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16 眠れぬ夜と心の声

 昨日はあまり眠れなかった。


 あの子はいったい誰なんだろう、もしかして彼女かな? LIMEで山岸くんに聞いてみようか。いやいや、そんなの急に距離感がおかしすぎるでしょ。冷静になれ、私。


 という感じで悶々と考え続け、何の行動も起こすことなく夜を明かしてしまった。


「あら有紗、ひどい顔ねえ。遅くまで起きてたの?」


「う、うん、ちょっとね……」


「今日も体育祭準備なんでしょ? ちゃんと朝ご飯食べて元気出して行きなさいね」


「わかった、ありがと……」


 母に心配されながらも身支度を整え学校へ向かう。いつもなら山岸くんに会えるのを楽しみに通っているのだけれど、今日は少し違う。


(やっぱり、昨日の女の子のこと、スルーするのも変だよね。同級生? なんて軽い調子で聞いてみようかな。もし彼女だったら、そう言ってくれるよね)


 学校に着くと既に作業は始まっていた。三年生たちはとても張り切っていて、毎朝早くから集合しているというのは本当だったみたいだ。


「あ、和辻さんおはよ~」


「坂口くん! おはよう」


「あれ、どしたの。勉強のし過ぎ? 目が赤いよ」


 山岸くんと同じくらいの身長の坂口くんが、背をかがめて覗き込んだ。慌てて前髪を直すふりをしてごまかす。


「昨日ちょっと眠れなくて。竹取りが楽しくて興奮してたのかも」


「ははっ、和辻さんでもそんなことあるんやね~。あ、そういやさぁ、昨日山岸に話し掛けてた私服女子おったやん、」


 その言葉に心臓がきゅっと掴まれたように縮こまる。このあと何て言葉が続くんだろう?


「あれさぁ、緑中の同級生なんやって。しかも家が隣同士。いわゆる幼馴染ってやつみたいよ」


「へえ、そうなんだ……」


(幼馴染かぁ。あんな可愛い子と。もしかして朝部屋に勝手に入って起こしたり、しょっちゅう一緒にいて同じベッドで眠ったり、険悪に見えて実はお互い好き同士、みたいな関係だったりして……)


 よくある幼馴染ってそんな感じだと思うんだけど、漫画の読み過ぎだろうか。


「和辻さ〜ん、そんな眉間に皺寄せないで〜。特に仲がいいってわけでもなさそうやから。気にしちゃだめだよん」


「えっ? えっ、坂口くん、あの、」


 まさか坂口くん気がついてる? 恥ずかしくて顔がカッと熱くなってしまった時に、運悪く山岸くんが現れた。


「あ~、山岸おはよ~」


「うっす、坂口。和辻さんも、おはよう」


 山岸くんは、そのままなぜか坂口くんと軽い小突き合いを始める。わき腹をくすぐられた坂口くんは「反則~」と言って身体を捻り逃げて行った。


「おはよう、山岸くん」


「和辻さん昨日けっこう疲れたやろ。体調大丈夫? なんかいつもよりしんどそう」


「だ、大丈夫よ。ありがとう」


(うわあ、私、そんなに酷い顔してるのかぁ……なんか恥ずかしい)


「あのさ」

「あのっ、」


 お互いの言葉が被ってしまった。そういえばいつも山岸君は「あのさ」って話し始めるな、なんて頭の片隅でそんなことを考えながら私はお先にどうぞ、と手振りで示した。


「……あのさ。昨日部外者が来とったやろ。あれ、中学の同級生で、俺の隣の家の奴なんだ」


「うん、今坂口くんに聞いたとこ。下の名前で呼び合っとったから、仲良いんやなって思ったんよ」


「いや、あいつは別にそんなんやない。名前呼びも小学校の時の名残やし、中学ではむしろ敵みたいになっとったし、昨日急にあんな態度取られて俺もびっくりしたんだ」


(え……じゃあ)


「彼女じゃないの?」


 思わず心の声が漏れてしまった。ハッとして口を塞いだけどもう遅い。山岸くんの顔を見上げると、彼は照れくさそうに頭を掻いていた。


「彼女なんて、今までおったことない」


 それを聞いた私がどんな顔をしていたのか、自分ではわからない。でも、すごく嬉しかったからそれが表情にも表れていたんじゃないかと思う。


「和辻さん、」


 山岸くんが私の名を呼んだ。とても優しい顔と声で。そして口を開いてーー。


「おーい、青雲の櫓パート一、二年生! 運動場に集合ー!」


 パート長の大きな声が響いた。私たちはクスリと微笑みあって、一緒に運動場へ向かう。今は、それだけで十分だった。







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