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団体客

「入ったって……ナイトメアが?」

 フィリーアがジェイマーの後ろに隠れた。……俺と目を合わそうとしない。

「俺と一緒に行動してたろ? 一体いつ……」

「さっき1班のテントの所で。中で待ち伏せされてて」

「1班という事は、騎士団長がいたテントか。そいつが騎士団長を操っていた確率が高そうだね」

 害がなさそうだと判断したのか、ロディが再びぐいぐい近づいて…こっちは俺と目を合わせようとしてくる。

「で? 赤い翼は出なかったのかい?」

「あ、どうだろう。多分出てない……かな?」

 マグマの方を見ると、

「出てない」

 と答えた。

「出てないって」

「ふむ。では『命の危険はなかった』という事だろうか」

「さぁ……わかんないけど」

 そもそも俺はその翼を見たことが無いし。

「つーか、入ったって何? いまそいつどこにいるんだよ」

「わかんないけど……甕、かも?」

「……縛るか」

 ジェイコフが腕組みしながらこちらを睨んでいる。

「……その必要はなさそうですが」

 ロディがその一言に不快感を顕わにした。

 一瞬にしてその場にピリ付いた空気が漂う。

「今はなにも変化がなくてもこの後何をするかまでは分からん。ひとまず拘束して、中で魔物がどうなっているのかは王宮に戻って調べよう」

「お断りします」

「ロディ!」

「ナイトメアが体に入った? あり得ませんよ。どこに証拠がありますか? 誰が目撃していましたか? 彼はよく嘘をつく子供なんです。小さい割によく頭の回る子ですが、それだけです。大人の気を引きたいだけの嘘を信じないで下さいよ」

