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5 嬉しい借り物競走

 それからリレー大会当日までの二週間、私たちは毎昼休み応援の練習に明け暮れた。

 三年生たちは受験のため、秋の体育祭でグループ行事を引退する。それまでの限られた期間を目一杯楽しもうと、それはそれは気合いが入っているのだ。

 

 昼休み、教室にやって来た三年生に指導されながら、長い長い口上を大声で叫ぶ。しかもずっとジャンプしながらだ。そういう伝統なんだって。

 お弁当を急いで食べた後の応援練習は、けっこうキツい。食べたものが口から出てきちゃいそう。でも他のクラスからも練習の声が聞こえてくるから負けていられない。


「うちのクラス頑張ってるねえ、奈津」


「うんうん。みんなよく声出してる。ねえ有紗、中学の時はさあ、こういう練習を真面目にやるんが恥ずかしくてサボったりしがちやったけど、高校はそんなことないんやね」


「一生懸命やる方がサボるより楽しいって気づいたからやない? 先輩ら見てるとそう思うよね」


 そう、先輩たちは皆キラキラして一生懸命に楽しんでいる。テーマを考え、口上や振付を考え、衣装製作、予算配分、後輩の指導、それらを全て自分たちでこなしているのだ。

 大学受験が始まるまでの限られた期間だからサボっている暇なんて無い。若いうちは楽しんだもん勝ちなんだ。


「楽しいリレー大会にしようねえ」


 私たちはハイタッチしてケラケラと笑い合った。




「Tシャツ、出来たよ〜」


 大会二日前に届いたTシャツを尾崎くんが運びこみ、私がサイズを確認しながらみんなに配った。色はブルー、前面は担任の似顔絵、背面はクラスみんなの下の名前を座席の並び順に描いた。山岸くんの名前『奏多(かなた)』と私の名前『有紗』が並んでる。ただそれだけなのに嬉しい。


「山岸くん、本番頑張ろね」


 お揃いのTシャツを着て一緒に応援出来るのが嬉しくて、私はニコニコ笑いながら話しかけた。


「和辻さん、めっちゃ楽しみにしとんやね」


「そうよ、だって最初の行事やもん。山岸くんはどうなん?」


「うん、まあ。楽しみ、かな。どんなもんかなぁってのはある」


「選抜リレー、全員で応援するからね。声が枯れるまで叫ぶから」


「ふっ、よろしく」


 やけにテンション高い私に呆れただろうか? でも顔は優しく微笑んでくれている気がする。ああ、その顔を写真に撮って保存しておきたい。


(当日の目標……クラスみんなで写真を撮ること。一緒の写真に映り込む!)


 私は秘かに心に決めた。



  そしてリレー大会当日。抜けるような青い空の下、朝の応援合戦で幕を開けた。

 私たち青雲グループは青いTシャツに身を包み、大声でグループ歌を叫ぶように歌った。紅蓮グループのワカも、赤いTシャツで元気よく歌っているのが見える。


(今日は最高の一日になりそうだなぁ)


 キラキラ輝く空、眩しい陽射し、みんなの笑顔。青春(アオハル)ってこんな日のことなんだろう。


 競技が始まると、選手の応援で大忙しだ。


「俵担ぎ競走、一位は青雲!」


 放送部のアナウンスにうおーっと盛り上がり、メガホンを打ち鳴らして喜び合う。


「有紗〜玉入れ頑張ったよう」


 玉入れが終わり、真衣子と美佳がはしゃぎながら戻って来た。


「見た見た! 二人ともめっちゃ頑張っとった! 偉いよー」


 二人をハグして迎える。


「次は有紗やね。借り物競走頑張って! すぐにこっち来て何がいるか言うんよ? 眼鏡とか帽子とかさ」


「うん、よろしく! 真っ先に走ってくるからね!」


 借り物競走の選手が呼ばれ、私も整列して入場した。私はそんなに瞬足ではないけれど、短距離ならまあまあいけると思う。絶対一位を取ってグループの得点に貢献したい。やる気充分でスタートラインに立った。


 スタートのピストルがパァンと鳴り、借り物が書かれた紙のところまでは一番に着いた。一枚を拾い上げ、走りながら開いて中を見る。


(あっ……どうしよう⁈ これ、どうしたらいい? どう呼びかけたらすぐに反応してもらえるかな)


 私はクラスのみんながいるところへ急いで向かった。全員が私に注目しているのがわかる。そして、その中で急にフォーカスが当たったように、山岸くんの顔が浮かび上がった。こっちを向いていて、目が合っている。私は呼びかける言葉を決めた。


「山岸くん!!」


 彼に向かって右手を伸ばす。応えてくれるだろうか? お願い、応えて欲しい。

 山岸くんが弾かれたように立ち上がり、飛び出して来るのが見えた。


「和辻さん!」


 山岸くんは私の手首を掴んで走り出した。彼のスピードに引っ張られ、私の体も嘘みたいに速く動いていく。前を向いてゴールを見据えて走る彼の横顔をいつまでも見ていたかったけど、あっという間にゴールテープを切っていた。


「青雲が一位です!」


 放送部が実況している。一位の旗を持った係が走ってきて、借り物を書いてある紙を確認した。


「『運動部の男子』で合ってますか?」


「はい。テニス部です」


 係はオッケーという合図を本部席に送り、順位が承認された。クラスのみんなが喜んでるのが見える。


「ありがとう、山岸くん! めっちゃ速かったー! 私まで速く走れた気がするよ」


「和辻さんホントはもっと速いんやない? 充分ついてきてたやん」


「興奮してたからかな〜。アドレナリン出た感じ!」


「名前呼んでくれたからすぐ出てこれたよ。そうじゃなかったら男子同士で『誰が行く?』って牽制し合うロスが生まれとったやろ」


「うん、そう思って山岸くんを指名させてもらったんよ。一位取れて良かった」


 一緒に体育座りで待機している間、ずっと話せるのが嬉しくて私ははしゃいでいた。手首を掴まれた嬉しさもあったし。


 ほんとは、もしかして手を繋いでくれるかな? と一瞬期待したけど、やっぱり手首で良かった。

 だってそんなことになってたら、恥ずかしくて手汗がひどいことになってただろうから。





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