1 入学式と隣の男子
今年は桜が咲くのが早かった。満開を過ぎた花びらが地面を埋めつくす中、私は憧れの高校の門をくぐった。
桜の下を通るのはあまり好きではない。時々毛虫が潜んでいるから。
気を付けながら急いで通り過ぎ、クラス発表の紙が張り出されている掲示板に向かった。
「有紗! 私ら隣のクラスだよう」
同じ中学の若林杏奈が私を見つけ、ぴょんぴょん飛び上がって手招きしている。ワカは背が小さいのでそうしないと人混みに紛れてしまうのだ。
「ワカ、おはよ! 一緒のクラスじゃないんやぁ、残念」
「まあでも、お隣ならすぐ会いに行けるもんね。有紗も遊びに来てよ?」
「もちろん! ねえところでワカの髪、超可愛いやん」
中学時代はきっちり二つ結びにしていたワカだけど今日はおろしている。肩の上で天然パーマがいい具合にふわふわと揺れて可愛らしい。
「えへへ~。中学では髪、結ばんといかんかったもんねえ。そういう有紗も、さらさらストレートロング、素敵だよ~」
私は中学の時はいつも後ろで一つ結び。高い位置でのポニーテールは禁止だったから、地味に下の方で結んでいた。高校生になったら髪を下ろして大人っぽくするんだと私もずっと待ちわびていたのだ。
「ありがとー。それにしても、周りがみんな大人に見えるなあ」
私は辺りを見回した。真新しい制服に身を包んだ新入生たちがたくさんいる。
一学年二クラスの小さい中学から来た私達は、高校は十二クラスもあるということにびびっていたし、田舎者だとバカにされるんじゃないかと不安に思っていた。
「だ、大丈夫よ。この学校は穏やかな校風らしいし、怖い人はおらんはずよ」
「だよね。そうであって欲しい」
真っ白な上履きに履き替え階段を上がっていく。一年生の教室は北校舎の三、四階だ。
「あー、有紗ぁ。お隣じゃなかったよう。私は六組だから三階、有紗の七組は四階だあ」
「ええ〜ワカ、寂しい」
三階でヒシと抱き合い別れを惜しみ、ワカは六組へ消えて行った。
よし、私も自分の教室へいざ行かん。
七組の教室に入ると、生徒の半分くらいは登校していて賑やかだった。知り合いと楽しげに話す者、一人で着席して周りを窺っている者、いろいろだ。黒板には出席番号表が貼ってあり、その番号が書かれた席に座ればいいみたい。
(えーと、私はやっぱり最後だな)
苗字が『和辻』だから今までもずっと出席簿は最後だった。定位置である教室右端の一番後ろに向かう。一つ前の席にはショートカットの女の子が座っていた。私が席につくとすぐに振り向き、笑顔を見せる。
「おはよう。私、西中の山村奈津! よろしく〜」
「おはよう。永津中の和辻有紗です。よろしく!」
「和辻さん大人っぽいねえ! 私はテニスばっかやってるから真っ黒やろ。和辻さん色白でええなあ。あ、私のことは奈津、って呼んで!」
「ありがと。私も有紗って呼んでくれたら嬉しいな」
奈津はスポーツマンらしいハキハキした喋り方で、でも笑顔が人懐こくて可愛らしい。
「有紗、新しいクラス楽しみやね。一年間仲良くしよ!」
私も笑顔で頷いた。早速仲良くなれそうな子ができて良かった。
それから何人かと自己紹介し合って喋っていると、私の隣の席に背の高い男子がストンと座った。さっき見た名簿によると山岸という苗字だったはず。高校生活最初のお隣さんだ。
「おはよう、山岸くん。私は隣の席の和辻です。よろしく」
山岸くんは私をチラッと見て微かに頷くと、イヤホンをつけて机に突っ伏してしまった。なんてことだろう、いきなり壁を作られている。
「大丈夫よ、気にせんでも」
私の不安げな様子を見た奈津が少し声を落として言った。
「山岸はね、女嫌いなんよ」
「奈津、同じ中学なん?」
「ううん、違う中学やけど、山岸もテニス部だから大会で顔合わすんよね。だから存在は知ってたんよ」
そこでいったん話を切ると、奈津はさらに声をひそめた。
「でね、あいつと同中の子が言うには、あいつ、めっちゃ嫌な奴らしいんよ」
「そうなん……性格に難ありってこと?」
うんうんと頷く奈津。
「顔はめちゃくちゃイケメンやろ? 背も高いしテニスも上手いし最初はモテてたらしい。でも告白してきた女子を酷い形で振ったとかで、それからめちゃくちゃに嫌われてるという話よ」
「へえ……」
「だから女子とは口もきかないんだって」
そっかー。女子とは口、きかないのか。一学期の間は席替えしないらしいし、一人しかいないお隣さんが話してくれないのはちょっと寂しいなぁ。
それからすぐに先生が来て、体育館に移動しての入学式が始まった。
この高校は百年以上前に設立された古い高校で、壇上には歴代の校旗が誇らしげに飾られていた。
吹奏楽部が演奏するしっとりした音楽の中、クラス順に並んで入場していく私たち一年生。後方に座っている保護者たちが一斉にスマホやビデオを向ける。
緊張しながら着席すると、また隣は山岸くんだった。キチンとした姿勢で座っている。私もつられて背筋を伸ばした。
中学とは違う厳かな雰囲気の式典に私は密かに感動していた。ずっと憧れていた高校で、これから三年間を過ごすのだから、感動しないわけがない。
入学式が終わると教室に戻り、ホームルーム。お決まりの自己紹介を終えたあと、先生が話し始める。
「えー、まずは学級委員を決める。まだ君らはお互いの事を知らないだろうから、一学期だけは先生が決めるぞ。入試で点数のよかった二人にやってもらう。男子は尾崎。女子は和辻だ」
突然自分の名前が呼ばれて私は驚いてしまった。クラスの注目が一斉に集まる。
「有紗、凄いやん! 頭いいんやね!」
奈津が振り向き、手を叩いて喜んだ。
「そ、そんなことないよ。たまたまやって。ああ、びっくりしたあ」
本当に考えてもみなかった、まさか学級委員だなんて。アワアワしている私を隣の山岸くんはチラリと見て、興味なさそうに目を伏せた。