第15話 春風氷雨
屋敷に来てもう数週間経つ。サンドラが鴉についての情報を集めているが、どうやらそんなに上手くいっていないらしい。
俺はというと今日もバルコと剣術修業だ。最近は防御の練習が多い。
休憩の時に不意にガードンが言っていた剣術の流派を思い出した。確か、真流剣術だったか。
「ところで、バルコさん、真流剣術?とはどんな剣術なんですか?」
「真流剣術ですか。まず、古流剣術とは身体強化と武装強化は使いますが、その他の魔術はあまり使わずに、剣術のみを磨きます。一方で真流剣術は身体強化や武装強化は勿論のこと、他の魔法も剣術に組み込んで戦います。例えば無系統魔術の魔力弾を斬撃にのせて、斬撃を飛ばします。また、その斬撃に各々の系統魔術をのせて放つこともできます」
剣に魔術をのせるか。俺のスキルと少し似ているか?
「へ~、他にも流派はあるんですか?」
「はい、主に二つの流派からの派生で攻撃特化のもの、防御特化のものや、二刀流のまでありますが、どの流派が強いかは一概には言えませんね」
「そんなにあるんですね」
午前中の剣術修業が終わると午後からはサンドラに魔力操作を教えてもらった。
「物体を見てどういう風に魔力回路が流れていたらいいか分かったか?」
サンドラが言うには、非生物のような魔力回路をもたないものでも、そのものの形に適した疑似の魔力回路の作り方が分かれば少ない魔力でも効率良く武装強化を展開できるらしい。魔力回路を血管だとすれば、これは人工的につくっている電気回路みたいなものだ。
そのため俺は、サンドラに物体の効率の良い魔力回路の作り方を教えてもらっていた。
しかし、そもそも一般的に武装強化は会得難易度が非常に高い。
扱えるものが少ない訳ではないが、大抵は武器に力尽くに魔力を込めて何とか発動させている。それ故に適切な疑似魔力回路に適切な魔力量を込める武装強化は真なる武装強化と呼ばれ、区別されている。
真なる武装強化は魔力消費量も少ないうえに、安定しているため、非常に効果が高い。
それ故に真なる武装強化は難しく、扱える者は天才と呼ばれる。しかし、その天才でも新しい武器や装備ですぐに武装強化を使うことはできない。それは、適切な疑似魔力回路が武器によって異なるからだ。
だから、サンドラやシズク師匠のように全てのものに武装強化を施すことができるのは非常識のことなのである。
二人は新人という種族による補正に加えて、サンドラは高難易度の魔術で鍛えた並外れた魔力操作の精密さ。シズク師匠は天眼によるそのもの一つ一つに適した魔力回路を瞬時に見抜き構築する。
そんなことができる人がそんなにたくさんいるはずがない。
「そういえばさ。俺のスキルで作る腕や剣とかも武装強化出来るのか」
「出来るんじゃねぇか?お前のスキルは魔力で物体を作るんだろ?」
俺は早速、ミスリルの剣を作り、魔力を送りこんだ。すると、今までのことが何だったのかと思うくらいにスルスルと魔力が通っていく。
「あ、できたわ。てか、これ超簡単に武装強化ができる」
「そりゃな。そもそも武装強化は自分に相性がいい武器程効果が出やすい。だから普通はもともと自分に相性のいいものを見つけるか、時間をかけるかしかない。だが、お前のスキルでできた武器はお前の魔力の結晶だ。相性が悪いはずがねぇ。自分で好きな形に調整できるから疑似魔力回路も普通よりも簡単だと思うしな」
「へ~。まるでこのスキルのための魔術みたいだな」
スキルを使って簡単に武装強化できたが、まだ師匠からもらった緋色では武装強化出来ない。しばらくはミスリルの剣を使うことにしよう。
その日の夜、夕食を終え部屋でくつろいでいたとき、コンコンとノックして声が聞こえた。
「ヒサメさん、今よろしいですか?」
リーエの声だ。
「ああ、いいですよ」
扉が開き、リーエが入ってくる。
「リーエ…さん、様?」
「ふふっ、リーエでいいですよ。私の方が年下なんですし」
「そうか、じゃあリーエ。リーエとこうして話すのは初めてだな」
バルコの修業の時に一緒に剣術をしていた時はあったが、メニューが別だったのでそんなに話をすることはなかった。
「そうですね。修業の方はどうですか?」
「順調だよ。剣術も武装強化もいい感じだ」
「もう、武装強化を…?それは凄いですね。私も応援していますから」
リーエが驚いた顔をする。
「ありがとう。ところで用事は?」
「そうでした。明日街に行きませんか?」
