奇人、木魚を落とす。
ーーこれは、空高く、雲の上、さらに上にあるお寺の、住職と木魚のお話ーー。
昔々あるところに、たいそう変わり者の住職がおりました。
この住職、木魚を手作りするのが大好きで、寺には様々な木魚が展示されています。
ある日の朝、住職はお気に入りの木魚を手に、寺の中庭に散歩に出かけました。憩いの場で、お経でも唱えるのでしょうか。
寺の中庭には侘び寂びの効いた庭園が広がり、その中心部には東屋と、錦鯉が優雅に泳ぐ、澄んだ大きな池がありました。
住職はその池のそばにある椅子に腰掛け、ほっと息をつき、空を見上げます。空は、澄み切った青空で住職の疲れを癒やしてくれました。
そんな時、1匹の大きな鯉が、飛び跳ねます。
ぼんやりと空を見上げていた住職は、その音に驚き、手にしていた木魚を池に落としてしまいました。
慌てて立ち上がり池の中を見るも、木魚は住職の手の届かない、深い深い池の底へと吸い込まれるように落ちていきました。
◇◇◇◇
ひゅーーーーーん。
池に落ちたはずの木魚が、なぜか地上に向かってものすごい勢いで落ちていきます。実は寺の池、地上とつながっていたのです。
落下の先には、一人の男がいました。他は誰もいません。辺りは街灯も人も少なく、開けた場所。近くに幅の広い大きな川が流れています。
時刻は真夜中。酔っているのか、男は千鳥足でした。
外見は20代ぐらいで、黒スーツを着たサラリーマンです。
ひゅーーーーーん。
酔っている男は気づきません。木魚はそのまま加速した状態でぶつかりました。辺りにものすごい音が響きます。一人と1個は一つになり、光りに包まれ、静寂が訪れる頃には、頭は木魚、首から下は人間……という奇妙な生き物が誕生しました。木魚の表面に、人面が浮かび上がり、目が赤く染まります。
さながら、ハロウィンのかぼちゃを被った人間のよう。
ふらついていた男は背筋を伸ばすと、手に撥を出現させ、何を思ったのか、その奇妙な姿のまま夜の街へと繰り出しました。
◇◇◇◇
「ぎゃーーー!!!」
夜の街に、叫び声が響き渡ります。その様は、地獄絵図。繁華街にいた人間たちは、各々叫び声を上げ、散り散りに散っていきます。
騒動の原因は先程の男。男は撥をバットのように扱い、カキーン!、カキーン!……と、狂ったように人の頭を打っていました。その目は喜びに満ち、あるはずのない口は嗤っていました。
打たれた頭は天高く吹っ飛び、いくつかはホームラン! 雲よりも高く飛んでいきました。
男は不気味な笑い声を放ちながら、悪人の頭だけを狙い打ちし、闇夜に消えていきました。
◇◇◇◇
あれから幾星霜、雲の上の寺の周辺には、奇妙な人面木魚が現れるようになりました。住職は訝しリ、それを手にします。その木魚には、なんとも言えないユニークな人面が描かれていました。
変わり者の住職はそれをいたく気に入り、たくさんあるのだから……と、コレクションすることにしました。
幸いなことに寺の敷地は広大なので、保管用・閲覧用・普段遣い用……と分けることが出来るようになっています。
住職はにこにこと嬉しそうにお堂に入っていきました。
それからというものの、住職の人生はとても充実したものとなり、増え続ける人面木魚たちは喋りだし、仲良く歌を歌いながら幸せに暮らしました、とさ。




