粒
「ルイス!」
根っこの向こうに武器を構える皆が見えた。
「燃やす!」
早速不穏なセリフがマグマから発せられる。
「燃やすの禁止! 先に俺が死ぬだろ!…っぅうっ」
ギリギリと根が足を締め付けてくる。
身動きできるうちに何とかしないと……。
俺は腰に備えていたレイピアを引き抜き、根を切りつける。
しかし生木を切るには刃が綺麗すぎて表面を滑るだけだ。
それでも突然傷をつけられた根は怯んで俺から離れてくれた。
「逃げられるかー? 平気そうならあんまり木に攻撃したくねーんだけど~」
そりゃこの世に一本しかないかもしれない木は守りたいですよね師匠。村にとっても大事な食材なんですもんね。
まぁ聞いた話の感じだと瞬殺されるとかではないらしいし、何とかなるか?
「頑張ってみるけど実が俺味になったらゴメンな!」
再び襲ってくる根を剣で弾き、タコの足のように地面をうねる何本もの根を掻い潜って少しずつ木から距離を取ろうと試みる。
くそ、足が短くて太い根を跨げない。
「っ!」
よじ登った先に細い根の先端が待ち構えていた。
剣で防いだがその衝撃にバランスを崩し背中から地面に落ちた。
すかさず他の根が地を這って向かってくる。
「……くそっ」
寝たままの恰好でレイピアを両手で握り、さっき落ちた太い根に思い切り突き刺す。
根は痛みを感じたのか暴れ出し、俺をぶら下げたまま他の根を薙ぎ払っていく。
「ぐっ……!」
足に痛みが走った。
排除しきれなかった細い根が一本絡まったんだ。
「っ!」
深く刺してしまったレイピアが抜けない。
いきり立った根は高く持ち上がり、ここから地面に飛び降りるのは危険そうだ。
せめてこの足に巻き付いたのを外したい。
俺は右手一本でレイピアを握り、左手に短剣をとった。
……でも俺を掴んでいる根には届かない。
無理をすると自分の足を刺しそうだ……。
「ぅ……」
なんだか一気に体が重だるくなっていく。体力を吸われているのか……。
「キャ!!」
「うわっ!」
ボーっとしてきた耳に、ササとアデギウスの声が聞こえた。
「気をつけろ! 急に領域を広げたぞ!」
目の前を目玉が蔓を伸ばしてビュンビュン飛んでいく。
「反撃していいか?!」
叫んだのはオザダみたいだったけど、木の根の動きがさっきまでより活発に動いていて、向こうが全然見えない。
「カラビウ! あんたは逃げなさいっ……!」
「でも姫っ! ぁ、あ! うわぁぁぁぁ……」
「カラビウが吸われ続けると益々厄介だぞ! ジェイマー!」
「……ん、ん~~~~! しょーがない! やっちゃおう!!」
「よ…し…っ?! く! しまった、こっちもだ!!」
「ロディっ……ぅ、このっ……」
叫び声が次々と小さくなっていく。
開かなくなってきた瞼をなんとか持ち上げて見えた先では、ぐったりした仲間たちが木の根に囚われて赤い目玉に貪られていた。
「……?」
体に水滴が当たる感覚で気が付いた。
多分ほんの一瞬、意識が飛んだ自覚はある。
それが急に気分がはっきりし始めたのだ。
目をあけると雨が降っていた。
「ルイス!」
声の方を見るとかなり離れた距離にガララとマグマの姿が見えた。ガララに乗っているのはオザダとフィリーアのようだ。
……そうか、この雨はアイツの……。
「……他は、全滅か……?」
周りを見渡し、みんなの状況を確認する。
白い雨のおかげで体力の補充が出来ている分、魔力が無くても戦えるメンバーはどうにか根から抜け出せそうだが次々と魔力を吸い取りに実が飛んでくるので思うようにスキルが使えず動けないでいる。
何よりもまずいのは魔法使い二人だ。
「たすけてー。しぬー」
根っこにグルグル巻きにされたササが空に向かって力ない声を上げていた。
「姫ーっ」
カラビウには頭から指の先まで隙間なく全身に真っ赤な実が食らいついていた。それでもまだ体内に魔力があるのか、強引に前に進もうとしてはいるがいつまでもつか分からない。
「…行く!」
