職人の村
「うわ、スゴい迫力だね!」
チルチットの村まであと少しの場所にチット山からの川が流れており、村へ渡るためのアーチ橋が架かっている。橋の少し上流側を見ると、大きな水車がずらりと連なっていた。
「山からの水に溶け込んでる魔力を浄化しながら村に引き込んでるらしいよ。木を加工する装置なんかを動かすエネルギーに使うんだって」
村に詳しいアデギウスが水車に釘付けのフィリーアに説明する。
「なるほど~、水に含まれている魔力にもチット山の瘴気の影響が出るのね」
水車が並ぶ場所よりも更に山側には近づかないようにという立て札と鉄柵が設置されている。
背の高い鉄柵は山を囲むようにも廻っていて、むやみに入れない様になっている。
「山の入り口はどこなんだろう」
「一応入れるのは村の中で許可を貰った人間だけって事になってる。この柵を越えても入れるけど何かあった時に大変だからやめた方が良いって聞いたことがあるよ」
「山の魔物って柵を越えて出てこないのか?」
俺がそう聞くとアデギウスが不思議そうな顔をして、少ししてから気が付いたように教えてくれた。
「あの小さい建物は見える?」
「ああ」
アデギウスが指をさした方向には確かに小さな小屋が立っていた。
それは一か所だけではなく、視界に入っているだけでも五か所に同じ建物が確認できた。
鉄柵から一定の距離を取って、こちらも山を囲むように等間隔で設置されているようだ。
「あれは国から派遣されてくる魔法使いの為の詰所なんだ。あの中からそれぞれが山の上空に向かって結界魔法を飛ばしてて、チット山全体が覆われてるから安全なんだよ」
「見えないのか? グルグルいっぱいだぞ」
マグマが首をグルグルさせる。
あんまり伝わってこないけど、きっとすごくグルグルしてるんだろうな。
橋を越える。村へ入る前から、機械の稼働音のようなものが漏れ聞こえて来る。
電気の無いこの世界では機械の音がするのを聞くことはほとんどない。大抵は魔法で出来る事だからだ。
「わ、素敵。何これ?」
村には水路が整備され、川から引かれた水が流れている。
その水路を覗き込むと、色とりどりの砂が敷き詰められてキラキラと光っていた。
「チット山で採れる宝石の加工後に残った欠片を細かく砕いて敷いてるんだ。価値はないみたいだぜ」
「この一粒ずつに価値は無くてもこの村全体の美しさは見る価値があるね」
ロディの言う通り、村は美しかった。
建物はレンガ、木造、石など使っている建材ごとに区分けされていて、それぞれが小さな町のようだ。
街路樹や花壇の手入れも行き届いているし、写真を撮るにはもってこいの街並みだ。
なにせどの方向を見ても写り込みする人がいない。全く人の往来が無いのだ。
「ここ、人住んでるの?」
カラビウが代弁してくれた。
「日中はみんな仕事中で建物の中なんだよ」
アデギウスを先頭に町の中を歩く。
道すがら大きな窓のある建物を見かけたので中を覗いてみると、ガラスの食器を作っている所だった。
「ここの人たちは物づくりにしか興味がない人が殆どなんだ。だからあんまり接客とかには向いてなくって…宿屋もないし食堂みたいなのもないんだ」
「だから観光客もいないのか、徹底してんなー」
「……あれは」
オザダが交差した左の道に何かを見つけた。
見ると数人のグループ…退魔師のようだ。
「突き当りが入山申請所だ」
山を背景にして、多分この村で一番大きな建物が建っている。
白い外壁に赤の屋根の…6階建てか、随分大きいな。
「山道に行くにはあの建物の中を通るんだ…あれ?」
退魔師グループが建物に入るのと入れ代わりで荷車を引いた一人の男性が出てきた。
「アデギウス?」
「……あ、やっぱり叔父さんかも。ちょっと待っててくれ!」
目を凝らして確認できたのか、アデギウスが男性に向かって走っていく。
