第15話 望まぬ名声
「では、こちらをお納めください」
冒険者ギルドの応接室。シスター・クレアと俺、そしてギルドマスターが対面するテーブルに、カエラ嬢が金貨の入った重そうな革袋を置く。
俺の前にも、金貨が十枚入った革袋。俺の知る貨幣価値で言うと、1万ドルといったところ。目指していた六百ドルなど遥かに超えて、一気に金持ちだ。
これで、シェルとの暮らしを始める目途は立った。
「もらっていいのか?」
「当然です。あなたの助けがなければ、孤児院もわたしも終わりでした」
俺たちの会話を聞いているギルドマスターは信じられないという顔をしているが、その隣のカエラ嬢はなんだか満足そうだ。
「“爆轟修道女”が倒せなかった魔物を、成人したてがねえ……」
「その呼び方はやめてくださいと、何度も言ってますよね?」
シスターが無表情にギルドマスターを見る。ビクッと硬直した傷面の巨漢は高速でうなずき始めた。ギルマスは元練達上位冒険者で、練達下位時代にシスターとパーティーを組んでいたこともあったらしい。
「報告した通りですよ。力尽きかけたところを救ってくれたのが、バレットです」
もちろんギルドマスターたちに、肝心なところは話していない。俺がオークを三体倒したことも、俺の“天恵職”のせいでその死骸が消えたこともだ。
報告したのは、ただ“沈黙の森”で“魔物の過剰湧出”が起き、ギルドと領府の戦力が遅れたせいで孤児院の連中が死にかけたということだけ。
間に合わなかった理由はいろいろと述べられていたが、遅滞行為があったことは明白だった。“死人はなにも語らない”。どこの世界でも、よくある話だ。
だが連中にとっては運悪く俺たちは生き残り、さらに運が悪いことに湧出した魔物たちの大半を殲滅してしまった。見殺しにするところだった責任を取るかたちで、冒険者ギルドを通じて領主のコンドミア子爵からカネが出た。
名目は知らん。ギルドマスターも下級貴族家の出身らしいから、貴族のメンツを潰さない方法で片をつけたんだろう。
孤児院周辺に散らばっていた魔物の素材は、冒険者ギルドが詫びとして高額で買い取った。金貨で数十枚にはなったようで、シスターはしばらく予算に困らないと俺に言う。だから遠慮せず受け取れってことなんだろう。ありがたくいただいておこう。
「ギルドの口座に入れておいてください」
ギルド証を添えてカエラ嬢に革袋を渡すと、階下に降りた彼女はすぐに戻ってきた。
「おめでとう、バレットくん。今日からは鉄ランクですよ」
昨日もらった銅のカードに実感も持てないまま、今度は鉄か。正規の冒険者になって二日で中堅上位は、平民だと前代未聞だそうだ。貴族子弟などの特別扱いではよくあることだというから、喜んでいいのかは判断に迷う。
「ありがとうございます。光栄です」
外向きの笑顔でカエラ嬢に礼を言うと、シスターとギルドマスターがなんとも言えない顔で俺を見る。
なんだよ、そのしゃべる魔物でも目の当たりにしたようなツラは。こっちは孤児院出身の獣人だぞ? どこでも同じ対応をするわけにはいかないだろうが。視線で訴えるとシスターは肩をすくめ、ギルドマスターはため息交じりに首を振った。
「まあ、いいか。バレット、せいぜい気をつけることだな」
「なにを、ですか?」
「無理に敬語にしなくてもいい。なにをって、自分が目立ってることは自覚しているよな?」
俺はうなずいた。自分で望んだことではないが、結果的にそうなったことは認める。今後はひっそり生きて行けというなら、喜んでそうしよう。万が一にもシェルに被害が及ぶようなことになったら、手加減してやる気はないがな。
「片田舎の子爵領でくすぶってる冒険者は、多かれ少なかれ訳ありだ。そこで悪目立ちしすぎれば潰される。利用しようとするやつも出てくる。特に地下迷宮では、ひとの目がないからな」
一瞬なんの話かと思ったが、心配してくれているのだと気づいた。俺が恨みや妬みを買って、秘かに殺されても証拠が残らないと言っているのだ。なるほど。その発想はなかったな。いや、正確に言うと。
自分が殺される方については、だが。
「大人しくしていますよ。本当の俺は、子犬のように従順なんです」
「笑わすんじゃねえよ。お前、森林群狼で一番厄介なのはなんだか知ってるか」
ギルドマスターをなだめようとしたんだが、失敗したらしく苦り切った顔で見据えられた。なんだそれ、いきなり話が飛んだな。
「群れから弾きだされた追放個体だ。なにをしたいのかも、なにをしでかすかもわからん。群れの長の統制もないから引き際も知らん」
「まあ、そうでしょうね。そういうのは早めに仕留めないと……」
「俺には、お前がそれに見える」
おい! なに言ってんだこいつ、失礼だな!
次回も明日19時、更新……
……予定、です。
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