これは現実ではない。
――――――キーンコーンカーンコーン――――――――
チャイムが鳴った。
「起立、礼、」
クラスメートの発した声は、余韻を残すことなく授業の終了を告げた。
その後、俺は白板の方へ歩いて行くと、溝に置かれたマーカーを取り、蛍光灯にかざした。スケルトンの構造からカートリッジに入ったインクの残量がわかる。黒を交換した後、緑、青、オレンジと試していき、最後に赤を手に取った。
光はインクを透き通し、血の水槽の中にいるかのような不思議な感覚にする。視線はインクに集中し、いっそう幻想の世界に引きずり込む。
「…君、ゆうま君」
焦点が天井に合わせられた。
「どうした?」
「そこ、邪魔だからどいて。」
「了解、了解、」
声から察していたが、やはりクラスメートの楓だった。今日、俺たちは席が隣ということで互いに日直なのである。不機嫌そうに組まれた腕は胸の大きさを際立たせ、半袖から覗かせる二の腕からはなめらかな質感を感じる。
楓は眼鏡のフレームを指で押し込むと、白板消しを持ち、腕を上げ上の方から消していく。胸の下には湿った汗の染みが見える。授業で書かれた「豊」の文字と隣り合わせになった一瞬、より新鮮に生き生きとして見えた。
一文字残らず消し終えると、楓は満足そうに再び腕を組んだ。視線の先には純白の画面が広がっている。
「なに?」
「なんでも。」
――――――まもなく六限目の授業が始まります。――――――
軽快な音楽と共に、予鈴の放送が聞こえた。
「やべっ」
俺は教室を抜け出し、男子トイレに駆け込んだ
―――――― シャー ――――――
「何とか間に合ったー。」
えーと、次の授業は何だったか。俺は席に着くと前の壁に貼り付けてある時間割表に向かって目を凝らす。
「総合か…」
「今日は何があんだろうな、総合。」
前の席の田中が背もたれに腕を乗り出し、話しかけてきた。
「さあ。」
――――――キーンコーンカーンコーン――――――
チャイムが授業の始まりを告げた。
楓はさっきの疲労からか、机に肘をついてだらけている。
扉が開き、副担任のリンリン先生が入室する。
低身長、せまい肩幅、眼鏡から覗かせる大きな瞳、小さな唇とこどもの無邪気を具現化したような容姿は、俺ら生徒に愛着を持たせる。可愛らしい見た目と本名林田林子の略称から、リンリン先生の愛称で呼ばれている。ちなみに、本人はこの扱いを良く思っておらず、眼鏡も大人びた印象を付けようとかけた伊達である。
リンリン先生は教壇に立つと口を開いた。
「それでは、今日は文化祭の出し物について決めたいと思います。」
リンリン先生の眼鏡が一瞬キラッと光った。