 俺の肩を掴んで振り返らせる。そしてマグマに乗れと背中を押す。

「……王宮の研究機関を信用できないならメルシアを呼ぼう」

「どうしてもと言うのでしたらその方向でお願いします。もともとはメルシアさんが彼を見るという話だったのに先延ばしにしているんですからね」

「……」

「……話している間にもう撤収作業も終わりそうですね。すみませんが俺たちもこれで失礼します」

 ロディの言葉から冷たい怒りを感じる。その場の皆がそうだったのか、誰も口をはさめなかった。



 行こう、というロディに従って、俺たちは早々に湖から離れた。ロディは、俺の後ろに乗っていた。

「大丈夫だったのか、ジェイコフにあんな態度をとって」

「あんな態度って? 普通だったろう?」

 どこがだ。

「気にしなくていい。あの人は俺が不機嫌になった理由を知っているから」

「そうなのか?」

「ああ。…そんな事よりナイトメアだよ。中で暴れたりしてないのかい?」

「ないよ。どこにどうなったのかも分からないんだってば」

「見たかったなぁ……。折角君を連れて来たのに、大事なところを見逃すなんて悔しいよ。これからはもう一時も目を離さないようにしないと」

 それで俺にくっ付いているのか……。これからずっと? ……勘弁してくれ。

「ロディ、このまま真っすぐチルチットで良いのか?」

 アデギウスが横に付けてきて、目的地を確認する。

「ああ。でもごめん、距離感がイマイチ分からないんだ。どこかで一晩越すことになるだろうか?」

「そうだな、村の少し手前に低い山があるんだけど、温泉宿があるからもし泊まるならそこが良いかもな」

「温泉! 僕温泉初めてだよ!」

 まだ黒く染まったままのカラビウがフワフワと舞って喜びを表現する。

「では目的地をそこにしよう。何部屋取れるかで部屋割りを決めようね」

「ああ」

「部屋割り?」

「……」

「……」

 ジェイマーとオザダは何も答えなかった。



 細い川と林を抜けて山を上がり、目的の宿に着いたのは夕方近かった。

 玄関先で従業員の女性が俺たちが来るのを薄い笑みで迎える。

「何部屋か空きはあるでしょうか?」

「すみません、本日はもう大部屋一つしか空いていないのですが」

「大部屋? とは?」

 耳なじみのない言葉だったのか、ロディが聞き返す。

「20名様ほどが横になれる仕切りの無いお部屋です。寝具のご用意が無く、弾力のある藁を編んだ床にそのままお休みいただく形となるのですが」

「なるほど。ではドラゴンと馬も入れますね」

「え? いえ、厩舎はあちらにご用意しておりますので……」

「そうですか。……みんな大部屋というものらしいけど良い?」

「いいでーすぅー」

 ササが手を上げて賛同する。それに倣って次々に手が上がる。

「ありがとうございます」

 女性は壁に吊るしていた『空室あり』の木札をひっくり返し『本日満室』の文字に変えてニッコリと微笑んで館内へ通してくれた。


「うわー、ホントに広いねー」

「そう?」

「そうかなー」

 流石に豪邸住まいの二人はあまり衝撃を受けていないが、家具が置かれていない大部屋はとても広く感じる。

「お部屋に入る際は素足でどうぞ。こちらに部屋着もご用意しておりますのでご利用ください」

「っと」

 そのまま入っていこうとしていたロディが慌てて上げた片足を部屋の外へ戻す。

 履物が一番脱ぎやすかったジェイマーが最初に部屋に足を踏み入れた。

 足を乗せた箇所がやんわりと沈み込んで、衝撃を吸収しているようだ。

「お。おお? なんだこの踏み心地……」

「わ、フワフワだよ~、早くおいでよササ姫!」

「うぅ~靴が脱げない~~」

「手伝いましょうか姫」

「お前は要らん~~!」

「……これは、なかなか良いね」

「オザダどうしたの?」

「……少し心もとない」

「もしかしてオザダは浮遊感とか飛ぶのとか苦手なのか?」

「いや……」

「そんなことないよ。飛ぶのも好きだよ。な?」

「……」

 ガヤガヤと部屋に上がり込み、柔らかい床を楽しむ。

 結局ササは絡まった靴ひもを解くことが出来なくてキンが手伝った。

 装備を全部外し、用意されていた部屋着に着替える。

 柔らかくゆったり作られた服はとても着心地が良い。

 部屋に運ばれてきた食事は手が込んでいるものが多くて美味しい上に、食べているだけで疲労軽減の感覚を覚えた。聞くとここの温泉を使っているそうで、早速フィリーアがボトル詰めで販売されているその温泉水を50本購入した。


