三日月の空
温泉を出た俺は涼みがてら飲み物を手に厩舎の様子を見に来た。
マグマが賑やかにしてるかと思いきや、誰の鳴き声も聞こえてこない。
朝から動きっぱなしだったから疲れて寝てるのかな…と思って中を覗く。
「……あれ」
いない。
マグマもセシルもいない。
嫌な予感しかしない。
ガララは大人しく飼葉を食んでいる。
「ガララ、あいつらがどこに行ったか知らないか?」
…って聞いてもガララの言葉は解らないしなぁ……。
まいったなぁ。
呼ばれたことに気づいたのかガララが顔を上げてこちらを見た。
「ガララはいつも物静かだし食事もスマートだし可愛いし…マグマもガララみたいなら良いんだけどな」
「ありがとうございます」
声が聞こえて俺は振り返る。
けど、誰もいない。
「……。……え?」
もう一度ガララを見る。
「え?」
ガララがパチパチと瞬きした。
「ガララは喋ってないもんな?」
「喋ってませんよ」
「だよな。口動いてないもんな」
「いま食事中なので口は動かしてますけどね」
そうだよなぁ。
……。
「でも会話出来てるよな?」
「不思議ですよね。こんなの今日が初めてじゃないですか?」
ガララは声を出してる訳じゃない。
だったらこれは……テレパシー的なもの?
よし、やってみよう。
《ガララ、聞こえる?》
脳内で語りかけてみる。でもガララからの返事はない。
「いま呼んだんだけど聞こえた?」
「聞こえなかったですね」
違うのか…。俺からは話しかけないと駄目みたいだな。
「あ、もしかして?」
俺は厩舎の端っこの方に移動して、お互い見えない位置からガララに呼びかけてみる。
「ガララ、聞こえる?」
…。
声は届いてる筈なのに返事がない。
もう一度ガララのもとに戻って訊ねる。
「呼んだんだけど聞こえなかった?」
「聞こえてましたしずっと聞こえますって返事してたんですけどね」
ガララから目を逸らす。
「なんか話しかけてみて」
しかし何も聞こえてこない。
ガララの目を見る。
「……と思ってるんですけど、どうでしょう」
「あ、ごめん最初の方聞こえてなかった。何を思ってるって?」
「オザダのことですけど……」
恐らくこれは俺の中に入ったナイトメアの力で、会話が出来るのはガララと目を合わせた時限定ということだろう。
馬同士だから、ってことだろうか?
この厩舎に他にも馬がいれば試したいところだったけど生憎ドラゴンが数頭休んでいるだけだった。
「……なるほどな。それは良い考えだと思うよ」
「そうですか?」
「うん、俺も試してみたいし。ちょっと待ってて」
「あ、マグマたちの方は……」
「いいよ。どうせ腹いっぱいになったら帰って来るだろ」
俺はガララの話を聞いて、急いで部屋に戻った。
「あれ、どうしたの?」
部屋に戻るとロディとカラビウが並んで横になっていて、その傍にフィリーアとササが座って二人を仰いでいた。
「バカふたりー」
「湯あたりみたい。…なんか随分はしゃいでたみたいよね?」
「ああ成程……ていうか色戻ってる?」
大の字になって唸っているカラビウは肌色に戻っていた。
「脱衣ルームでひっくり返った時に戻ったんだ。一度意識を手放すと解けるのかもな」
アデギウスの注いだ酒を飲みながらジェイマーが教えてくれた。
俺はカラビウの近くを物色し、畳んで置いてある装備の上に目当ての物を見つけて手に取る。
「カラビウ、ちょっとコレ借りてもいい?」
「……ぅ。ぅん……? どぉぞ……」
「ありがと」
許可をもらったので早速懐にしまい込み、武器の手入れをしていたオザダの元に駆け寄ってコソっと話しかける。
「オザダ、ちょっと付き合ってもらえないか?」
「今からか?」
「うん、ちょっと」
「……わかった」
こっそり誘ったものの、二人で装備を身に着け出したらやはりみんなが気にし始めてしまう。
「二人してどこに行くんだ?」
「……問題ごとかい?」
「えっと、マグマがどっか行ったみたいで」
「あー、今日何も食わせてなかったから拗ねた?」
「うん、そうかも。その辺探してくるよ」
「いなくなったのはマグマだけか? セシルは?」
「あー…えーと、たぶん大丈夫…」
