4 Tシャツと消しゴムと恋心
入学から一か月。もうすっかり学校にもクラスにも慣れてきた。
山岸くんは相変わらず朝はイヤホンして突っ伏してるけれど、私は机をコンコンとつついておはよう、って言うことにしている。
最初は目で頷くだけだったけど最近はイヤホンを片方外して「おう」って言ってくれるようになった。そんな変化がなんだか嬉しい。
「おーい学級委員。リレー大会のメンバー決めておけよー」
先生に言われて私と尾崎くんは前に出て話し合いを始めた。
「ええと。みんなにプリントは行き渡りましたかー?」
尾崎くんが呼びかける。プリントには五月のリレー大会で行われる種目名が書かれていた。
「我が校はクラス対抗ではなく各学年を縦割りにして三クラスずつの四グループに分け、グループ単位で戦います。僕ら七組は八、九組と同じ青雲グループでカラーは青。覚えてくださいねー」
リレー大会といいつつ綱引きや玉入れなども行われる。先生いわく、走るのが苦手な子たちのための種目も必要なんだそうだ。
先日のスポーツテストの結果を参考に足の速い人から選手が決まっていき、山岸くんは選抜リレーで走ることになった。選抜リレーは花形種目だから最後に行われる。
(足速いんだ、山岸くん。見るの楽しみだなあ)
私は綱引きにしようと思っていたのだけど借り物競走の選手が足りず、仕方なくそれに出ることになった。
「じゃあこれでみんな出場種目決まったので、当日はみんな頑張ろう!」
尾崎くんの気合い入れで話し合いは終了した。
「奈津、選抜リレーさすがやねえ」
「ありがと有紗。頑張ろうわい」
奈津は足が速いので選抜リレー、美佳と真衣子は玉入れだった。
「うちらは気楽やわ〜。奈津はリレー頑張ってね〜」
「応援合戦もあるから、これから昼休みは毎日先輩らが教室来て練習するらしいよ」
うちの学校は応援合戦が盛んで、行事の度に華やかな応援演技を競い合う。メインとなる三年生が綺麗な衣装を着て踊りを披露する後ろで、下級生たちはひたすら大声を上げて盛り上げるのだ。
私たちはとても張り切っていた。だって、こういう行事に憧れを抱いてこの学校にやってきたのだから。いよいよ始まると思うと心の底からワクワクする。
行事のたびにお揃いのクラスTシャツを作るのが慣習らしいので、希望者を募るために私は教室後方の掲示板にプリントを貼っていた。
その時、私の後ろを通り過ぎようとする山岸くんの低い声が聞こえた。彼のイケボはすぐに分かる。どうやら坂口くんと一緒みたいだ。私は振り向いて話しかけてみた。
「ねえねえ、二人ともクラスTシャツ申し込むよね?」
そう言うと坂口くんがほんわかした声で応えてくれた。
「和辻さん張り切っとるねえ、さすが委員長やあ」
坂口くんは茶色い髪にタレ目が可愛い、いつもニコニコして優しそうな人だ。彼が隣にいることで山岸くんの怖い顔が中和されて和らいで見える気がする。
「せっかくやし、みんなでお揃いの着ようよ」
「そうやね、和辻さんがそう言うんなら買おっかな〜。なあ、山岸?」
山岸くんは肩に手を掛けて絡んでくる坂口くんを鬱陶しそうにあしらいながら、「いいよ。俺と坂口の名前、書いといて」と言った。
「ありがとー。まずは二人ゲット!」
それをきっかけに他の人からも注文が入り、結局全員が購入することになった。
「ありがとう、山岸くんたちのおかげだよ」
席に戻った時にお礼を言った。
「別に、俺らなんもしてないよ」
「ああいうのって、誰かが先陣きって申し込んでくれんと始まらんやん? だからめっちゃ助かったんよ」
「まあ、役に立ったんなら良かった」
山岸くんは微笑んでくれた。笑顔! やっぱり可愛い。怖い真顔とのギャップがすごい。
チャイムが鳴り授業が始まると先生が小テストをすると言い始めた。
「教科書はしまってー。筆記用具だけなー」
いきなりテストなんて!としぶしぶペンケースを開きシャーペンを出していると、まずいことに気がついた。
(やば。やっちゃった)
どうやら消しゴムを忘れたらしい。あちこち探したが見当たらない。アタフタしていると山岸くんが声を掛けてくれた。
「和辻さん。どしたん」
「あ、消しゴム忘れたみたい。間違えたらやばいわあ」
恥ずかしいのを誤魔化すためにへらっと笑って見せた。すると山岸くんは自分の消しゴムのカバーを外して真ん中に爪で傷を入れてからグッと曲げて二つに割り、「はい。これ使たらええ」と差し出してくれた。
「え! ええの? 新しい消しゴムやのに」
私は申し訳ないのと嬉しいのがごちゃ混ぜになりながら手に載せてもらう。
「うん。もうあげるけん返さんでいいから」
「ありがとう! 今度お礼するね!」
「ええよ、割った消しゴムの礼なんて」
山岸くんは苦笑いしながらテスト用紙に視線を落とした。
(優しいな、山岸くん……)
半分に割れた白い、ありふれた消しゴム。私はそれをじっと眺め、とてもほんわかした気持ちになった。使わずに大切に取っておきたいぐらい。
その時の私は、きっともう、山岸くんを好きになっていたんだと思う。