いつの間にか何も持っていなかった左手にもう一本の短剣を握る。右手のレイピアを手放し、絡まっている細い根に身を預けた。俺の重さで根は撓み、足に絡んでいる部分に手が届いた。
しっかり握って短剣を縦に突き刺す。
根は二つに裂けながら俺から離れて行った。
次が来る前に動かないと。
落とした短剣を足元に見つけて拾い上げ、木から伸びている蔓を切りながらササのもとへ急ぐ。
「ササ!」
太い根に剣を突き刺し、抉る。
根は暴れ、捕まっているササが大きく振られた。
「ルイス! そいつに一発入れるか?!」
ブーメランで根の攻撃を切り崩しながらアデギウスが叫んだ。
「頼む!」
重みのありそうな4枚羽のブーメランが空に放たれた。戻りの軌道で羽根と羽根の間に立ち上がっている根の中ほどを捉え、勢いと重みを掛けてそのまま地面へ押し倒した。
「あう~っ!!」
根に巻かれたまま地面に打ちつけられてササが叫ぶ。元気だ。
短剣で何度も切りつけ、締め付けが緩んだところでササを引きずり出した。
「もー、荒いよー!」
「早く離れて! アデギウス! ササをお願い!」
「ああ!」
アデギウスが素早くササをおぶって追っ手から離れた。
「ルイス!」
避難していたはずのオザダが根を絡め斬りながら俺の方へ来た。
「マグマとガララは?」
「フィリーアと一緒に置いてきた。お前は大丈夫か?」
「ああ、ありがとう。……お前も、助かった」
「ウヒヒヒ、俺、早速活躍じゃね?」
八面体の中のロッジャルが尻尾を揺らして得意げに言った。
やっぱりこいつの態度は気に入らんな。礼を言うのも今日を最後にしたい。
「木の領域の広がりは止まったようだ。それと、キンが見当たらない」
「キンが?!」
魔物のキンが魔力を全部持っていかれたらおしまいだ。急がないと。
「ねえ、カラビウがひどい有様なんだけどどうしようか?!」
斬っても斬っても根が迫ってきて、ロディが身動き取れずにもどかしそうだ。
その近くにはジェイマーもいる。弓との相性が悪そうな相手に普段使わない短剣で応戦しているけど、やっぱり厳しそうだ。
……。
……あれ?
よく見るとそれぞれに襲い掛かっている根の数に差があるようだ。
それに実の方も……。
「オザダ、まずはジェイマーを離脱させよう!」
「分かった」
オザダと二人でジェイマーが後退出来る道を作る。
思った通り疲弊したジェイマーよりも体力十分なオザダの方に根が食いついてくれる。
注意が移ったところでオザダが倉庫から以前仕留めた野牛を放出、そこに魔力回復薬を大量にぶちまけた。途端に実と根が野牛に群がる。
「……悪ィ、助かった」
「師匠、木は残して全員逃げきれると思うから、とりあえず師匠はササを追ってくれ。それで追いついたら『カラビウだけに魔力回復の魔法を掛けるように』って伝えてほしいんだ」
「……? 分かった。けど無理そうならホントにやっちゃって良いからな?」
「ああ」
ジェイマーが走っていく音を聞きながら今度はロディに向かう。
魔力は尽きたようで赤い実はもう興味を無くしているが、体力は残っているので根が興奮している。
「ここにも牛を出すか?」
「そうだな。あと悪いんだけどキンを連れ戻すまで二人で囮をやってほしい」
「分かった」」
「それが最善なら喜んで」
二人は頷き、オザダがロディに回復薬を数本手渡す。
俺を護るように両側に二人が付き、三人で木の近くへ急ぐ。
回復薬を飲みながら群がる根を処理する二人は頼もしくて少し面白く見える。
何はともあれ、これでザワハの木の俺への関心を最小限に抑えながら進むことが出来る。
「問題はキンだけど……」
俺が襲われてからキンの姿をまだ見ていない。
キンの魔力はどれくらいなんだろう。
あまり強くはないから、もう長い時間捕まっているとしたら……。
「くそっ、どこにいるんだ? あの色なら目立って見つけやすい筈なのに」
「……ルイス、下に…」
オザダが暗い声でそう言った。
足元を見る。
根に掘り起こされた土の中に金色の小さい粒がいくつも混ざっているのが見えた。
「……キン?」
これは、キンの一部か……?
