教会幹部か政財界の重鎮からなる“天の狩人”の最高幹部、円卓の間に列席する選ばれし十三人であっても言動を誤れば社会的に抹殺される。
「“異端の烙印”が現れました」
彼女の言葉に動揺を見せる者はいないが、微かに息を呑む気配はあった。
“異端の烙印”というのは、教会が把握していない“天恵職”の持ち主を指す。その多くは単なる希少例でしかないが、ごく稀に現れる悪意的な存在は世界に混乱を生み出すと言われている。
「待て」
枢機卿の目配せを受けて、大司教のひとりがリサを詰問する。
「子爵領の司祭から聞いたこともない“天恵職”が出たとの報告はあったが、無価値なケダモノだという結論だったはずだ」
言い方こそ辛辣ではあったが、大司教の口調は平坦だった。
“天の狩人”に所属する誰もが、人間至上主義というわけではない。獣人や他の亜人を、憎しみ蔑んでいるわけでもない。少なくともほとんどの最高幹部にとっては、興味がないというのが最も近い。要するに、人間至上主義の広域集団に所属することが、己の利益につながると思っているだけだ。
「たしかに人狼で、何年も雑用をこなすだけの無能でした。ですが“天恵の儀”で、なにか異常な力を得たことは間違いありません」
「根拠は」
「“天恵職”を得て数日で銀ランクと鉄ランクの冒険者を殺し、三体のオークを単身で倒しています」
リサの報告を聞く男たちの反応は様々だ。くだらない駄法螺だと聞き流す者、どんな力を使ったのかと首をひねる者、そして。
「コンドミア子爵領にオーク? お前たちは“沈黙の森”に触れたのか! 地下迷宮との境界が不透明なあの地には干渉するなという王家からの通達を知らんとは言わせんぞ!」
激昂した王宮宰相の指摘を、リサは冷えた目で聞き流す。
「教会の指示です。王都から“魔物誘因者”が派遣されました」
それが事実なのであれば、教会が独断で対応を命じたということになる。周囲の視線が枢機卿に集まるものの、彼は無関心な表情を保ったまま何の反応もしない。
「なるほど、それで?」
代わりに声を上げたのは、冒険者ギルド王都本部でギルドマスターを務めるペルティブ。ギルド幹部では珍しく冒険者上がりではない政治屋だ。
「失敗したってわけだ。森の際にある孤児院には、“爆轟修道女”がいるからな。君が過去にあいつといろいろあったことは聞いているよ、リサくん」」
「二千体近い魔物を費やして、魔力切れにまで持ち込みました。邪魔が入らなければ、そのままオークの餌になったはずです」
ペルティブは、いやらしい笑みを受かべて言う。
「まさか己の失態を隠蔽するために、“異端の烙印”なんて古臭い名前を出したのではないだろうねぇ?」
リサは光の消えた瞳で一瞥すると小さな礫を指で弾く。
受け止めたペルティブは、怪訝な顔でそれを見た。
「……なんだ、これは?」
「“異端の烙印”の“天恵神器”がオークを屠った後に残されていたものです。鉛の塊を、銅で包んだもの……だったのでしょう」
他の参事会員たちにも見えるよう円卓に置かれたそれは、ひしゃげて歪んだ花弁のようになっている。
「鑑定魔導師による試算では、弩弓の五倍を超える速度で打ち出されなければ、花弁のようなかたちにはならないそうです」
「馬鹿ばかしい。いくら速かろうと、こんな小さな塊でオークを屠る武器など聞いたことも……」
「それが答えですよ」
リサが平坦な声で吐き捨て、ペルティブは自分の愚かさに気づく。
「そんな武器はありません。少なくとも、神の意思に沿った“天恵職”の“天恵神器”には」
これまで教会が記録してきた“天恵職”は、千と二百七十五。うち“異端の烙印”の疑いを受けたものが二十六。二十五は調査の結果、無害と判断された。
「ご存じの通り、“異端の烙印”と断定を受けた“天恵職”は、この百余年前で一件だけでした」
公式には非公開となっているが、この場にいる者たちは知っている。それは“革命家”という扇動能力者だった。その“天恵職”を得た男はメルデ王国の北にある二国で王制を打倒し、後に帝国が生まれる原因になった。
「今度の“ガンスリンガー”とやらが、新たな“異端の烙印”なのだとしたら……早急な対処が必要でしょうね」
枢機卿が、他人事のようにつぶやく。
そこに込められた意図の半分は無能な犬を殺し損ねたリサへの非難、もう半分はさっさと殺してこいという命令だった。
「百余年前には、天変地異や“魔物の過剰湧出”といった“凶兆”があったと聞きます」
今回は、これといって特異な事例の報告はない。スタンピードも教会の指示で起こされた人為的なものだ。つまり。
枢機卿は、なんらかの異変を起こし、それが“異端の烙印”による凶兆であることを世間に流布せよと言っている。
「ケダモノの駆除は、誰の目もない場所で、誰も知らないうちに。わかりますね?」
枢機卿の命令に、リサとペルティブは頭を下げる。
公にできない問題を処理するために、“地下迷宮”は繰り返し利用されてきた。特に冒険者の処分方法としては、最も使い勝手がいい。ダンジョンにおいて死は日常であり、死体は魔物に喰われ、あるいは迷宮自体に吸収されて証拠が残らない。今度も上手くいくだろうと、誰もが思っていた。
ただひとり、処分作業の当事者であるリサを除いて。
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