「街に?」
そういえば、この冒険者の街に来たにもかかわらず、やっていることが前とほとんど同じだ。
「はい。ヒサメさんはこの街に来たのは初めてのようでしたから、私に街を案内させてくれませんか?」
リーエが案内してくれるようだ。これは断れないだろう。しかし、サンドラでさえ情報をつかめない鴉の存在もある。
「それはありがたいけど、大丈夫なのか?鴉の連中がいるかもしれないだろ?」
「街のなかだったら大丈夫でしょう。そもそもサンドラ様が奴らの尻尾をつかめないのは鴉の活動が少ないからなんですよ」
俺は少し考える。
確かに街中だったら大丈夫かな。
「そうか。じゃあ、よろしく頼むよ」
「はい、任されました」
リーエは可愛らしい笑顔を浮かべる。
「少し長居してしまいましたね。では、おやすみなさい」
そう言い残すと、部屋を出ていった。
翌朝、俺達は約束通りに街に出かけた。イーハルの街は活気のある街だった。雑貨店に本屋、多種多様なものがごった返して売っている市場。また流石、冒険者の街と言われているだけあって武器や魔道具も充実していた。
「凄いな、人がこんなにたくさん」
「そうでしょう。この街でもここら辺は人がよく集まりますから。ところで、もうすぐお昼ですけど、ご飯にしませんか?」
そう言われると、お腹が空いている。
「ああ、そうだな」
「この辺りにおすすめのお店があるんです」
リーエに連れられた店に入り、会話している時にリーエからこんな質問をされた。
「そういえば、ヒサメさんはどうして冒険者になったんですか」
冒険者になった理由か。この世界では生きていく力がない俺にはサンドラが示してくれた道以外になかったからな。
「それは、考えたことがなかったな。成り行きというか」
「どういうことですか?」
「俺はサンドラに拾われて、シズク師匠に稽古をつけてもらって、当然のように冒険者になった。商人や官職、専門職になろうとも思わなかったし、なる技術も知識もない。それに、まだ日は浅いけど、楽しいからな」
俺がこう言うとリーエが顔を傾げる。
「…拾われて?」
ああ、異世界から来たことは説明しにくいな。サンドラもこの世界では異世界があるとは知られていないって言ってたし。
俺が困った顔をしていると、リーエが謝る。
「ああ、すいません。別に無理やり聞きたかった訳ではないので」
聞かれたくないことなのだと思ったのだろう。別に話してもいいのだが、面白くない話になる。
「ああ、いや別に話してもいいんだが。少し暗くなるぞ」
「話してくれるんですか?」
「ああ、いいぞ。どこから話すかな」
俺は自分の過去を思い出しながら話し出した。
「俺はもの心がつく前から母親はいなかった。事故で死んだらしい。そこからは父さんが一人で俺を育てくれた。裕福とは言えないが、幸せな日々だった」
その頃は楽しかった。本当に幸せだったんだと、今なら分かる。
俺は話を続けた。
「けど、そんな日々が突然終わった。父さんが…殺人の罪で捕まった」
「殺人…」
息を吞むように聞き入るリーエ。
「ああ、だが父さんはそんなことをするような人じゃないんだ。絶対に!」
俺は感極まって思わず机を叩く。
「ええ、信じますよ」
「ありがとう、リーエ。 けど、世間はそうじゃなかった。結局、父さんは処刑され、俺は犯罪者の息子として生きた。皆が俺を見る目は変わり、辛い日々だった」
俺はその時を振り返った。
俺が高校の頃とある女の子がいじめにあっていた。見かねた俺はそれを止めようとした。
「おい、やめてやれよ」
しかし、主犯の男が俺を見て笑った。
「なんだよ。お前がやんのか?犯罪者の息子がよ~」
そのことが許せなかった俺はそいつと喧嘩になった。
後日、俺たちは先生に呼び出された。
「春風君、こんなことをされては困りますね。いじめに、それを止めようとした子にまで暴力をして」
何のことだ。俺がいじめ…。奴らの顔を見ると嘲笑を浮かべていた。
「え、待ってください。俺はいじめなんかしてないし。それに最初に暴力を振るったのは向こうからですよ!」
「噓はダメだよ。その子からもう話しはきてある」
「噓じゃない!」
「は~。これだから犯罪者の子供は…。もういいですよ。あなたは退学です」
「そんな、なんで!」
「もう話しは終わりです。出ていきなさい」
意味が分からなかった。
その後、学校を辞める時に確か、いじめられた子が泣きながら謝りに来たっけ?
