虜
「結局一番悪かったのはロディじゃないかと思う」
「俺は良かれと思って」
「『面白いことになるかと思って』だろ」
「そうとも言うね。そして思った通りだった」
俺たちは森を出てすぐの所に野営のテントを張った。ロディからもう一度温泉宿に戻ろうという案も出たけど気まずさが多数決で勝った。もし早朝から屋根を燃やした客がその日のうちにまた来たりしたら向こうも困惑することだろう。
「ねぇねぇ、ここのキノコ凄いの。見て見て」
声がして振り返ると、両腕にいっぱいのキノコ………を生やしたフィリーアが立っていた。
「大丈夫なのソレ」
「これね、こうやって手で摘むと…」
胞子が舞い、フィリーアの腕に付着する。みるみるうちにキノコが増えた。
「ね?」
…大丈夫なのか聞いた筈なんだけど。コレが良くてザワハの実が駄目というのは一体どういうジャンル分けなのか……本人楽しそうだから良いけど。
「ここのトカゲ凄いぞ」
今度はアデギウスが森から帰ってきた。こちらは大量のトカゲ…の尻尾だけを何十本も握っている。
「何匹いたの?」
「一匹」
「鰐のような生き物がいたんだが右半分に逃げられてしまった」
左半分な鰐がオザダの腕に噛みついたまま引きずられて来た。
「美味しそうなのがあったよー」
「びっくりだよ。木の下に近づいたら完熟した実が勝手に落ちてくるんだ」
「失敗したよー。カラビウ連れて行かなくても良かったー」
ササとカラビウは手提げカゴに沢山の桃を持ち帰った。
「んじゃあこっちスープ、こっち肉の煮込み、こっち桃煮るからヨロシク」
ジェイマーが準備したコンロに鍋を三つ並べる。
それぞれの食材の下準備をして鍋へ投入すればあとは軽くかき混ぜつつ待つだけだ。
「あ!」
カラビウが突然声を上げた。
「何よー、ビックリするじゃないのー!」
「ごめんなさい。……これが服の中に一つ絡まってたのに今気づいて」
ゴソゴソと裾の長い上着の裏を探ると、鮮やかな赤色の実が現れた。
「んぎゃっ」
「あ」
驚いたフィリーアが咄嗟にカラビウの手を叩く。
転がり落ちたザワハの実が桃を煮込んでいる鍋に落ちて行った。
「折角だからそのまま煮込んじまおう。いい風味が付くぜ」
「さっきの騒動を思い返すとまだ距離を置きたい気もするが」
「美味しく食べちゃおー!」
「……目玉の煮込み」
「オザダ、そのトーンで怖い言葉はやめて」
「美味しくなーれー、美味しくなーれー」
「……」
フィリーアが無言でじっと見つめる中、目玉は桃と一緒にかき混ぜられ、煮詰められていった。
「食べなよー、すごく美味しいよー?」
「……うーん……」
「ササ、無理強いは良くないよ」
「食べないならみんなで分けちゃうよー?」
「…………ま、待って!」
最初は躊躇していたフィリーアだったが、みんなが美味しそうに食べ進めるのを見て自分も桃を口に入れることを決意した。
もともと柔らかかった桃の実が煮込んで更にトロトロになっているのをスプーンで掬ってじっと見つめる。しばらく葛藤し、思い切って口の中へ入れた。
「………………ぅ、まいっ! すっごーくおいしいぃっ」
「だろ? 食材は見た目じゃねぇんだよな」
フィリーアはその味が相当好みだったらしく、ササを差し置いて先におかわりするくらいだった。
「採りたての桃が美味しいのもあるけど、このシロップの風味が凄く良いよ!」
「だろ? ザワハの実は良い味出すんだって」
「これ、回復薬の味付けに使ったら飲みやすいかも!」
「フィリーアそれいいー!」
「だよね! 今度試してみるね!」
「盛り上がってるけどザワハの実はもうここには無いよね?」
「……」
さっきソリア村に丸投げしてきたばかりだ。
無いと思うと余計欲しくなるらしく、フィリーアが考える。
「…取り戻しに行かない?」
「多分長期保存加工するためにもう加工場へ回されてる頃だから無理だな」
「じゃあその加工したやつ、村で買える?」
「ザワハは村の料理を支える隠し味だからな、多分販売はしない。それに次の実がいつ生るかもわからないから在庫は多めに置いておきたいだろうし。今更頼んでも譲ってくれないと思うぞ」
「そんな……村長の息子権限でなんとかならないの?!」
「権限なんてないんスよね俺」
ジェイマーは役に立たないと認識して、ターゲットを変更する。
「……カラビウ、ひょっとして体にもっと付いてるんじゃない?」
