宮本五十鈴。
学生の頃から誰かにこき使われることには慣れていた。
クラスのヤンキーに「ジュースを買ってこい」と命じられればすぐにリプトンのミルクティーを買ってきたし、女子に「掃除ぜんぶ任せてもいい?」と頼まれたら、二つ返事で了承していた。
雑用において僕の右に出るものはいない、と自負している。
でも、社会はリプトンのミルクティーほど甘いものではなくて、僕は会社をクビになった。
※ ※ ※
「アンタが消えてくれてせいせいするわ。給料泥棒だったものねぇ?」
自分の席に戻ると、早速そんなことを言われた。
緑髪の女性が腕を組んで、僕を嘲笑っている。
胸の膨らみが、腕を組むことにより普段よりもクッキリと浮かび上がっている。
「お疲れ様です。宮本先輩。色々とご迷惑をおかけしました!」
「迷惑? ええ、ホントに迷惑だったわ。迷惑って字を辞書で引いたらアンタの名前が出てくるくらいにね」
ふんっ、と五十鈴さんが笑った。
この人は同い年ではあるが、入社したのが僕より先なので、二年先輩にあたる。
「早速、コーヒーを淹れますね」
「いえ結構よ。無能が淹れたコーヒーなんて飲むとどうなると思う? あたしまで無能になるわ」
五十鈴さんがそう言って、得意げに笑った。
今日は絶好調らしい。
「じゃあ、私にコーヒー淹れてー。眠気覚ましの超絶苦いヤツをおねがい〜」
「了解です!本田先輩」
代わりに雑用をお願いしてきたのは、本田 百香さんだった。
茶色の髪を指先でくるくると巻きながら、指のネイルを確認している。
「できました!超絶苦いヤツです!」
「ありがとぉ〜。さすが、佐藤くんだ〜。うわぁ、にっがーい」
手が伸びてきて、頭をポンと叩かれる。
第一ボタンを開けているせいで近くに寄るとピンクの下着が見えていた。
「ちょっと佐藤! 鼻の下を伸ばしてる暇があったら、資料の確認でもしたらどうなの? 午後から外回りでしょ!」
「そ、そうでした。すいません!」
「ホントに使えない“無能”ねっ。無能と一緒にいたら、無能がうつるわ。あー肩が凝る、肩が凝る」
「いつものやりましょうか……?」
「いちいち口に出さないであたしが首や肩を回したらすぐに察してもらえるかしら? 鈍感すぎ」
OKサインが出たので、五十鈴さんの背後に回って、両手を肩に置いた。
かなり凝っているらしく、念入りに揉んだり叩いたりしていると「んっ」と霞んだ声を出し始めた。
胸元がお皿に落ちたプリンのように揺れている。
「……整体師にでもなったら?」
「考えておきます」
肩から手を離すと、その光景をジーッと二人の女性社員が眺めていた。
一人は先ほどの百香さんで、もう一人はーー。
「あ、また佐藤くんが五十鈴ちゃんにマッサージしてる。イヤなら断ってもいいんだよ……」
現れたのは金髪ショートヘアーの山下依千夏さんだった。
いつものようにお菓子を食べている。
「全然!むしろ僕は宮本先輩のお世話をするのが好きです」
「人を犬みたいな扱いしないでもらえる?」
不機嫌そうな五十鈴さんをよそに、依千夏さんは「あはは……」と頬を掻いた。
「もし困ったのなら労基に相談するんだよ……」
「労基!? 佐藤アンタあたしを労基に売る気なの!?」
「それはやっている人の言い方です。労基には行きませんし、訴えたりもしません」
「奴隷精神がシミついているよねぇ〜佐藤くんは」
なんだかヒドイ言われようである。
「……そういえば佐藤くん。さっき社長に呼び出されてたけど、大丈夫だったの?」
「ああ、こいつクビになりましたよ」
「ええっ!? 佐藤くんそれ……ホント??」
「……本当です。今月末で退職することになりました」
「そうなんだ……。寂しくなるね」
子犬みたいに目を潤ませながら、依千夏さんが低姿勢で近づいてきて、僕の手を握った。
膝のあたりに胸を押し付けられている気がする。
「じゃあ佐藤くん、付き合って……?」
「ふぇ……?」