17 櫓作りとウォータークーラー
櫓パート長の挨拶と気合い入れで、体育祭準備は幕を開けた。
私たち櫓パートは、一日中炎天下の運動場で櫓作りに精を出すのだ。
山から切ってきた竹を、長さを合わせて切り、地面に深く掘った穴に挿していく。そして縄で力を入れて縛る、これが重労働。
この櫓は大きなパネル絵を掲げる役目もあるし、雛壇のように段差を作って生徒たちがズラリと並んで応援するという役目もある。育ち盛りの高校生が何百人も乗ってジャンプしても壊れないよう、しっかり作らないといけないのだ。
「先輩によるとさ、この櫓、危ないからやめたらどうかって話も毎年出てるんやって」
竹を切りながら奈津が言う。
「そうなん? でもこれってうちの伝統よね?」
「うん。その度に卒業生たちが声を上げて、続けられるようにしてくれてるみたい。ほら、先生たちの中にも卒業生多いやん」
「ありがたいねー。せっかくの伝統なんやもん、無駄とか危険とかで諦めさせないでほしいよね」
体育祭のためだけに作られる櫓もパネル絵も人形も、受験のためには無駄で不必要だと大人は思うかもしれない。
でも、この凝縮された二週間をどれだけ有意義に過ごすかで、いつか思い出す高校生活が違ってくるはず……なんて、まだ経験してもいないのに思っている私。
「それにしても男子は大変そうだなぁ」
とにかく力仕事が多いので、櫓の男子はずっと頑張っている。Tシャツの袖を捲り上げタンクトップみたいにして縄をぎゅうぎゅう縛っている山岸くんの上腕二頭筋に、私がこっそり見惚れているのは奈津にもバレバレだ。
「まぁ、私も緒方くんに目が釘付けやし〜」
奈津は夏休み中に緒方くんを含めたテニス仲間と一緒に映画に行ったそうだ。
「まだ全然友達の域を超えてないんやけどね。じっくり頑張るわ」
「そうやね。頑張れ、奈津!」
すると突然奈津が私の両肩をガッと掴んで怖い顔を近づけてきた。
「そんなことより有紗はどうなんよ? まだ全然進展しとらんやないの!」
「う、うん、まあ。でもね、さっきもおはようって挨拶したよ」
「それだけじゃだめやって! 二学期になったら席替えなんよ? もう、お隣さんじゃなくなるんよ」
痛いところを突かれた。目下、それが私の悩み。席が離れてしまったら、これまでみたいに話しかけられなくなるかも。
「今のうちに告って、彼女になっとき! 体育祭でさらに目立ってモテ始めるかもしれんやん、山岸が」
ちょうどその時向こうで櫓を組んでいる山岸くんに話しかける女子たちが目に入った。遠いから何を話してるのかはわからない。
「ほら、ね! もう他クラスの女子にも目をつけられてるんやから。『もう少しこのままでいたいの〜』なんて悠長なこと言ってたら、後で泣くよ!」
「……だよね……」
その女子二人は楽しそうに山岸くんと話していて、高い笑い声が聞こえてくる。
(……ホントだよね。山岸くんが誰と話そうと私には止める権利は無いんだ。彼女でもない限り)
なんだか見ていられなくて、立ち上がる。
「奈津、私、もう一本竹取ってくる」
「え? どしたん、急に」
「身体動かしてないとなんか気持ちがざわざわするんやもん」
奈津はやれやれという風に笑って背中を撫でてくれた。
「ん、わかった。ついでに水でも飲んどいでよ」
ありがと、と言ってウォータークーラーに向かう。
その途中で同じ中学だった男子とすれ違う。彼は、小山くんとワカが付き合いだしたことを私に知らせようと思ったらしく、「和辻、知ってる? 小山のこと」と話し掛けてきた。
「知ってるよ〜。だって、私がキューピットやもん」
「え、そうなん? 和辻が引っつけたんか」
「ていうか私はただのキッカケだけどね。頑張ったのはワカ」
そんなことを二言三言話して、笑って、すぐに別れた。
ウォータークーラーには誰もいなかった。体育の後なんかは列ができたりするけど、今日はみんな自分で飲み物を持ってきてるんだろう。
足でキュッとペダルを踏むと冷たい水が飛び出し、弧を描いて下へ流れていく。大昔から置いてある古い機械だけど、まだまだ現役で頑張ってくれていて頼もしい。
口に含むとひんやりとして、少し熱くなった頭がこれで冷静になるかも。
(やっぱり……このままじゃやだな)
もし振られたとしても、きっと山岸くんなら友達として普通に接してくれると思う。だから……
そんなことを考えながらくるりと後ろを向いたら。
「わっ」
「きゃっ」
真後ろに人が立っていて、ぶつかりそうになる。
「ご、ごめんなさい!」
「俺こそごめん、近くに立っとったから」
(え……?)