「温泉に入ろう!」

 全員でぞろぞろと部屋を出る。エントランスを横切り、別棟の階段を下ったところに大浴場の入り口があった。

「フィリーア行こうー」

「うん。あ、ほらキンちゃんも」

「はい」

 キンも入るのか。そして女子にカウントされるのか。

 と何気に見ていると

「ルイス君もこっちに入りたいのかなー?」

 とササが茶化してきた。

「ち、違うけどみんなが良いって言うなら……」

「言うわけないでしょ、ルイス君の中身はもういい大人なんだから! ササ姫も変な事言わないの!」

「残念だったねールイス君ー」

「うん残念。ごゆっくり」

 女性陣と別れ、少し離れた男湯の入り口ドアを開ける。

 脱衣ルームには置かれた衣服がなく、利用者はいないようだ。

「気兼ねなく入れるね」

「ああ」

 気兼ね、という言葉を知ってるかどうか怪しいロディはさっさと服を脱いでガバっと浴室へのドアを開ける。

 一気に湯気が流れ込んできて視界が白くなる。次第に靄が落ち着き、浴場の様子が見えてきた。

 広い洗い場も浴槽も木で造られている。かけ流しの温泉は湯量が豊富で勢いよく音を立てていた。

 タタタタタ、とロディが浴槽に駆けていき、ポーンと湯舟の上に跳びあがる。

 そしてザッパーンという音とともにお湯が波になって浴槽から溢れ出た。

「行儀悪……」

「うわー、ダメな大人を子供が冷めた目で見てるよ……」

「新入り君達よく見ておけ、あれがうちのリーダーだ」

「なるほど、温泉はああやって入るものなんだね!」

「……」

 騒がしいのが何名かいるが気にしないでおこう。

 かけ湯でざっと体を流し、熱い源泉が出て来る湯口から少し離れたところに浸かる。

「ふぅ~……」

「入り方がオッサンだな」

 横にジェイマーが入ってきた。

「ここで酒も飲みたいくらいだよ」

「そりゃいいね」

 オザダとアデギウスは先にしっかり体を洗いに行ったようだ。

 ロディとカラビウはお湯を掛け合って遊んでいる。

「今日は働いたな」

「師匠こそ、指揮官みたいでカッコよかったっすよ」

「ホントか? やっぱそういう才能あるんかなオレ?」

 軽い会話をしながら、体と頭の疲れがほどけていくのを感じる。

 何百人もの軍と一緒に戦ったのももう昔の事のようだ。

「ちゃんとさ」

 ボーっとお湯に全身を委ねているとジェイマーが呟くように話しかけてくる。

「……ん?」

「ルイスの今までの人生でさ、『このために自分は生きてきたんだな』って思う事って有った?」

 ちょっと真面目モードだろうか。

「なに? 俺が全部の人生で適当に生きてたと思ってる?」

「そーじゃねーよ。……なんつーかな、この先勇者になったとして、それで達成感得られるんかなーとか、なんの意味があるんかなーとかな」

「それ、今日のどの辺で思ったわけ?」

「……ジェイコフ様がなぁ」

 俺を縛ろうとしてロディを怒らせてた人な。

 ナイトメアをぶちのめしてる時はスゴイ迫力だったな。

「ナイトメアを追いかけるためにズルズル現役続けてた人がだぜ。諦めて一線を退いたと思ったら自分で倒せるチャンスが巡ってきて」

「良かったじゃないか」

「でもあの人、それをやり終えちゃったらもう何も無いんじゃないかなって思ってさ。復讐は終わっても家族は戻ってこないわけだし。これから何を目的に生きていくのかなーってな」

「難しいこと考えてるな」

「どんなにいま頑張ってもさ、もしかして引退後って虚しさが勝つのかもな、って思うと切なくない?」

「……老後ってさ」

「老後?」

「まぁ結局のところその人の置かれてる環境によるんだろうけど、俺の場合はだいたい年を重ねると考え方がちょっと変わってくる」

「どんな?」

「若いときは何でも出来る気がするから色々背負い込もうとする。人の為に頑張ったり自分の為に全力出したりも出来る。でも年を取るとさ、全部重いんだよ」

「重い」

「単純に自分の体を動かすのも重くて億劫になるし、新しく問題事を自分から抱え込むのも出来れば避けたい。思い出だけに縋っていたい。生きてることの意味とかもうどうでもいい。安らかに逝きたい」

「おい」

「だから俺の場合だってば。……まぁあの人は引退したと言ってもまだ動ける年だからそこまでじゃないだろうし、何もやることが無くなったからって人生が終わったとかまでは思ってないんじゃないかな。やっと一つ重たい荷物を降ろせた、くらいだと思うよ」

「そういうもんか」

「細かく言えばナイトメア、俺とカラビウのせいで全滅はしてないから生き甲斐が全くない訳でもないだろ。メルシアを引っ張って来るとか言ってたしさ。まだ島の方も見て無いし、理由付けて色々やろうとすれば色々出来るし、落ち着こうと思えばすぐに身を引くことも出来る」

「まぁな」

「だいたいさ、ジェイコフは復讐を成し遂げられたけど師匠は死ぬまで復讐する相手がいない人生かもしれないだろ? 誰かの生き方を参考にしても出会う人も起こる事も全部違うんだから自分に当てはめようとしても無理なことだからな?」

「うん、それはそうだ」

「考えて踏みとどまるのもそれはそれで人生だけどさ。二の足踏んでる時間があったらとりあえず進んじゃうっていうのもありだよ。俺もあれこれ試してきたけど本当に思い残すことがなく死ねたのなんて1回…か2回か? ってくらいだしさ」

「少ないな」

「はは、半分以上は殺されて終わってるから」

「笑って良いか分かんねーんだけど……」

「なに話してるんだ?」

 アデギウスたちがやって来た。

「ジェイマーの進路相談」

「と、ルイスの昔の話」

「へぇ? 面白そうだね。俺も聞きたい。」

「そうだな」

「ああ、けどまた今度な。ルイスが浸かりすぎて真っ赤だ」

「やっぱり? なんかボーっとするなと思ってたんだ」

「平気か?」

「うん、みんなも風呂の中で難しいこと考えない方が良いぞ」

 と言いながら湯船から出るときにまだバシャバシャ騒いでいる二人が目の端に入ってくる。

「アレを真似しろとは言ってないからね」

 念のため釘を刺し、温泉よりも低い温度のシャワーを浴びてから俺は一足先に風呂を出た。

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