33 奏多 Side 4
今日は最高の一日だった。坂口とのコンビネーションは抜群だったし、有紗の弁当は見た目も味も素晴らしくて、気分がめっちゃ上がった。
明日は絶対にベスト4に入りたい。そうすれば県大会に進むことができる。
(有紗、明日も作ってきてくれるって言ってたな……すげぇ楽しみ)
早く帰って身体を休めよう、と家の前に着いた時、誰かが立っているのが見えた。
(……凛々花だ)
途端に憂鬱な気分になる。また何か絡んでこようとしてるのだろうか。
凛々花はなぜか氷で頬を冷やしていた。そして「おかえり」と言う。
(何か構って欲しそうやけど……冗談じゃない)
軽く返事をして自転車を門の中に入れ、玄関に入ろうとした俺の腕を凛々花が止める。
「? なんだよ」
「これさ。タツローの兄貴に殴られた」
氷を外すと、確かに赤くなっている。だが腫れているというほどでもない。
「何があったか知らんけど、大丈夫か」
タツローといえば凛々花の舎弟みたいな奴だ。確か二つ上の兄がいたように記憶している。
「これ以上弟を巻き込むなってさ、女を殴るなんてサイテー。アホ高校とはいえせっかく入ったんだから問題を起こさせるな、とか言って。過保護やん。バカみたいよね」
正直、何が言いたいのかさっぱりわからない。タツローの兄の話が俺と何の関係があるんだ。
「俺明日早いから」
背を向けた俺の腕を取り、凛々花は尚も引き留める。
「ねえ。何であたしじゃだめなの」
「は?」
「別にあたしだっていいやん。あたしとは付き合わんって言ったくせに、何で彼女はいいわけ」
凛々花の顔は真剣だ。俺ははっきり言おうと決めた。
「凛々花。俺はお前を見るたびに中学の嫌な記憶を思い出す。だからお前と付き合うなんて絶対にない」
「だって奏多、あたしのこと好きやったやん。小学校の時、あたしのこと好きって言ったよ!」
「……確かに、チビで冴えない小学生の俺にとって女王様みたいなお前は眩しい存在やった。でもそんな気持ちとっくに消えてる」
「あの時……合格発表の日に自分の気持ちを素直に言えてたら、付き合ってくれてた……?」
凛々花は唇を噛み締めているが、俺は首を横に振った。
「俺もガキだったからな。あの時そんなこと言われても、俺のほうが素直に受け取れなかったと思う」
凛々花が俯いた。
「凛々花、俺は彼女のことが一番大事だ。だからこれ以上、俺にも彼女にも絡んでこないでくれ。須藤にもそう言っといて欲しい」
「……全然、あたしのほうが可愛いし」
そう呟いて顔を上げた凛々花。目に涙を溜め、泣いているのに半分怒ったような笑みを貼り付けていた。
「彼女ねえ、年上の男が好きなんやない? タツローの兄貴の車に喜んで乗ってきたし」
「は?」
「タツローはさ、あたしの言うことなら何でも聞くから。好きでもない女を部屋に連れ込んで襲うくらいのこと、やってくれるわ」
「お前……! 有紗に何をした」
俺は思わず凛々花の胸ぐらを掴んでいた。苦しそうにしながらニヤリと笑う凛々花。
「さあね……ムカつくなら殴れば? 明日の試合は出場停止になるだろうけどね」
俺を挑発してきている。なら、俺はそれに乗るようなことはしない。
「いや。お前なんか殴る価値もない。もう二度と俺の前に顔を見せるな」
凛々花の服を掴んでいた手を離し、俺は自転車に飛び乗った。そしてスマホを取り出し有紗に電話を掛ける。
(頼む……有紗、無事でいてくれ!)
こんなに時間が長く感じたことはなかった。だが実際には3コールくらいだったろう。
「奏多? もう帰ったの? 今日はお疲れ様!」
元気な声だ。いつもの明るい有紗の声。
「有紗、良かった……」
「どうしたの、奏多? 様子がおかしいけど」
「有紗、会いたいんだ。今からそっちへ行く」
「え! 今から?」
「会えないなら窓から顔を見るだけでいいから……下に着いたらまた連絡する」
「うん、わかった。待ってるね」
有紗の顔が見たい。俺は少しでも早く行こうとペダルを漕ぐ足に力を入れた。




