30 初めてのデート
思った通り、噂はすぐに下火になった。
この半年の間に培った奏多の信頼は作り話なんかじゃ揺らがなかったということ。それに、みんなが協力して否定してくれたおかげで、むしろ須藤さんのほうが周りから距離を置かれる状況になったようだ。
私と奏多の仲もとっても順調だ。
火曜と金曜はテニス部の練習を眺めながら図書館で勉強し、終わるころに校門の手前にある大きな木の下で奏多を待っていると後ろから声を掛けられる。
「ごめ~ん。待ったぁ?」
「ううん、今来たところよ」
そこまで言って、我慢できずに吹き出してしまった。だって、声を掛けてきたのが坂口くんだってわかってるから。
「まったく、どこまでもついて来るな、お前は」
「だいじょぶ~、ちゃんとここでお別れですよ~」
坂口くんはおどけた顔をすると自転車にさっとまたがり、「じゃあね~」と言って帰っていった。
「……じゃあ、帰ろっか」
「うん」
奏多は自転車を押しながら、私はその隣を並んでゆっくり歩く。もう夕方で暗くなりかけてるのをいいことに、私たちは手を繋いでいる。
「片手で自転車押すの、しんどくない?」
「しんどい」
「じゃ、じゃあ離そうか」
「でも手を繋いでるほうがいい」
奏多が私にクールな笑みを見せる。そんな顔見せられたら、何も反論なんてできない。
路面電車が目の前をゆっくりカーブしていく。ガタンゴトン、昔から変わらない古い車両の音。
「俺と帰らない日はこの電車に乗ってるんよな」
「そう。10分くらい乗ったら中央駅に着くから、そこから郊外電車に乗り換えてるんよ。自転車通学は危ないって親が止めたんだよね」
「もしかして有紗ってお嬢様?」
「え? なんでなんで」
「いや、習い事もいっぱいしてたって言ってたし、雰囲気もおっとりしてるし」
「いや、全然そんなことないよ! 普通の家やし」
「中学には有紗みたいなタイプの子がいなかったから、なんか新鮮」
「そ、ソウデスカ……」
褒められてるのかどうかわからないけれど、前に話したことを覚えてくれてる。それがすごく嬉しい。
私たちは20分かけて中央駅まで歩いて行き、改札で見送ってもらって別れる。この時間がたまらなく好き。
それから時は過ぎ、ついに初デートの日がやってきた。
奏多は午前中の練習が終わってからいったん家に帰って着替えてくるという。
「汗が臭過ぎて長時間横にいられない」んだそうだ。そのくらい、気にしないのに。
とはいえ、私も初めてのデートに何を着て行こうかと頭を悩ませていた。とりあえず映画を観に行くことになったので、皴にならない服で、温度調節もしやすいもの。
(あー、なんかちょうどいい服がない! しかも9月の終わりだからあまり夏っぽいのもだめだし……)
結局、母に打ち明けて可愛いワンピを買ってもらい、元から持っていたショート丈のジャケットを合わせることにした。
「頑張りすぎてないかな?」
「大丈夫よ~ちゃんと高校生らしい恰好だと思うわよ。楽しんでらっしゃいね♪」
母は私に彼氏ができたことがすごく嬉しいみたいだ。満面の笑みで送り出してくれた。
待ち合わせは中央駅。そこから歩いて映画館まで行く予定。私の乗った電車が着く時間は知らせてあるから、きっと奏多はもう来てるはず。
改札を抜けて辺りを見回していると、後ろからイケボが囁いた。
「お姉さんお一人ですか?」
「ええ、一人ですけど」
「じゃあ僕と映画に行きませんか」
「喜んで!」
今日の奏は私服! 制服とテニスウェア以外の服装を初めて見る。……だめだ、好みにドンピシャで見ていられない。きれいめのカジュアルっていうのかな。白Tにベージュのオープンカラーシャツを重ね、黒のパンツを合わせてる。足元は黒のスニーカー。
「奏多、かっこいい……」
「え、ちょっと待って有紗、恥ずかしいんだけど……」
