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無能スキルと掌返し

「【鑑定】の結果をお伝えする。剣聖アルベルトの息子、エリアス・グラントに与えられし加護は――『退行魔術式』である!! 【退行】憑きであるゆえ、加護のランクは最低のFランクと判定する!」


 その瞬間、神殿内に集まった人々の態度が一変した。


「ぷっ、剣聖の息子が……よりによって【退行憑き】とは……!!」

「これはとんでもない番狂わせだな……!」


 嘲笑とともに、そんな言葉が次々聞こえてくる。

 直前まで期待に鼻を含まらせていた父は、人々の言葉を聞き、青筋を立てながら震えている。


 この世界で暮らす人々は皆、十七歳で加護と呼ばれる特殊スキルを授かる。

 十七歳の誕生日を迎えたら、百日以内に神殿で、【加護鑑定】の儀を受け、自分の与えられた加護を知るよう決められていた。

 どんな加護が与えられるかは、神のみぞ知る。

 何の対策も努力もしようがなく、ただ与えられたものを受け止めるしかない。

 しかし残酷なことに、加護の当たり外れは、その後の人生に多大な影響を及ぼす。

 使い道のない加護を得たものは、役立たずだと蔑まれ、露骨な差別を受けることになるのだ。

 そのため、Dランク以下の加護と鑑定されたものは、残りの人生に絶望し、自死に至るものも少なくはなかった。


【退行魔術式】という加護は耳慣れないものだったが、絶望的なことに、【退行】という言葉が付く加護は、数多ある加護の中でも、最低ランクのものとして知れ渡っていた。

そのせいで、【退行】の付くスキルを加護として与えられた者のことを、【退行憑き】などと呼んで馬鹿にする風潮さえあった。


「ここ数年の中で、もっとも期待されていた者がこんな惨めな結果を出してしまうとは!」

「よりによってFランクなんて……!」

「エリアスは未来を期待されたから精鋭部隊に所属できたのでしょう……? どうなるのかしら!」

「そんなの除隊に決まってるさ! エリートから、役立たずの無職まで転落とは同情するねえ」


 とくにひどいことを言っている者たちの顔には、すべて見覚えがあった。

 俺が精鋭部隊に抜擢されて以降、こちらが戸惑うぐらいのお愛想を言っては近づいてきた貴族たちだ。

 その貴族の娘たちは、真っ青な顔になって自分の親に抗議の言葉をぶつけた。


「ちょっと、お父様! 将来有望だっていうから、相手にされなくても散々エリアスに媚てきたのに! どうしてくれるのよ……! 顔が美しくても、退行憑きの役立たずなんてありえないわ!」

「当然だ! 無能スキル持ちのところになど、おまえを嫁がせられるわけがない。こうなると、お前がエリアスに相手にされなくて心底よかった」

「クスッ、貴方聞きました? いくら嫁ぐ前だったっていっても、エリアスに付き纏っていたご令嬢たちはなかなか嫁ぎ先を見つけられないでしょうね。あのお嬢さんもお気の毒に」

「女を使って近づこうとしたんだ。娼婦ではあるまいし、ざまぁないな。その点、うちは息子でよかった。友人のフリをしろと命じていただけだからなあ。金輪際、あの家とは関わるのをやめよう。ブラントの家名は地に落ちたな」


 その一言が、父にとって追い打ちとなった。


「エアリスウウウウッッッ!! この恥知らずがあああああ!!」


 激高して叫んだ父親が俺を殴り飛ばす。

 受け身を取らなかった俺は、勢いよく神殿の柱に体をぶつけた。

 間髪入れず、今度は胸倉を掴まれた。


「剣聖の息子だというのに、なんという体たらくだ!!!!」


 もともと激情型な父親は、完全に我を忘れている。


「お前のようなバカ息子のせいで私の功績にまで傷がついただろうがッ! この出来損ないめ……!!」


 再び拳が振り上げられたとき――。


「剣聖のナイジェルよ、見苦しい醜態を演じるのはそこまでだ」


 低く威圧的な声が、神殿内に響く。

 神殿の壇上よりさらに高い場所に用意された観覧席からそう言ったのは、ここレンダミア王国の国王だ。


「……! へ、陛下……! ご無礼をお許しください……」


 慌てて、父が膝を付く。

 王はゆっくり立ち上がると、一段ずつ階段を降りてきた。


「ナイジェルよ、話が違うではないか。そなたの息子は、『国を闇から救済する英雄』に成長するのではなかったか?」

「ぐっ、誠に申し訳ありません……。予言者タオ様のお告げが、よもや弟のほうを指したものとは思わず……」

「ふん、そなたの次男は、なんの才能も持たぬ怠け者という評判だが、それもすべてそなたの育て方に問題があったのだろう。次男をすぐさま教育し直せ」

「はっ……!」


 ひれ伏す父に向かい鼻を鳴らすと、王はゴミを見るような視線を俺に向けた。


「何をしておる、エリアス。いつまでその目障りな姿を晒しているつもりだ?」

「……っ」

「精鋭部隊のメンバーに隊員に異例の抜擢を許可してやったのも、そなたの可能性に期待していたからだ。高額の賃金を毎月グラント家に与えたのも無駄だったらしい」


 俺は王に頭を下げたまま、唇を噛みしめた。

 父親からだけではなく、命がけで仕えてきた王からもこんな扱いを受けるなんて……。


【審判の儀】の結果、皆の期待に沿えなくなる可能性についてはずっと考えてきた。

 だからこそ、あらゆる面で努力し、国に尽くしてきた。


 それなのに……。

 俺のしてきたことはすべて無駄だったのか……?