「へっ? い、いや、もう無いですが…………」
にじり寄って来るフィリーアに、カラビウが危険を察知して後ずさる。
「服全部脱いでちゃんと確認してないでしょ? 見てあげるよ」
「ちょ、…ま……待ってフィリーア…」
「なんで逃げるの? まさか貴方、隠し持ってるの?! 出しなさいっ」
「ちっ、違うよ! わ、わわわ、ダメだってばっ……!」
カラビウがヒーヒー息を切らしながら逃げ惑う。対してフィリーアはフーフーと荒い呼吸でカラビウを追いかける。
「ザワハには魔力回復だけじゃなくて中毒性や興奮作用もあるみたいだな。みんな、食べる量には気をつけような」
「はーい」
ロディの掛け声に俺たちは返事を揃えた。
朝を迎え、出発の準備をしている俺たちをよそにフィリーアがしゃがみこんで黙々と作業していた。
準備が終わって暇な俺は何をしているのかと覗きに行ってみる。
手にしていたのは小さな鉢。そこに足元から掘り返したらしい土を入れている所だった。
……うーん。
「……無理じゃない?」
「試してみなくちゃわかんないよ」
そう言って柔らかい土の真ん中にコロンと黒くて丸い物を押し込む。
「煮たよね」
「うん、甘ーく」
それは昨日桃と一緒に鍋で煮たザワハの種子…目玉で言うと黒目の部分だ。
「ジェイマーが村でいろいろ試したけど芽が出ないって言ってたじゃない? きっと普通の事をやってても無理なのよ。もしかしたら発芽条件が『加熱』とか『砂糖漬け』とかかもしれないわ」
山火事の後に発芽しやすい植物なんかの話は聞くけど、砂糖で煮たら……か。フィリーアは何としてでももう一度ザワハと見つめ合いたいらしいな。
種に土をかぶせ、水の代わりに先日大量購入した温泉水をたっぷりかけた。
「はやくおっきくなれよ~」
「なにをしているんですか?」
キンも気になったようで寄ってきた。
「昨日のザワハの種を植えたの。キンちゃんも可愛がってあげてね」
「…………また食べられてしまいますか?」
「え?……うーん……」
キンは大抵の事は受け入れる子なので、この反応にはフィリーアも困惑したようだ。
思い返せばキンのダメージは酷いものだった。痛がるとか苦しむとかは無かっただけで、あとほんのちょっと魔力を吸われてたらもうこの世にはいなかったかもしれなかったんだ。
「フィリーア、やっぱりやめた方が良いんじゃない?」
「…………たら…」
「え?」
「人間が育てたら人間に懐くんじゃない? ほら、ドラゴンだって馬だって家畜だってそうでしょ?野生と飼育されたのじゃ全然違うもの。お世話すればキンちゃんにだって懐くかも!」
「ボクに…懐く?」
「そうよ。この木も魔物だし、上手に育てればキンちゃんみたいに優しい魔物になって誰も襲わなくなるかも」
なんの裏付けもないのにフィリーアは自信ありげにキンを懐柔していく。
すっかりザワハに心を奪われてしまったみたいだ。
「……分かりました。頑張ってお世話をします。これからよろしくお願いします」
キンは鉢に向かって頭を下げた。
「キン、おまえ色々引き受けて大丈夫か? 俺が頼んだ馬の話し相手の仕事もあるんだぞ?」
「はい。大丈夫です。ボクは皆さんのお役に立ちます」
「よろしくねキンちゃん」
それからフィリーアは鉢を乗せる箱を組み、その下に車輪を付けた。長い紐を箱に開けた穴に通し、キンに握らせる。
「どう? 転ばないかな?」
カラカラと引っ張って歩いてみる。
「大丈夫です。これならどんな姿の時でも連れて行けます」
そう言って馬の形に変形して見せる。
紐は口に銜えるようだ。
「馬車みたいでカッコイイね。キンちゃんの質量を増やしたら私たちの移動にも役立ってくれるかも?」
「人が乗るためには中が空洞だと強度不足で潰れちゃうだろうな。でもしっかり作ったら作ったで重くて地面にめり込みながらしか進めなさそう」
「それもそうね」
「みんないいか? 落ち着いたらそろそろ行くぞ?」
ロディの集合が掛かった。
キンは人型に戻り、ザワハの入った箱を引く。
「あ、待ってキンちゃん」
フィリーアが紐の通し方を少し直し、箱を持ち上げた。
そして紐から二つの輪を作り、金の腕をそこへ通す。前に抱く恰好になった。
「空の移動中は落とさないように見ててあげてね」
「はい」
セシルに乗り込んだキンは移動の間ずっと大事そうにザワハの鉢を見つめていた。




