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第二十九話 罪の代償

 ロレンスは近くの治療院に運び込まれ、一命をとりとめた。

 いや、もともと命には別状がなかったのだ。

 身体的には、ロレンスは健常な男性と変わりない状態にある。


 ただ……。


『騎士として剣を振るうことは、二度と出来ないでしょう』


 寝台に座るロレンスは歪に曲がった右腕を見る。

 骨が外部に露出する開放骨折。

 肩甲骨までもが折られたものの、アカシア教の神殿は治療を施してくれた。


 見た目には何一つ問題はない。

 ただ、今や腕がまともに上げられず、フォークも持てない状況だ。

 右腕は生きているだけで、もう死んでいる。


「……俺は」


 たとえポーションが残っていても、英雄としての生命はもはや断たれた。

 侯爵としての名声は地に堕ち、騎士も侍女も使用人も去って行った。

 ロレンスに残されたのはただ一つの心のよりどころ。


(アニー……アニーに会いたい……)


 ぎゅっと、悔しげに唇を噛みしめたロレンスの下に──。


「閣下、大丈夫ですか?」


 ノックもせず部屋に入って来たのはアニー・ヴリュトだ。

 背中を拭くためのタオルと水桶を机に置き、ロレンスの隣に座る。

 ロレンスは力なく笑みを浮かべた。


「あぁ……まだ痛むが、なんとかな」

「……お顔のほうは?」

「……」


 ロレンスの顔は現在、包帯で覆われている。

 アルカンジュの放った灼熱の火球は彼の顔を焼き尽くした。

 もう右目は溶け、見えることはない。


「失礼しますね」


 アニーが手を伸ばすと、ロレンスは顔を背けた。


「酷い火傷だ。見ないほうが良い」

「でも」

「……君に嫌われたくない」


 今やロレンスに残されたのはアニーだけだ。

 この包帯の下を見れば、きっとアニーは自分を嫌ってしまう。

 そんなことになったら、これから自分は誰に支えてもらえばいい。


「大丈夫です、閣下」



 アニーは決意したようにロレンスの頬に手を伸ばす。

 額に口付けたアニーは慈母のように微笑んだ。


「私は絶対に、閣下を嫌いになりません。わたし、どんな姿でも受け入れます」

「アニー……」


 ロレンスの目の端に涙が浮かぶ。

 アニーは花のように微笑んだ。


「だってわたし、閣下の全部を愛してますから」

(あぁ……)


 この子がいれば、大丈夫。

 自分を愛してくれる人の存在がこんなにもありがたいとは知らなかった。


 この子は、この子だけは絶対に大事にする。

 これからの一生はこの子に尽くすためにささげよう。

 そう決意したロレンスは、ゆっくりと頷いた。


「……分かった。お前がそこまで言うなら」


 しゅるしゅる……と包帯が解かれていく。

 慈母のような笑みを浮かべるアニーは「ほら大丈夫」と言いかけて、


 ひゅ、と息を呑んだ。


「ぁ……」


 美しかった金髪はちぢれ、顔全体が焼けただれている。

 醜い火傷のせいで右半分が不自然に盛り上がり、右の眼窩は空洞だ。

 腫れあがった唇が、力なく笑みの形に歪む。


「どうだ、その……大丈夫、だろうか」


 アニーは悲鳴を上げた。







「ば、バケモノっ!!!」







 ハッ、と口元を押さえた時にはもう遅い。


「ぁ……」


 愕然としたロレンスからアニーは目を逸らす。

 気まずげな沈黙。


「……あ、その……わたし、失礼します!」


 アニーはロレンスの顔を直視できず、服を抱えてその場から逃げ去った。


「……」


 誰も居なくなった室内でロレンスは幽鬼のごとく立ち上がり、鏡に向かい合う。

 火傷で醜くなった顔面をおさえ、唇を噛み、鏡を床にたたきつけた。


「ぁ、あぁあ」


 ロレンスに残っているものはアニーだけだった。

 アニーが逃げ出すほどの顔になった今、残っているものは何もない。


(ぁぁぁあああああああああああああああああああ!!)


 ロレンスは子供のように泣きわめき、部屋中の家具に八つ当たりする。

 そんな彼に手を差し伸べる者は──誰一人として居なかった。




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