奏多が顔を赤くして手で鼻をこする。そして小さい声でつぶやいた。
「有紗こそ、めっちゃ可愛い……大人っぽくて最初わからなかった」
えへへ、と見つめ合った私たち。それから手を繋いで映画館へ向かった。
「めっちゃ面白かったね!」
映画が終わると興奮した私は喋りっぱなしだった。今回観たのは長く続くアクション映画の最新作。もちろん私は今までのも全部観てる。
「どの映画にするか相談した時有紗、これを一番に推してたもんな。てっきり恋愛映画を観たがると思てたんやけど」
「ドキドキハラハラが大好きなんよね~。あー、面白かった!」
映画館を出てからどこへ行こうか、と言うと奏多は行きたいところがある、と言った。
「えー、どこどこ?」
「男子同士じゃ行きにくいとこ。クレープ屋なんだけど」
そういえばこの近くに人気のクレープ屋さんがある。いつも行列が絶えない店らしくて、私もまだ行ったことはない。男子だったらなおさら行きにくいだろう。
「奏多、甘いもの好きなんだ?」
「辛いのも好きやけど、甘いのも普通に好き。クレープにはめっちゃ興味ある」
「じゃあ行こ! 二人でいたら待ってる間も楽しいしね!」
クレープ屋に到着すると、やっぱり長い列が。でも全然苦にならない。
30分ほど並んで私たちの番がきた。私はマンゴーフロマージュクレープ、奏多はエスプレッソコーヒーゼリークレープを注文。
待つこと数分、私たちのクレープが出来上がった。
「うわあ……」
私のクレープはフレッシュマンゴーの角切りとレアチーズがたっぷり巻かれ、牛乳ジェラートがちょこんと載せられている。一番上にはサクサクのクッキー。さすが、洋菓子屋が始めたクレープ屋だけのことはある。
「これもすげえ」
奏多のはクラッシュコーヒーゼリーとフレッシュ生クリームが巻かれ、上に載っているのはチョコクッキーと抹茶ジェラートだ。
広い店内のイートインスペースに座り、美味しいクレープを夢中で食べた。
「皮がもちもちで美味しい。やっぱ人気なのわかるね」
「そうやな。甘すぎなくて美味い」
先に食べ終わった奏多は私がまだ食べているのをニコニコして見ている。かなり恥ずかしい。
不意に奏多の手が伸びてきて、私の唇の横に触れた。
「ん?」
「クリーム。ついてる」
「や、カッコ悪い! 恥ずい〜」
慌ててハンカチで拭く私を楽しげに見ている奏多。
「有紗、口小っちぇえ」
実は身長が高い割に(?)口が小さい私。大きく口を開けてもなかなか食べ物が入りきらない。母も同じだから完全に遺伝だ。だけど、今まで人から指摘されたことはなかったんだけど……。
(それだけ、よく見てくれてるってことでいいよね?)
「あっ!」
「どした?」
「せっかくの初デートの初クレープ、記念に写真に撮っとけばよかったなあって」
「なんだ、そんなこと。またくればええやん」
奏多が頬杖をついて私の顔を覗き込みながら言う。神様からのご褒美みたいなその綺麗な顔に、私の心臓は止まりそうだ。
「幸せ……」
思わず天を仰ぐ私。まさに人生の最高潮って感じ。
それからはあちこちのショップをひやかしながら見て回って、帰る時間になった。中央駅でお別れだと思っていると、奏多が切符を買ってきた。
「家まで送る」
「え! だって反対方向やし、電車代だってもったいないし」
「心配やん。それに、彼女を送るのは彼氏の特権やろ?」
その言葉に、顔じゅうの筋肉が緩んでしまった。すると奏多は「ヘンな顔しとるぞ」って軽くデコピンしてきた。全然痛くないし、痛かったとしても嬉しい。
電車に一緒に乗り中央駅から私の最寄り駅までの15分間、二人でドアのところに立って暗くなった景色を眺めていた。
(このままずっと一緒にいられたらいいのに……)
奏多と過ごす遠い未来まで、私はその時初めて思い描いた。




