第十五話 兄妹の話
キャロラインの処分を終えたルガールは平屋から出てため息をついた。
侯爵領の空は曇り模様で、どことなく淀んだ空気がはびこっている。
いつの時代も悪人というのは蔓延るものだ。
多額の和解金を渡して彼女を追放した賢人の一人はそのことを分かるべきだと彼は思う。
「兄様、終わりましたか?」
「あぁ」
ミーシャはルガールの後ろを覗き込んで、
「アレはどうします?」
「そのうち自分で出てくるだろう。直に侯爵家の騎士が探しに来るはずだから、放っておいても構わない」
「わたしは殺したほうが良いと思いますけど」
おっとり、とミーシャは顔に似合わないことを口にして首を傾げた。
妹の口から出た物騒な言葉にルガールは眉間に皺を寄せる。
「あの程度の悪人のために命を背負うなんて無駄だ。やめておきなさい」
「ユフィリア様にしたことを考えれば、殺すだけ恩情だと思いますけどねぇ。わたしの調査報告書は全部ご覧になったのでしょう?」
「だからこそ放置するんだ。老いこそが奴に対する最大の罰だからな」
ミーシャがユフィリアに言った調べ物とは彼女の周辺調査のことだ。
稀人に対する魔法使いの扱いは往々にして決まっているが──
塔の裁きを与えるためには事実関係を明らかにする必要があった。
「……酷いものでしたよ。この子から聞いたユフィリア様の惨状は」
ミーシャは周りに飛ぶ光の玉に触れながら呟いた。
キャロライン夫人がユフィリアに与える食事は最低限。
侍女は一人しかつけず、社交界では絶対に笑い物するために呼んだ。
稀人に魔力が暴走しないように月に一度は健康診断と称して大量の血を抜き──
息子には自分に任せろと言っておきながら、ユフィリアを悪女扱い。
「兄様もこの子たちの声を聞いたら、今みたいに冷静で居られないと思いますよ」
ミーシャはいくつもの光の玉──精霊を浮かべながら言う。
彼女はハーフの身でありながら歴代ルフの中でも図抜けた素養を持つ。
千里を見渡し、過去と未来を占う星読みの子。
精霊使い。『千里眼』のミーシャ。
「冷静に見えるならよかった。彼女の前でも仮面は脱げてないってことだからな」
「……っとに素直じゃないですねぇ」
ミーシャは肩を竦めた。
「それで、兄様はあの方はどうなさるんです?」
「どうとは?」
「決まってるじゃないですか! 異性として捕まえるか捕まえないかってことです! 兄様大丈夫ですか? 〇〇〇ついてるんですか?」
「ミーシャ!?」
下品すぎる言葉にルガールは仰天する。
清楚可憐な妹から下の言葉が出て来るなんて思わなかった。
一体どこで覚えたんだ……。
「あんな素敵な方、他にいませんよ! 兄様もそう思うでしょう?」
「……まぁ」
ルガールはぽりぽりと頬を掻いた。
自分を弟のように扱ってはいるものの、彼女は公爵や魔法使いといった色目で見ず、自分自身を見てくれる。また、見知らぬ使用人を助けに入る彼女の優しさもルガールが惹かれているところの一つだ。
(俺がミーシャ以外の女性に心を許すなんて、な)
あの隠れ家に招待したのはユフィリアが初めて。
年上で包容力があって、普段は綺麗なのに可愛らしい一面もあって。
ルガールはユフィリアの年齢を一切気にしていない。
「だが、彼女は人妻だ」
「……」
「俺に言い寄られても困るだろう。事実、困ってたし……」
「そんなんだから兄様は兄様なのです。反省してください」
「えぇ……」
「もちろん人妻であるユフィリア様に手を出したら極刑モノです。ちょんぎられてもおかしくはないです。けれども、あの方が今の夫との関係を終わらせた後なら、迎えに行ってもいいんじゃありませんか」
「ユフィリア様が離婚すると……?」
「分かりません。ですが、一度入った亀裂はそうそう直らないものです」
ミーシャは年に似合わぬ笑みを見せる。
半端者と親に見捨てられた彼女は時折こうした達観した一面があった。
「兄様だって、ユフィリア様に気があるのでは?」
「まぁ、気になることは認める。彼女は優しいからな」
もしも両親に捨てられた自分が彼女に拾われていたら幸せだっただろうな、と思う。
自分がひどい目に遭っていながら他人に手を差し伸べることが出来る彼女はまぶしい。
その光を陰らせたくないと思った。
彼女を酷い目に遭わせるアルマー二侯爵家が許せなかった。
「だが、ユフィリア様はあちらを選んだ」
彼女がしようと思えば、あのままルガールを選ぶことだってできたはずだ。
それでもユフィリアはアルマーニ夫人としての人生を選んだ。
公爵と侯爵夫人という線を引かれた自分は、その線を越えることが出来ない。
「でも手を貸してましたよね? 矛盾してません?」
「保護した手前、な」
そう言う建前がなければ動けないのだ、と。
言外に伝えたルガールにミーシャは溜息をついた。
だから兄様は兄様なのです、と。
二人は扉を渡って森の中に出た。
セーフハウスの一つで、公爵領にほど近い森の中だ。
ミーシャは精霊たちを周りに侍らせ、風のように空を踊る。
その背中からは妖精のような羽が見えていた。
「あーあ、せっかく兄様を誰かに渡せると思ったのになー」
「悪いな。もうしばらくお前のお兄ちゃんで居させてくれ」
「いやいや、まだ分かりませんよ?」
ミーシャは唇に人差し指を当てる。
「ユフィリア様に精霊をつけました。何かあれば知らせてくれます」
「は?」
「もしも彼女に危険が生じたら、迎えに行ってくださいね?」
「……今度は何を視た?」
「なにも。ただ予感がするんです」
ミーシャは笑った。
「これからわたしたちに家族が増える──そんな予感が」




