2 初めてのお喋りはイケボと共に
それから半月が過ぎた。
ワカは吹奏楽部に入部。中学でやっていたというのもあるし、入学式の立派な演奏を聞いてさらに決意を固めたということらしい。
奈津はテニス部に入り早速練習を始めている。日焼け止めが大量にいるんだ、と文句を言いながら。
私は、塾に通うので部活には入らない。塾のない日の放課後は図書館で勉強をして、ワカの部活が終わるのを待って一緒に帰るのがお決まりになった。
図書館は教室とは別棟の二階にあり、ちょうどテニスコートを見下ろす場所にある。奈津がボール拾いに精を出しているのが見えた。声出しも一生懸命やっている。
(一年生はやっぱりボール拾いから始まるんだなあ)
そんな事を考えながら眺めていると、男子のテニス部も走り込みから戻って練習を始めた。その中に同じクラスの坂口くん、それと山岸くんがいた。
(あれ、あの二人はもうコートでボール打ってるみたい)
男子部は部員が少ないからなのか、新入生も含めて全員がコートに入って練習していた。
(へえ、ホントに山岸くん上手いんだ。先輩よりも上手いかも……)
教室では隣同士なのにほとんど話さない山岸くん。明日こそ、話してみようかな。
次の日、登校すると山岸くんは相変わらずイヤホンをして机に突っ伏していた。
(うーん、やっぱり話しかけにくいな。完全に拒否のオーラ出してるもん)
ところが今日は、先生が教室に入って来てもまだそのまんまだ。
(あれ? もしかして、寝ちゃってる?)
「起立」
委員長の尾崎くんの号令がかかる。私は急いで山岸くんの肩をポンポンと叩いて起こした。すると山岸くんはバチっと音がしたかと思うくらい勢いよく目を開けた。
彼はとても目が印象的な人で、大きいのに切長でキツい感じ。眉毛もグッと山型で、真顔だと怒ってるように見える。その目力で私をギロッと見てきたので、正直震え上がった。
「あ、あのね、先生来てるよ……」
一瞬で状況を理解したのか山岸くんは無言でサッと立ち上がると号令に合わせて礼をし、何もなかったように着席。間に合ったとホッとしている私に、山岸くんはペコリと頭を下げてくれた。
(んん……? 本当に性格悪いのかなあ? 喋らないけどちゃんと感謝の意は伝えてくれたし、普通の人のような……)
それから、私は山岸くんを観察するようになった。女子とは話さないけど男子、特にテニス部の坂口くんとはよく話している。数学の授業はちゃんと聞いてるけれど国語の時はあくびばっかり。授業が終わると真っ先に教室を出て部活に急ぐ。
(いい人っぽいんだけどなあ。チャンスがあれば話してみたいな)
そう思っていたら、案外すぐにその機会はやって来た。
「どうした? 山岸。資料集忘れたのか?」
ある日の地理の授業で、彼は資料集を忘れてしまったのだ。
「忘れたのなら隣の奴に見せてもらえ」
それを聞いた私はすかさず机を左に寄せた。
「山岸くん、見せてあげるよ」
山岸くんは一瞬驚いた顔をしてから無言で机を右に寄せてきた。私が資料集を二人の机の間に置いて広げると、「……ありがとう」ポソっとそう呟くのが聞こえた。
(やった! ありがとうって言ってもらえた!)
嬉しくなって、その勢いで話しかけてみることにした。勢い大事。
「ねえ山岸くん。時々、図書館からテニス部の練習見たりするんやけどね、山岸くん、テニス上手やね」
「別に……そんなことない」
授業中だから小さい声だけど、低く深みのあるバリトンボイスで返事が返ってきた。低い声だと思ってはいたけど、こうして近くで聞くと本当にイケボだ。めっちゃ好みの声! と思いつつ、話を繋ぐ。
「私、小学生の頃テニス習ってたんよ。だから山岸くんのバックハンド、すごく安定してて上手やなぁって思って」
「テニス、習ってたん? どんくらい?」
「六年間ずっと。中学上がった時に辞めちゃったんやけど」
「へえ、勿体ないな。背が高いからリーチもあるし向いてそうやのに」
「習い事の詰め込み過ぎでパンクしちゃってね。もうやだー! って全部辞めてしもた」
「え。そんなに習い事してたん?」
「うん。テニス、スイミング、バレエ、習字、空手、そんで塾。ひどくない?」
山岸くんは「それはむごい」と笑った。笑顔! 真顔だと怖い山岸くんは笑うと意外に可愛かった。
「こらー、そこの二人! 喋るな」
先生がこっちを向いて注意した。本気で怒ってる感じではないけど。
「和辻は委員長だろ? 気をつけろよー」
「はーい」
首をすくめて山岸くんを見ると、背筋を伸ばして前に向き直っていたが、目だけこちらに向けて「すまん」と声を出さずに言った。
(なんだ、やっぱり普通にいい人だ)
私はみんなが知らない宝物を見つけたような気分になって、ニヤケながら授業を聞いていた。