番外編 坂口と古い喫茶店
あっという間に最後の総体が終わった。テニス部は団体で県三位。個人戦シングルスは早々に負けてしまったが、山岸とのダブルスで優勝することができた。
(まあまあ、かな)
三年生になっても山岸は相変わらず和辻さんと仲良しで、部活を引退してからは毎日二人一緒に帰っている。
和辻さんは東京にある大学の歯学部を目指しているんだとか。山岸は神奈川の国立大の建築科志望。つまり二人とも関東に行く。
「すごいねぇ、いっそ同棲したらいいんやないの?」
そう提案したのだが、まず和辻さんが東京在住のおばあさん宅に住むのが決まっているので同棲は無理らしい。山岸もなるべく安く生活するために県人会の寮(安いけどめっちゃ古くて狭くて女人禁制)を希望しているというし、甘い大学生活とはならないようだ。
まあそれでもデートはたくさんできるだろう。都会ならデートスポットはいくらでもある。こっちじゃ、遊ぶところなんて片手で数えるくらいしかないんだから。
俺は……実はまだ何をやるべきか決まっていない。とりあえず、東京か大阪、京都あたりの大学に行ってそれから考えようと思っている。
放課後、後輩がテニスコートで練習するのを図書館から眺めてみた。暑い中、元気いっぱいに動き回っている。
(若いのう……あんなしんどい事、俺らよくやってたなあ)
ここからはコートがよく見渡せる。和辻さんもここに座っていつも山岸を見ていた。
もしも、俺が先に和辻さんに告白していたらどうなっていたかな?
そんなことを考えたこともあったけど、『たら話』は考えるだけで無駄だ。
だって、俺が和辻さんを好きになった時には既に、和辻さんの心は山岸に向いていたんだから。そんなことだけはすぐに察してしまう、俺の悲しいところ。
(――勉強する気にならないな。今日はもう帰るか)
学校を出て、自転車を押しながらアーケードのある商店街へ向かって歩く。ここの駐輪場は無料なので自転車を止め、前から気になっていた喫茶店に入ってみた。カフェではない。いわゆる昔ながらの喫茶店だ。外装も看板も古くて趣がある。きっと、店内はクラシックなんぞが流れているに違いない。
中に入ると、客は数人だった。奥の席で新聞を読むご老人、窓際でクリームソーダを飲むご婦人。そして流れる音楽はジャズだった。うん、いい感じだ。
「いらっしゃいませ」
茶髪の店員が声を出した。古めかしいこの店には不似合いな、若く可愛らしい子だった。高校生のバイトだろうか。
「何名様ですか?」
店員の声にふと記憶が呼び覚まされた。この声は聞いたことがある。確か「奏多ぁ!」って叫んでたあの声。
「一人です」
「お一人様ですね。こちらへどうぞ」
席に案内される間にじっくり観察してみる。背の高さ、髪の色、顔の感じ。間違いない。
(だいぶ大人っぽくなったな)
「ご注文がお決まりになりましたらお呼び下さい」
「じゃあアイスのカフェオレを」
アイスのカフェオレですね、と復唱し、カウンター内のマスターに告げに行った。
あれから山岸の口から彼女の話が出たことはない。名前は、確か凛々花といったか。山岸のことを好きだったくせに、片想いを拗らせて攻撃的な態度しか取れなかった残念な幼馴染だ。
「お待たせしました」
じっと顔を見る俺を不審な奴だと思っているのだろう、カフェオレと伝票を置くとそそくさとマスターの所に戻って行った。
入学式の日、俺は和辻さんに興味を惹かれた。凛とした佇まいの彼女はお調子者の俺がなかなか声を掛けられない、そんな雰囲気を纏っていた。
学級委員になった和辻さんはとても真面目ででも気さくで、思った通り魅力的な人だった。俺が彼女を好きだと自覚するのにそう時間はかからなかった。
だけど、ある時気がついた。彼女の目は明らかに山岸を追っている。教室で、図書館で、さまざまな行事で。いつだって切ないくらいに山岸を見ていたんだ。
だったら俺のやるべきことは一つ。彼女の想いを叶えること。
山岸だって和辻さんが気になってるくせになかなか行動しないもんだから、あれこれ背中を押してやった。そうする度に、俺も和辻さんと話すことができる、それが楽しみでもあった。
そして二人が付き合うことになった時、俺は嬉しかった。嘘じゃない。和辻さんの相手が山岸なら任せられる。本当に嬉しかったんだ。
だけど……文化祭の時だけ、少しヤバかった。勢いで告白してしまいそうだったから。必死で隠し通したけど。
あの時二人で撮った写真は隠しフォルダに入れて大切にしまってある。これをいつか、捨てることができる日は来るんだろうか。
俺は、山岸が好きだ。一生、友達でいられる奴だと思ってる。大好きな山岸と大好きな和辻さんがカップルになったんだ。邪魔をしたくないし絶対に気取られてはいけない。
だけど告白すらしなかったこの想いはくすぶり続けて、何かの拍子にまた燃え上がってしまうんだ。
山岸を手に入れられなかったあの子は、山岸への想いを消すことが出来たんだろうか? それが知りたいと思った。
この店はどうやら客が少ない。常連らしき年配の人がポツリポツリ、やってくる程度でまったく忙しそうにない。
客のいない時間は、彼女はカウンターに座ってノートを広げ勉強をしているようだ。
(取り巻きもいなくなったらしいし、あれからは真面目にやっているんだろうか)
俺は鞄から参考書を取り出し、勉強してみることにした。実はここ最近勉強に身が入らず、自分でも困っていたのだが、彼女を見ているとやる気が出てきた。久しぶりにやるか。
俺は集中すると周りが見えなくなる性質だ。いつの間にか一時間くらい経っていた。
「お冷のお代わりはいかがですか?」
彼女に声を掛けられてハッと気がつく。
「あ、すいません。……ホットのカフェオレ下さい」
はい、と返事してカウンターに戻り、またノートを広げる。あの子は何を目指して勉強しているんだろうか。
俺はなんだか興味を惹かれてこの喫茶店に通ってみることにした。常連になれば、少しずつ話も出来るようになるだろう。
「ありがとうございました」
二時間ほど過ごした後、喫茶店を後にした。彼女の声に見送られながら、久しぶりに楽しい気分になっていることに気付いていた。
(この勢いで受験も頑張るかぁ)
彼女とどうこうなる気は全くないが、いずれ友達くらいにはなれるだろう。俺はペダルを漕ぐ足に自然と力を入れた。