「たぶんて何? 俺も行く」
飲みかけのグラスを置いて立ち上がろうとするアデギウスを慌てて止める。
「で、でもガララには何人も乗れないしさ! 俺たちだけで大丈夫だから! みんなはゆっくりしててよ、な?」
「……わかった。でもしばらくして戻ってこなかったら俺も行くから」
「う、うん。じゃあすぐ戻ります」
部屋から出て厩舎に急ぐ。
その間俺は何度も後ろを振り返って誰もついてきていないかを確認した。
「お待たせガララ」
「ルイスさん、おかえりなさい」
「早速やってみるよ」
「はい、お願いします」
「……ルイス?」
普段ガララに話しかけることが殆どなかった俺が急に変わったのをオザダが不振がっているが気にせず進めてしまおう。
「オザダ、これ持って」
「これは……カラビウが捕らえたナイトメア?」
なぜ? と訝しむオザダの手を無理やり掴んでガラスを握らせる。
「急ぐから説明は後でな。今は先ずガララを見つめてみてくれ」
「ガララがなんだと言うんだ?」
オザダが手の中のナイトメアを気にしつつもガララに目をやる。
すると、
「え……、……。あ、ああ。……。……そうか。……。……。……。」
最初は驚いていたオザダが、次第に無言になり、頷いたりするだけになる。
「あの、会話出来てる? こっち全然聞こえてこなくて不安なんだけど」
「ああ、これはすごいな。目を合わせただけでガララと意思疎通出来るなんて」
あー……もしかして魔力使えると喋りかけなくても脳内で会話出来ちゃうのか?
そっかーいいなー便利で……。
「それで、ガララの考えてることも聞いた?」
「それがこれを身に着けてみたいとだけ言ってきて、どうしてなのか理由を言わないんだ」
ガララが前足で敷き藁を掻いて急かすような動きをする。
「とりあえず望みをかなえてあげたら? 何か起きるのかもしれないよ」
「……」
俺は知ってるけど教えないよ、という顔をして見せると聞いても無駄だと悟ったオザダがアイテム倉庫を確認し始めた。
取り出したのは釣り糸で、ガラスの端に何巻きも渡して括り付け、ガララの首もとへ、落ちないように、且、食い込まないギリギリに固定した。
「これで良いのか?……もう会話が出来ないな」
「代わりに俺が伝えるよ。ガララどう?」
「外に出て試してみたいです」
「オザダ、乗って欲しいって」
厩舎からガララを出し、オザダが騎乗する。
「……少し硬くなっているのか?」
オザダが鬣の辺りを撫でるとガララの表情が和らいだのが俺でも分かった。
「はい、大丈夫です。……行きます!」
「行ってらっしゃい!」
「え?」
その感覚にオザダが驚いて俺を見る。
「うん、そういう事だから」
「あ……そ、そうか……」
オザダを乗せたガララが空に昇っていく。
初めての空に最初は動けずにいたガララだったが、慣れてくると陸上と同じように駆けまわれるようになった。
今日はよく晴れて綺麗な三日月が出ている。
月をバックに夜の空を掛ける天馬。
そこにペガサスみたいな羽根は無くても、すごく綺麗な画だった。……のに。
「……もー、邪魔だなー」
ガララの方に二つの影が近づいてくる。
飛んでる影だけでもうるさいなあいつは……。
ドラゴン2頭がガララの周りをクルクルと飛び回って空への仲間入りを歓迎した。
「えー何アレー? もしかしてオザダー?」
声が聞こえてやっとササとアデギウスが来たことに気づいた。
「ガララって飛べるんだ……かっこいいな」
3頭がじゃれ合いながら降りてくる。
俺以外にも人がいることに気づいたオザダが気まずそうだ。
「すごいじゃんガララ。スキルなのか?」
「いや、カラビウのこれの力のおかげだ」
ガララから降りたオザダが早々にガラスを取り外そうとする。
「えー、取らなくていいよー! ガララに付けておこうよー!」
「だがカラビウの……」
「良いって良いってー、アイツに持たせてても宝の持ち腐れだしさー。馬に馬付いてるの可愛いしー」
「うん、似合ってるよな」
二人に褒められ撫でられて、ガララはとても嬉しそうだった。
そしてカラビウは折角今日手に入れた戦利品を湯あたりでボーっとしている間に手放すことになったのだった。