「ごめんなさい。私のせいで春風君が…。本当にごめんなさい」
結局、いじめが原因でその娘も転校したらしいけど。名前なんていったっけ?確か、チヒロだったかな?
その後、何とか就職した後も
「春風君、これも明日までにやってきてもらえるね?」
「え、自分、これもやらないといけないので」
「どちらもやればいいじゃないか!?全くこれだから中卒は使えんな。それにお前の父親は殺人鬼だってね?」
ここでも、父さんだ…
「それは…」
「じゃ、これ頼んだからね」
その上司はそのまま帰っていった。
「え、そんな」
そして、最後は後輩に頼られた時だった。
「先輩。これ手伝ってくださいよ」
「え、俺も仕事が」
「まあまあ、いいじゃないですか」
結局、いつものように仕事を押し付けられた。
翌日のことだ。
「春風、お前のした仕事に不備が見つかった」
「え、それは俺じゃなくて後輩がしたやつで」
「お前は自分のミスを後輩に押し付けるのか?」
上司は俺を睨みつける。後ろを見ると昨日の後輩が笑っていた。
ああ…またあの顔だ。いじめっ子たちと同じ、俺を心の底から見下した笑だ。
「いえ、そんなつもりは」
「チッ、もういい。お前は解雇だ。もともと犯罪者の子を雇っていたら、我が社の評判にかかわるから解雇するつもりだったしな」
「そんな、不当解雇ですよ」
「そんなもんは知らん。もうここにお前の居場所はない」
会社をやめる時に後輩に会った。
「あ~。先輩クビっすか?残念したね。ドンマイです。でも残念っす。雑用係がいなくなったじゃないっすか」
それを聞いた俺はどうしようもなく悔しくて、腹が立って、情けなくて。
最後は冤罪だ。
会社を辞めさせられた俺は途方に暮れていると、人が血を出して倒れているのを見つけた。
「大丈夫ですか」
その人に駆け寄った俺は、必死に止血をしながら、呼んだ救急車を待っていた。
その時、背後からこっちに向かってくる人影があった。
「きゃああああー」
通りすがりの人が血まみれの俺と倒れている人を見て、俺が殺したと勘違いをした。
「なんだ、なんだ?って殺人か?」
そして周りに人が集まって、警察も来た。そのまま俺は警察署に連れていかれた。
「で、なんでそんなことをしたんだ?」
「俺じゃない!倒れていた人に聞けば分かる」
「残念だが、その人はもう亡くなったよ。それに、これは連続殺人で、7件目だ」
「連続…殺人?」
「ああ、もう証拠は揃っている。フリーターのお前にアリバイはない。大方、会社を首になってむしゃくしゃして殺ったんだろう?」
「そんな」
「たく、お前の親父の時もずっと『俺じゃない』って言ってたな。本当に諦めが悪い親子だよ」
と取り調べの刑事が出ていく時に呟いた。
裁判所でもそれは変わらず、死刑になった。
そして神様にあった。
俺は途切れてしまった話を続けた。
「それから、紆余曲折あって、この国にきた。それで、サンドラに拾われて冒険者になった」
「それは…大変でしたね」
「けどさ、サンドラや師匠に出会ってからはとても楽しいんだ。本当に夢みたいで」
気がつけば俺の頬を涙が伝っていた。
前世では、父親がいなくなってから、誰にも頼れず、なにをしても上手くいかず責められ、裏切られてきた。ずっと独りぼっちだった。
さみしかったんだ…つらかったんだ…もう何もかもが嫌になったんだ。
前世から一人で抱えこんできたものがリーエに話すことであふれ出してしまった。まるでダムが崩壊したかのように涙が止まらない。
情けない。小さな女の子の前で。