「この惨めな無能スキル持ちが。そなたは用なしだ。さっさと立ち去るがいい」

「待ってください……!」


 よく知っている声が、神殿の中に響く。

 驚いて視線をあげると、人込みをかき分けている友ライリーの姿が目に入ってきた。

 ライリーは俺と同い年の十七歳で、ともに精鋭部隊に所属している仲間だ。

 いつも微笑みを浮かべている人懐っこい顔に、怒りと決意の色が浮かんでいる。


「陛下、ご無礼をお許しください! どうか、エリアスの加護が本当に使えないものなのか、一度でいいので試す機会を――」

「黙れ! 『退行』と名の付く加護がどんなものか、儂が知らぬとでも思ったか?」

「それは……。し、しかし……! 陛下は、これまでエリアスがどれほど国に尽くしてきたのかご存じのはず……! 精鋭部隊の中でも、エリアスは真面目で努力家だと有名ではないですか! 誰よりも国と国民のことを考えている男なのです。東の領土のことを思い出してください。何年もの間、あの危険な地をエリアス一人で守ってきたのに……」


 ほとんど一息で捲し立てると、ライリーは悔しそうに眉を寄せて、貴族たちを見回した。


「貴方方だって、休まずに奉仕するエリアスのことを、散々褒め称えてきたではないですか! こんな掌返し、恥を知るべきだ」


 責めるような目でライリーが睨みつけると、貴族たちは気まずげに視線を泳がせた。

 しかし、当然ながら、ライリーに加勢する者なんて一人もいない。

 ライリーはうんざりした顔で、再び王を振り返った。


「加護に【退行】がついていようと、エリアスほどの実力があれば、精鋭部隊として十分やっていけるはずです。どうか、お考え直しを――」

「話はそれで終わりか?」

「……!」


 王の冷ややかな返しを受けて、ライリーがさらに前のめりになる。


 だめだ。

 これ以上はさせられない。

 たった一人でも味方になって庇ってくれた。

 それだけで十分だ。

 この状況が覆ることなどないのは、俺が一番理解していた。


 俺はライリーに目配せをして、下がってくれという意味を込め、首を横に振った。


「エリアス……! なぜ――……」


 ライリーはもの言いたげな顔で俺を見返してきたが、拳をぐっと握り締めると、静かに後退した。


「エリアス、愚図愚図と何をしている。自ら出ていかないというのなら、衛兵に摘まみださせるぞ」


 ……落ち込んでいたって仕方ないな。


 深く息を吐いて自分を落ち着かせ、無礼は承知の上で陛下を真っ直ぐ見つめる。

 ここで委縮していたら、俺の言葉は決して陛下に届かない。


 それまで無表情でいた王は、俺がじっと見つめた瞬間、わずかに身を強張らせた。


「加護鑑定の結果は受け入れます。ですが、これだけは聞いてください。自分が今までやってきた【森の掃除】を、誰か代わりにやらなければ、いずれ大変な事態に――」

「最後の最後まで、儂を苛立たせるとは。貴様の言う【森】や【霧】の話は聞き飽きたわ。その首を切り飛ばす以外で、そなたの顔を見なくてよくなる方法はないのか?」

「しかし――」

「いい加減にしろ、エリアス!! 陛下に向かってなんたるご無礼を……!!」


 処刑となれば、家名にとんでもない傷がつく。

 それで焦ったらしき父が、慌てて間に入ってきた。


「陛下、こいつは今日をもって、グラント家から追放致します!! どうか、それでご勘弁を……!!」

「その程度で差し出す息子を間違えたそなたの過ちが帳消しになるなど、よもや思ってはいないだろうな?」

「……っ」

「まあ、今はよい。――次の【英雄候補者】はライリーだったな。すぐに【加護鑑定】を受ける準備に入れ」


 この瞬間、王をはじめとする人々の関心が、俺から完全になくなった。

 国のためにできることは、何もなくなったのだと痛感する。

【森】に関する問題が大きくなる前に国の危険をしっかり伝えたかったけれど、俺の声は届きそうにない。


 無言のまま、立ち上がり、皆の目に映らなくなったことを痛感しながら立ち上がり、静かに神殿を後にする。

 それほど時を置かず、この日集まっていた人々が、なりふり構わぬ態度で俺に謝罪する日が訪れるなんて、誰に予想できただろう?

 もちろん俺だって、そんな未来、微塵も想像していなかった。

 とにかく、こうして俺は実家を追い出され、居場所を含めた何もかもを剥奪されたのだった。

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