32 凛々花と須藤
この運動公園は山の中にある。だから、バスが通る道は一本しかないし、人は滅多に通らない。公園に来る人・帰る人が車で通るくらいだ。
振り向くと、凛々花さんと須藤さんが立っていた。それと見知らぬ男が二人。一人はワンボックスカーの運転席に座り、もう一人は凛々花さんの後ろにいる。
「はい……なにか用事でも?」
凛々花さんは私と違って小さくて華奢で、それでいて意志の強い目には怒りの強さが表れていた。思わず綺麗だと見惚れてしまうほどに。
「あのさ。あんた、奏多と別れてよ」
「嫌です」
顔に似合わず乱暴な口調に驚きながらも間髪入れず断った私に、凛々花さんは舌打ちをした。
「あんた目障りなんよ。奏多のことはずっと前から私が好きやったんやから」
(何なの、いきなり。そんなこと言われてはいわかりました、なんて言うはずないじゃない)
「だってあなた、奏多のことみんなに無視させたりしてたんだよね。本当に奏多のこと好きなん? 好きならそんなことするわけない」
彼女は一瞬だけ、何で知ってるの? という顔をしていた。そして私が奏多から聞いたことに気づいたんだろう。
「それはあいつが素直じゃないから! あいつだって私のこと好きなはずやのに」
「あなた、中学時代の奏多を傷つけたんだよ? 自分を傷つけた相手を好きになる人なんておらんよ」
「うるさい! いいわ、もう、タツロー。この女ちょっと痛い思いさせてやる。連れてって」
「車に乗せればええんか? わかった」
「ちょっと……何する気?」
凛々花さんが後部座席のスライドドアを開け、タツローと呼ばれた男はニヤニヤしながら私に向かってきた。
「悪いけど、凛々花がそう言ってるからさぁ」
(この人たち、私を車に押し込む気だ)
「ちょっとやめなよ、凛々花」
「黙ってて亜香里。あんたが役立たずだからこんなことになってんだから」
タツローが私の腕に手を伸ばしてくる。
私は息を素早く吸ってお腹に力を入れると、片手を相手の肘に掛け、押さえこむようにしてバランスを崩させた。そしてもう片方の手を首の後ろに回し、そのまま捻り落として頭を下げさせ、みぞおちに膝蹴りを思いっきり入れてやった。
「ぐほっ」
「タツロー!」
咳き込むタツローを見て運転席の男が車から出てきた。
「てめぇ、俺の弟に何しやがる」
こっちの男は身体が大きい。まずい、どうしよう。そう思った時、後ろから須藤さんに手を取られた。
(しまった……!)
しかし須藤さんは「走って!」と言い、私を引っ張って前方に走り出した。
「バスが後ろから来てる! あれに乗って逃げよう!」
振り向くと、私が乗る予定だったバス。バス停はあと少しだ。
「待てこのやろう!」
男が追って来ようとしたけれど、バスが到着するのを見て諦めたようだ。目撃されたら通報されてしまうのだから。
プシュー、とバスのドアが開く。私は須藤さんと一緒にバスの中に乗り込んだ。
「良かった……」
須藤さんが涙を流しながら震えている。バスの後ろから外を見ると、凛々花さんが恐ろしい顔でこちらを睨んでいた。
「ごめんなさい……ごめんなさい、和辻さん……こんなことまで、やると思ってなかった」
「須藤さん、ちょっと落ち着いて。あなたが泣いてたら何もわからんよ。泣きたいくらい怖かったのは私のほうなんだよ」
しゃくり上げながらも何とか泣くのをやめた須藤さんは、もう一度頭を下げた。
「ごめんなさい。これまでのこと、全部話す」
「……凛々花は、ずっと女王様やった。だから、今でもみんなが言うことを聞くと思ってる」
「でも私は本当は嫌で……あの子と離れたくて。隠れて必死で勉強した。それで、やっと憧れの高校に入れたんよ。凛々花の成績じゃ絶対に入れない学校。これで縁が切れる。そう思っとった」
「だけど、凛々花は私を逃がしてはくれんかった。山岸のことを口実にして毎日連絡してきて、山岸が高校でモテないように悪い噂を入学直後から流せって言われて」
「……なんで、断らんかったん? 離れたかったならチャンスやったやん」
「あの子には逆らえんのよ。昔から。それに、一緒になって悪いことした時もあったから、それを高校にバラすって……」
「だから、この間も奏多の嘘の噂をばら撒いたん? 凛々花さんに命令されて」
こくん、と頷く。
「でもそのせいで私はクラスでも微妙な立ち位置になってしもた。嘘つきやと思われて。せっかく頑張って入った学校やのに、凛々花のせいで毎日辛い……」
「だめだよ。本当に辛いのは噂を流された側やん。あなたが辛いなんていうのは違う」
「あ……ごめん……」
「だからさ。今が本当のラストチャンスやない? 凛々花さんとの縁は断ち切って、悪い噂を流したことを奏多や周りの人に謝ってさ。きっと、ちゃんと謝ることができる人にはみんな真摯に対応してくれるはずよ。うちの学校、素敵な人ばかりやもん」
「うん……うん……」
須藤さんも本当はわかってるんだろう。
「それにしても、凛々花さんていつから奏多のこと好きだったん」
「私もわからんのよ……小学校の時はチビチビってバカにしてたし、中学でもほぼ無関心やった。山岸の『顔直してこい』の一件があった後、急に『山岸ムカつく。私らも無視しよや』って言い出して、そしたら凛々花の取り巻きが調子に乗り始めて……。それやのに高校に入って急に、『山岸と付き合いたいから協力して』って。凄いびっくりした」
凛々花さんはずっと奏多のことが好きだったのかもしれない。でもバカにしていた奏多を好きなことを周りに知られるのが恥ずかしくて言えなかった。
そしたら急に奏多がかっこよくなってきて、彼氏にしても自慢できそうだから付き合おうとして、断られた。それが癪にさわって無視させるようになったってとこだろうか。
「私を車に押し込んでどうするつもりだったんやろ……」
「わからない。そんな予定、全然なかった。今日は山岸の試合を見たいからってタツローが兄貴に頼んで車を出してもらっただけなんやけど……タツローはね、昔から凛々花が大好きで、常に言うことを聞く奴なんよ」
「また来ると思う?」
「来るかも。和辻さん、こんなこと言えた義理じゃないんやけど、明日はここに来ない方がいいと思う」
「ううん。行くよ。明日は大事なベスト8の戦いやもん。だから親に送り迎えしてもらう。犯罪には巻き込まれたくないから」
須藤さんは犯罪と言う言葉を聞いて身震いした。
「私、山岸にも今日、打ち明けて謝っておく」
「それはやめて! 明日は大事な試合なんやから。未遂に終わったし心配させたくない。試合が終わったら私から言うから」
「わかった……月曜日に学校で謝るよ」
バスが終点の中央駅に着いた。バスを降りると須藤さんは「私は別の路線に乗り換えだから」と言った。
「ごめんね、和辻さん。ありがとう」
もう一度頭を下げてから彼女はバス停へ向かって行った。
(やだな……今頃になって手が震えてる)
一人でいるのはなんだか怖い。私は改札に急いだ。