「ヒサメさん…」
リーエはそんな俺の手を握ってくれている。
リーエは俺が泣き止むまで静かに待ってくれた。
「ごめんな。急に泣いたりなんかして」
「いえ、こちらもすいません。余計な質問でした」
「いや、初めて人に話せてすっきりしたよ。ありがとうな」
「そう言ってもらえると助かります」
するとリーエは話し出す。
「ヒサメさん、私には家族がいます。バルコもいます。領主の娘ですので、表立っての誹謗中傷はなく、生活に苦労したこともありません。そんな私も昔に親友をなくしています。ティアラという女の子で、私の命を自分の命と引き換えに守ってくれました。親友であり、恩人でもあります」
リーエは自分の胸に手を置いた。
「リーエ…」
「だから、ヒサメさんの大切な人を失った悲しみと無力感は私も理解できます。でも、あの子からもらった命です。大切にしなくちゃ怒られてしまいます。悲しんでばかりだと怒られてしまいます。ティアラも悲しんでほしくて私を助けたのではないはずです。例え、ティアラの分まで生きることが無理でも、私の分くらいしっかり生きなくちゃ、あの娘に怒られてしまいますから」
そのことを打ち明けたリーエの瞳には涙が浮かんでいた。俺はそれがたまらなく眩しく見えた。
リーエは強いな。俺は前世で親父が死んだ後、ずっとふさぎ込んでしまった。前を向けなかった。あろうことか自分の人生の不幸を親父の責任にして、逃げてしまった。それなのにリーエは前世の俺よりもずっと若いのに友人の死を自分の力で乗り越えた。
情けないな。1師匠の下で覚悟はしたはずなのにな。
それに父さん、ごめんな。こんな弱い息子で。でも、これからは精一杯生きて見せるから、見ていてくれ。
「ありがとう、リーエ。励ましてくれて。これからは皆を守れるように頑張るよ」
「はい、一緒に頑張りましょう。…ところで、その皆に私も入ってますか?」
「え?」
俺は質問の意図が分からず、つい聞き返してしまった。
「いえ、なんでもないです」
リーエは慌てて質問を取り消す。
「もちろん、入ってるよ。俺の恩人だからね」
リーエの言葉で俺は救われた。だから恩人だ。
「恩人なんて、でもありがとうございます」
俺たちは店を出た。本当に色々な話をした俺たちは少し仲良くなれた気がする。
そのまま街を見て回ろうとした、その時だった。
『ドガーン』
遠くから大きな物音がした。
「な、なんだ」
「行きましょう」
「ダメだ、鴉だったら」
修業の時に見た限りではリーエの戦闘力はそんなに高くない。精々でDランク冒険者程度だ。年の割には決して低くはない、むしろ高いくらいだ。でも、強者相手では不安がある。そして、それは俺も同様だ。
「だからです!私はこの街を治めるイーハルの家の者です!」
「分かった、無理はするなよ」
リーエが一緒だったから行くことをためらったが、そのリーエ自身が先に駆け出してしまったので、仕方なく、ついて行くことになった。
行き交う人に逆行してしばらく走ると、現場である中央広場に着いた。そこは、この時間は冒険者が少ない所だった。
俺は辺りを見渡す。
「少し荒れているが、ほとんどの人が避難できているようだな。ん、誰かいる」
そこには、筋肉質で大柄の男がいた。
「久しぶりだな。もう五年以上も前になるか。なぁ、リーエ嬢」
こいつ、リーエのことを知っているのか?
「はい、そうですね。オディアス=クラワーさん」
そう、返事を返した相手、オディアス=クラワーという男の胸元には鴉の刺青が彫ってあった。