山岸くんの声だ。俯いていた私はパッと顔を上げた。
「一応さ、和辻さんって声掛けたんやけど聞こえてなかったんかな」
「えっ、そうなん? 全然聞こえてなかった……」
あまりにも考え込んでいたから。山岸くんのイケボを聞き逃すなんて、なんたる失態。
「凄い真剣に水飲んでたね。そんなに喉渇いてたん」
「あ、違うんよ、ちょっとぼーっと考えごとしてて」
「熱中症やない? 大丈夫?」
山岸くんが私の額に手を当てた。それだけで、顔がカーッと熱くなる。
「だ、だ大丈夫。それより山岸くんもお水飲みに来たん?」
「いや、知らん女子に急に話し掛けられて困っててさ……和辻さんがこっち行くの見えたから、それ口実に抜けてきた」
「私を口実にって、どういう?」
「『あ、委員長に聞かないかんことあった!』って……不自然やったかな」
思わず想像してしまう。かなり遠くにいたはずの私を口実にするなんて不自然で……でも嬉しい。
「うん、めっちゃ不自然だよ」
笑いながら言うと、山岸くんも笑顔になった。
「まあ不自然でもいいや。俺、和辻さんと話すのだけが楽しいみたいやし」
「え」
今、何て言ったの? 聞き間違いじゃ、ない?
「あのさ」
山岸くんが言う。
「さっき和辻さんと楽しそうに話してたの、どこのクラスの人?」
「ん? あ、ああ、あの子は3組だったかな。同じ中学だったんよ。ちょっとね、同級生の恋バナをしてた」
「そっか」
しばらく沈黙が流れた。今のは、いったいどういう質問だったんだろ?
「あのさ」
もう一度、山岸くんが私に話し掛ける。
「体育祭の後、キャンプファイヤーあるやろ? あれ、一緒に見ん?」
それを聞いた私は嬉しさに舞い上がりそうになった。
キャンプファイヤーはうちの高校の伝統のひとつ。体育祭が終わったら、パネル絵も人形も大道具も小道具も、全て校庭の真ん中で燃やすのだ。
音楽を流してフォークダンスしたり、告白大会が催されて盛り上がったり。後夜祭として存分に楽しめるらしい。
そして……カップルたちはフォークダンスには加わらず、燃え上がる火を見ながら寄り添って過ごすと聞いた。
その、カップルたちと一緒に? 私と山岸くんが?
嬉しすぎて言葉が出てこない。でもとりあえず返事をしなきゃと、首を何度も縦に振る。
「そんなに振ったら首、取れるよ」
山岸くんが笑いながら言う。
「だって、嬉しいんやもん」
「ほんとに?」
「ほんとよ!」
山岸くんはニッと嬉しそうに笑った。
「ありがとう。楽しみにしてる」
そう言って彼は坂口くんたちのいるほうへ戻って行った。
私は、腰が抜けそうになって、(いや実際抜けたのかも)近くの花壇の縁に座り込んだ。
(山岸くんと、キャンプファイヤー……)
嬉しすぎてどうにかなりそうだ。
体育祭まであと2週間。早くその日が来て欲しい。切実にそう思った。




