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第十八話 やり直しの問い

 

 侯爵領の街を馬車が走っていく。

 流れゆく車窓の景色を見た私は向かい側に座るロレンスを見て問いかけた。


「今日はどこに出かけるつもりなの?」

「ん」


 実は、魔法関連で買いたい本があったのだ。

 ルガール様がおすすめと言っていたもので、魔法の基礎的な知識が身につくらしい。だから本屋さんによりましょう。行きたいところがあるの。そう言おうとしたんだけど。


「あのね、私──」

「まずはオペラに行こう。それから演舞場だ」


 目を丸くする。


「……もう決めてたの?」

「あぁ」


 ロレンスは眉根を上げた。


「なんだ、行きたいところでもあったのか?」

「……ううん」


 私はゆっくりと首を横に振った。


「なんでもないわ」


 そっと息をつき、窓の外を見る。


 ……全部、一人で決めちゃうのね。


 夫がこうしてちゃんと段取りを組んでくれてありがたい。

 私を楽しませてくれようとしているのが分かるし、気遣いを感じて嬉しくもある。

 でも……。


(全部、私の苦手なところだわ)


 私もオペラを嗜んだりはするけど、あくまで社交の延長線上に過ぎず、自分からオペラを観劇するような趣味はない。とにかく人が多いし、貴賓席に通されるものだから、周りの視線なんかも気になって劇に集中できないのだ。どちらかといえば、お気に入りのカフェで本を読むほうがいい。お互いに口数は多くないから、二人で静かに過ごすほうが落ち着くし。


「あなた」

「ん?」

「……その、今日はいい天気ね」

「そうだな」


 ちゃんと伝えようと思ったけど、楽しそうにしている彼を見るとどうしても言えなかった。

 それに、前にも言ったのだ。

 彼は覚えていないかもしれないが、もう一度言うのはなんだか違う気がする。


(覚えてて欲しかったな……)


 口の中で呟いて、私は車窓の景色を眺め続けた。




 ◆◇◆◇




 今日のオペラは『ヴァルハラの恋』と呼ばれる演目だった。 

 すれ違っていた夫婦がある日突然若い頃に戻ってもう一度恋をするお話である。


 二人の初々しいやり取りが売りで、見ていて微笑ましいオペラだ。

 思わずくすりとする場面があって楽しめなかったといえば嘘になる。

 ただ、二人が一度目の人生で反省するところがどうにも合わなかった。


 例えば家事や育児に関して。

 一度目の人生で妻は小さなことですぐに怒るヒステリックな性格だったらしい。

 二度目では夫は妻が何も言ってくれなかったことに対して「言って欲しかった」と言って、妻が「ごめんね」と謝る場面がある。


 でも、どうして妻が悪いことになってるの?

 元はといえば夫が育児にも参加せず家事も手伝わず好きなことだけをしていたのが原因。それまでの妻は周りからの評判も良かったけど、結婚してから余裕がなくなって、さらに夫に「たまには化粧でもすれば」なんて言われた暁には、怒ったとしても無理はないと思う。


(そもそも夫の心遣いが足りないことが問題じゃない)


 若返った二度目ではちゃんと言いたいことを伝えあって。

 口では喧嘩しつつもなんだかんだと仲が良く、協力して問題に立ち向かう姿は良かったけど。

 妻にばかり責任を押し付け、さも夫が良い人ぶっているところがどうにも合わなかった。


(平民向けだからかしら……)


 周りを見れば、若い女性たちは楽しんでいるように見える。

 けど、少し歳のいった夫婦の奥様方の反応は、あんまり芳しくないように見えた。


「面白かったな。どうだった、ユフィリア?」


 ロレンスが私の肩に手を回して言った。


(何なの。これは私に対するあてつけなの?)


 もやもや。

 もやもや。


 言葉に出せないもやもやが胸の中に広がって、私は深呼吸した。

 落ち着こう。

 たぶん、いや間違いなくロレンスにそんな意図はない。


 たぶん、彼は今日の演目すら知らなかったはずだ。

 無神経なことをやってしまう男なのだ、この人は。


 いいところも、悪いところもある。

 人間だもの。仕方ないわ。


「なかなか興味深い題材だったわ」

「そうだな。もしお前が若い頃に戻れるなら何をする?」

「うーん」

(最近、新しい鉱脈が発見されたダイヤモンド鉱山をいち早く買い取って実家の借金を無くすわね)


 そうしたら私が無理やり結婚する必要はないし、家族と疎遠になることもない。

 もしも若い頃に戻ったら、私はこの人と──


「ちなみに俺は、もう一度君に会いたい」

「え?」

「二度と過ちを犯さず、母上からお前を守っていきたいと思っている」


 ロレンスは私を抱き寄せた。


「もう二度と、離さないからな」

「……うん」


 曖昧な笑みを浮かべて彼の胸に頭を寄せる。


「嬉しいわ。ありがとう、あなた」

「……ん」


 ロレンスはぽりぽりと頬を掻きながら言った。

 その気恥ずかしそうな様がロレンスらしくて思わず頬を緩める。


 ……けれど。


(若い頃に戻れたら、か)


 義母が居なくなって、ロレンスは確かに優しくなった。

 あるいは結婚前よりも私のことを離すまいとしている気がする。


(二人とも今の記憶を持って若い頃に戻ったら──)


 もしも結婚する前に戻ったら。


 もう一度、ロレンスとやり直そうと思うだろうか?


「そろそろ帰りましょう。日が暮れるわ」


 私は、最後まで答えることが出来なかった。




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