土ごと掴んで手のひらに乗せる。
降り続ける白い雨が金だけ残して土を洗い流していく。
綺麗になったのに動かない。
もう一粒見つけて摘み上げる。
…動かない。
「そんな……」
「ルイス……」
でもまだだ。金色に光っている所はまだまだある。
このうちのどれか一つに、きっとキンが……
「ルイス!」
ロディがその場に座り込んだ俺の腕をを掴んで引き上げた。
「……残念だけど、仕方がないよ」
「でもまだキンはっ……」
「カラビウを連れて離れよう」
「ぅうー、くるしいぃ……」
魔力回復の魔法を浴び続けているカラビウに赤い実の全てが集まっている。
顔も確認できないほどだ。
「よし、全部落とそう」
根には囮の野牛を預け、ロディとオザダで実と蔓を切り離していく。
カラビウの体からどんどん実が落ちていく。
「……っぷはぁ~~! 生き返った~!」
やっと現れた顔にはザワハの実にかぶりつかれた痕がくっきり残っていた。
「さあ急ごう」
ロディが俺の腰から短剣を抜いてカラビウに手渡す。
「ルイス、戻しておくぞ」
レイピアが刺さったままの根を見つけてオザダが取り戻してくれた。
俺は、両手が塞がっていて何もできないから。
「おや? 何を持ってるんだい?」
カラビウが俺の様子に気付いたようだ。
「……」
黙っている俺の代わりにロディが答えた。
「……キンが犠牲になってしまったみたいで」
「え? キン?」
「はい」
カラビウが不思議そうに聞き返すとすぐにキンが返事をした。
……。
……。
……え。
「え?! キン?!」
「はい、ボクはキンです」
確かにキンの声がする。
でもどこにも見当たらない。
「ねぇ、もういい加減出てくれる? そこで喋られると鼓膜に響くんだよね」
そう言ってカラビウが頭を傾げて横顎のあたりをトントンと掌底で叩くと、耳からキラリと光る物が手のひらに零れた。
「匿っていただきありがとうございました」
「どういたしまして」
「キン!」
小さすぎて見えないが、多分パームの姿のキンがそこにいる。
生きてた。
何だ、生きてたのか……。
「魔力を沢山奪われてしまってこの大きさで隠れるのだけで精いっぱいでした。すみません」
カラビウが俺に手のひらを差し出して来た。俺は両手を差し出した。
コロンとキンの粒が俺の手に乗り移る。
そしてコロコロと手の中を転がり、他の金の粒を巻き込んでちょっとだけ大きいキンになった。
「念のために実は全部落としてから行こう」
ロディがカラビウにくっついてる実を引き寄せて切り落とす。
「この短剣、よく切れるねぇ」
実に吸われる魔力量が減ったことでカラビウが魔力を武器に注ぎ込めるようになったらしい。見違えるように切れ味を増した俺の短剣が蔓を切断していく。
「これで……最後ダーッ」
最後の一個を外し終えたカラビウが短剣を握った右手と目玉を握った左手を空高く突き上げた。
「根はまだ生きてる。早く離れよう」
カラビウの足元ににじり寄っていた根をオザダがザックリと切断した。
「みんな無事か」
ジェイマーが駆け寄って来て俺の体をベタベタと触る。
「怪我は?」
「ない。大丈夫だ」
「悪かった。あんなに急に行動距離が伸びるなんて思いもしてなかった」
「……ゴメン、多分また俺のせいだと思う」
俺が捕まった途端に木は力を増幅させた。
「……まぁそれはよくわかんねーけどな。一応今度村に帰ったら爺さんたちには今まで以上に注意するように言っとくわ」
「……あれ、もとに戻るかな?」
俺は振り返って木を見た。
「どうかなー、今までに実を取りつくしたことは多分無いしなー」
「俺たちが離れたら木は大人しく戻ったんだ。きっとまた養分を貯めて実をつけるさ」
「まぁこれだけ持って帰れば当分もつだろうしな。」
ジェイマーが採取カゴいっぱいに集められたザワハの実を眺める。
するとオザダが『違う』と首を振った。
「全部拾ってきたからあとこれの2つ分くらいある。倉庫の負担になるからさっさと引き取ってくれ」
「えー。そんなには今はちょっと……なぁ、フィリーアのアイテム倉庫って」
「要らない! 空いてない! 入れたくない!」
「そんな……誰か要らん?」
「……」
折角苦労して採ったのに誰にも必要とされないザワハの実。
結局ジェイマーが緊急帰省して村へ置いて来ることになった。
公園に突如現れた山済みのザワハの実に、観光客たちは怖がることは無くむしろ珍しがって喜んだらしい。
転送に付き合ったササがザワハを使った焼き菓子を大量に抱えて帰ってきた。
美味しそうに食べるササの姿を皆が微妙な表情で見守った。




