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14 ふたつの気持ち

「あいつ……」

 

 山岸くんが困ったような声を出して坂口くんの背中を見送っている。


「あっ、あのね山岸くん、私ほんとに一人で大丈夫やから」


 すると山岸くんはハッとしたような顔で振り向きごめん、と言った。


「和辻さんを送ってくのは全然かまんよ、ていうかそうしようと思ってたし。ただ坂口が自由すぎて」


「だよねえ。坂口くんてほんと面白い。憎めないし」


「先輩にもめっちゃ可愛がられとるんよ、あいつ。懐への入り方が上手というか。それでいて気遣いもできるしすげえ出来た人間だと思う」


 ふむふむ。やっぱり山岸くんは坂口くんが大好き、ということね。心の中にメモしておこう。


「あいつのおかげでクラスにもテニス部にも馴染むことができたから、感謝しとる。……和辻さんにも」


「えっ? 私?」


 私、そんな感謝されるようなこと何一つしてないのに。


「和辻さんが自然に普通に接してくれたおかげで、クラスの女子にも受け入れてもらえた。俺の悪い噂、入学式の日から知ってたやろ? それなのに声掛けてくれて、嬉しかったんだ」


「変な誤解のせいで辛い中学時代を過ごしとったんやもんね。私ね、山岸くんのことずっと見てて、絶対そんな悪い人やないと思ってたんだ」


「ずっと……?」


 聞き返されて今度は私がハッとする番だった。ずっと見てたなんて、好きだって言ってるようなものじゃない!


「あの、えと、だからね、隣の席やしせっかくやから仲良くしたいなあって思ってたから。それにテニスも上手いし声も素敵だし……」


 ああ、どんどんドツボにはまっている気がする。これじゃあ中学の時のファンの子たちと変わらないよね。


「あのぉ、山岸くん……引いてない?」


 自転車を押しながら隣を歩く山岸くんを覗き込むと、唇をきゅっと一文字に引き絞って何かをこらえているような顔をしていた。暗いからあまり顔の色はわからないけれど。


「引いてないけど、褒められてすげー照れてる……でもなんか、ありがとう……」


 しばらく黙っていた山岸くんは、ぽつりとそう言ってくれた。


 そのまま私たちは何も言わず歩いていた。打ち上げの帰りと同じで、黙っていても全然気まずくなくて、このままどこまでも歩いていたい。

 そう思っていたけれど、すぐに私の家が見えてきてしまった。


「ありがとう山岸くん。私の家、あそこだからもう大丈夫」


「わかった。じゃあまた、学校で」


「うん。今度は体育祭の準備やね。頑張ろうね」


「ああ。じゃあ、おやすみ」


「おやすみなさい」


 私は三軒先の自分の家に向けて歩き出した。まだ、山岸くんが立ち去る気配はない。


(後姿見られてるのかなあ。緊張しちゃう)


 そして門に着き、振り向くと山岸くんはまだ同じところにいた。小さな声でバイバイ、と手を振ると振り返してくれて、それから自転車に乗って帰って行った。


 小さくなっていく彼の姿を見ながら私は急いでスマホを取り出し写真に収めようとしたのだけれど、もう小さくなってしまって上手く取れなかった。


 山岸くんが見えなくなっても私はしばらく門のところで夜風に当たっていた。今、家に入ったらきっと顔が赤いのが家族にバレてしまう。

 もう少しここでさっきまでのことを思い出して噛み締めていよう。


(それにしても今日はなんて幸運な日だったんだろう。まさか山岸くんがうちの校区の夜市に来るだなんて思いもしなかった。ワカも上手くいきそうだし、本当によかった)


  その日遅くにワカから幸せなLIMEが届いた。あの後告白し、無事にOKをもらったんだそうだ。


「もう、有紗には足を向けて寝られん~! ほんとにありがとう!」


 そして、二学期からは小山くんと駅で待ち合わせて帰ることにしたらしい。高校が違うけど二人とも電車通学なので、そうやって会う時間を確保するのだそうだ。


「ごめんね、有紗。一緒に帰れなくなっちゃう」


「いいんよ、ワカ! そんなの気にせんとって。ほんとにおめでとう!」


 羨ましいなってもちろん思う。けれど私は山岸くんの彼女になりたいという気持ちと、今のこのドキドキふわふわをもう少し味わっていたいという気持ち、ふたつが心の中で混ざり合っている。


(……あっ! 彼女がいるか聞くの、また忘れた……)


 何やってるんだろう、私。せっかくのチャンスだったのに。


 でもまだ機会はあるはず。体育祭の準備が始まったら絶対に聞こう。


(彼女がいたらこの気持ちは伝えずに閉じ込めなきゃいけないから。大きく育ちすぎてしまう前に……)






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