向こうも気付いたらしく手を振っている。
「荷車がいっぱいだねー」
男性は荷車を引いていて、遠くからでも丸太が積み重ねられているのが分かった。
二人は短く言葉を交わし、アデギウスが荷車の引手を代わって戻ってくる。
「お待たせ。俺の叔父さんで木工家具職人のディノーさんだ」
「こんにちは、アデギウスがお世話になってるそうで」
首に巻いていたタオルを引き抜いてディノーが頭を下げる。短く刈られた坊主頭が汗でキラリと光った。
「ロディ退魔団の代表者ロディです。突然押しかけてすみません」
「先ほどチラっと聞いたんだけど何か修理したいものがあるとか?」
「そうなんです。見ていただけますか」
「良いですとも。では工場へどうぞ」
ディノーは笑顔で了承し、先導してくれた。
「どうぞ、少しうるさいかもしれないけど」
窓のない石造りの倉庫のような建物に大きく開く重そうな鉄製の連動引き戸。
ゆっくりと開けると、中から何かが規則正しく稼動している音が聞こえてきた。
「留守の間に角材を作っていたんだ。……もう少しで終わるんだけど続けても良いかな?」
細かく仕切られた棚に丸太が並べられていて、大きな丸鋸刃が回転しながら行ったり来たりしている。聞こえている音は丸太が切断されている音だった。
「構いませんよ」
「ありがとう。ではそちらで少し休んでいてくれ。アデギウス、皆さんにお茶を」
「うん」
俺たちは作業スペースに追いやられたみたいに隅に置かれた木目の美しい一枚板のテーブルと角椅子で待つ。
アデギウスが奥の部屋から人数分のグラスに鮮やかな黄緑色のお茶を淹れて持って戻ってきた。カラカラと氷がぶつかる音がする。
「どうぞ。ハーブのアイスティーだよ」
「爽やかな香りだねー」
「うん、スッキリするね」
摘みたての香草のフレッシュな味がする。多分何種類かブレンドしていると思うんだけど、絶妙だ。
「うん、教えた分量はまだ覚えてたみたいだな」
ディノーにもお茶が運ばれ、その場で合格点を貰ったアデギウスが嬉しそうだ。
「ルイスには違うものの方が良いかな?」
「いや、美味いよ。レモングラスの香りがよく出てる」
「? レモンは入れてないけど?」
…お、こいつハーブのこと知らないで淹れてきたのか?
「ひょっとして坊っちゃんは詳しいのかな?」
会話が聞こえたのかディノーが俺に興味を持ったらしい。
「有名所を知ってるくらいです。この辺はハーブが育ちやすいんですか?」
「そういう訳でも無いんだけどね、俺が好きで奥の部屋で育ててるんだよ。良かったら見るかい?」
「はい!」
俺は手招きするディノーのあとに付いていく。
木製のドアの向こうは生活スペースになっている……が、室内に温室が作られていてそれに結構なスペースを取られている。台所とベッドと温室、という感じだ。
温室内にはハーブの鉢が十数種類ほど並んでいる。なるほど、さっきのアイスティーで感じた風味はコレとコレか……。
「あ」
「どうかしたか?」
「えっと、コレはあんまり暑さに強くないから温室から出して外の日陰とか室内の風通しの良い場所の方が良いかも。それからコレとコレは寄せ植えしても大丈夫なんだけど、コレは他より強いから分けた方が影響が出ないよ。それと……」
気になる所をいくつか指摘していると、いつの間にかディノーはノートを手にして俺の言ったことをメモしていた。
「なるほど、どうも育ちが悪いと思っていたらそういう原因があったんだな」
「けどちゃんと手入れが行き届いてるのがわかる……りますよ」
「ハハハ、無理に敬語で喋らなくてもいいですよポッドさん」
「……え」
「? どうかしたかい?」
「いま『ポッド』って……」
「……あれ、違った? ポンド? それともポード…だったか? 」
「いや、あの…、俺はルイスです」
「…………あれ?」




