吸収
「せーのっ」
3箇所目のテントを片付ける。
既に俺たちはコツを掴んだ。
セシルとマグマが布の内側の両端に潜り、頭で押し上げるように急上昇すると布が上手い具合に舞い上がって中心の柱の上で三つ折りが出来る。
帯の形になったその布をセシルがもう一度潜って背中で掬い上げ、完了。次のテントへ移動する。
「何枚くらい担げそう?」
「重さはそんなに無いんだけど潜るとき地面に毎回擦れるからそれでずり落ちそうだな。半分くらいで一回置きに戻りたいかも」
言われてみればセシルの尻尾がクイッと上がって布が動くのを食い止めている。
「わかった」
そうして順番に片付けていき、9枚目の布をセシルが乗せたところで一度キンの所へ持っていくことにする。
「俺たちは次のテントで待ってるよ」
「ああ、すぐ戻る」
アデギウスとセシルが黒い布をはためかせながら飛んでいくのを見送り、マグマから一旦降りる。穏やかな湖に目を移して一息つく。
「…この辺りからが戦場になったんだな」
修繕作業をする戦士たちがナイトメアや自分たちが地面にあけた穴を見つけては手際よく土を入れて均していく。
「そう言えば、お前の変な感じはどうした?」
「さっきまではたまにしてたけど今はしない」
何を感じていたんだろう。
「ナイトメアっぽい?」
「うん。多分」
「島の方からとか?」
マグマが鼻を上げて周囲を探る素振りをする。コイツの魔物を察知する器官は鼻なんだろうか。
「…わかんない。今は全然感じないから」
「そうか」
さっきと何が変わっただろう。
黒い雨を浴びた人が居なくなったから?
それとも修繕が進んだから?
「また何か変になったら教えろよ」
群れの対応はひと段落ついたみたいではあるけど、どうもまだ解決では無いみたいだからな。
橋が落とされた湖に浮かぶ島……。折角綺麗な景色なのに、もしかしたらあそこが魔物の巣窟かもしれないと思うと途端に不気味に見えてくる。
戦力が足りない今は触れない方が良いんだろう。
早々に撤収して軍を立て直すのが最善策だというジェイコフの考えは正しいと思う。
「さて次は1班のテントだな。アデギウス達もすぐ戻るだろうし、先に中に置き忘れ品が無いか確認しておこう」
「わかった」
テントの布の端に手を掛け、めくりあげ……ると
「いた!!」
マグマが叫んだ。
遅い。
もう、目が合ってしまった。
真っ黒の瞳が俺を見た。
そして、俺の中にナイトメアが黒い光となって入り込んでくる。
変なスキルを使わなければ可愛い馬なのにな。
ああ、アデギウスが来たら驚くだろうな。
やっぱり単独行動は危険だ。
せめてこのテントの入り口を開けたままにして気付きやすくしておきたいけど。
マグマ、気を利かせて危険を知らせに行ってくれるかなぁ。
もし一緒に洗脳されたら厄介だな。コイツ強いしな。
……
……
……
精神支配って、意識を失うんじゃないのか?
目の前の景色が変わらないんだけど。
ナイトメアがいなくなったテントの内部。
自分の手、足、頭も動かせている。
結構時間掛かってるけど、俺、いつ人を襲うんだ?
! これがもうナイトメアに見せられている風景ってことか?!
洗脳される前後で視界が全く変わらないなんて……。
俺は一体このあとどうやって人に襲い掛かるんだ?
「なぁ」
……マグマ。
なんでそんな驚いた顔をして俺を見てるんだ。
俺は今、何をしてる?
…もしかして武器を持ってお前に襲い掛かろうとしてるのか?!
両手には何も持っていないように見えるのに、本当は新品の貰ったばかりのレイピアを握っているのか?!
「なあ」
無いとはわかってるけど、フィリーアが製作に失敗しててくれないかな。
剣を突き刺したらあんまり細すぎてポキっと折れるとか。
「なあってば! ルイス!!」
「なんだよ叫ぶなよ! 今どうすれば良いか考えてただろ!」
まったく、こんな時にまで緊張感のない…………
……。
「俺今普通にお前と会話してるか?」
「してる」
「……っていう幻を見せられてるのか?」
「?」
「ナイトメア、いたよな。さっき。」
「いた。お前の中に入った」
「入った?」
「お前が吸った」
……吸った?
「俺にナイトメア入った?」
「入った。そしたら変な感じ消えた」
ナイトメアが俺の中……。
……。
うーん……。
「お待たせ! ……どうした?」
アデギウスが戻ってきた。
「俺普通に見える?」
「? 普通の子供ではないと思ってはいるけど。何?」
「うん……なんか馬を一頭吸い込んだらしくて。この後どうなるんだろうって」
「…? なぞなぞか何かか?」
急に変な質問をした俺を不思議そうに見ているけど、それ以上の反応はないみたいだ。
周りで作業してる人たちも誰も何も気にしていないみたいだし……。
「……大丈夫かな。うん、大丈夫。何でもない。続きやっちゃおう」
「ああ」
考えるのをやめてアデギウスとテントの中に入ろうとしたとき、遠くで誰かが叫んだような声が聞こえてきた。
「……なんか騒がしいな?」
どこからだろうと見渡すと、どうもジェイコフの周りに人が多く集まっているようだった。
「さっきは何にもなかったのに」
近くにいたワフやフィリーアも手を止めて話を聞いているようだ。
「戻ってみる?」
「そうだな、念のため」
近づいてみると、ジェイコフの会話相手は息を切らして青ざめた魔法使いだった。
……この人確か20班の……。
「ひとまずは、住民を集めた一角は護っていますが、避難させるには人数が足りず、応援を……」
「分かった! ……集合! 全員至急この場へ集めろ!! 緊急!!」
「は、はいっ!!」
丁度近くを巡回していた竜騎士達が慌てて速度を上げて散り散りに飛んで行く。
「何か起きた?」
アデギウスがフィリーアに声を掛ける。
「騎士団長がイド村に現れて、村を襲ってるって」
「え?!」
「全然会話ができないんだって。ナイトメアは目撃されてないみたいだけど、どこかにまだいるのかも……」
不安げなフィリーアとは違って、ワフは少し嬉しそうだ。
「最後の一頭かもしれないから出来るだけ綺麗な状態で仕留めてくれないか? あんまりいい状態の素材が採れてないんだよ」
「そんな場合じゃないだろうが!」
ジェイコフが怒鳴る。ワフはわざとらしく首を竦めた。
「俺たちが先行しましょうか?」
ロディが提案するがジェイコフは首を横に振った。
「ナイトメアが何頭いるかもわからない。転送してきた瞬間を狙われているかもしれないし、向かうなら班は複数で……」
と話し込んでいる所にもう一人魔法使いが転送してきた。
「報告しますっ、ジョセフ団長が正気に戻り、襲撃が止まりましたっ!」
「なんだと?! 誰かがナイトメアを倒したのか?!」
「い……いえ、それが、周囲にナイトメアは見当たらず……」
「……村は?」
「家屋数棟が全壊、教会が半壊しましたが住民、兵士ともに怪我はありません」
それを聞いて大きく息を吐いたのは先に飛んできた魔法使いだった。
「す、すみません……不安だったもので……」
報告の任務だからとはいえ自分だけ戦場から離れることに負い目があったのだろうか。
二人の魔法使いが目を合わせ、小さく頷いて笑みをこぼした。
「……とりあえず分かった。お前たちは兵を連れて村へ戻り修繕を急げ」
「分かりました!」
二人の魔法使いと集まった兵士数十人がイド村へ転送していった。
「俺たちもここが終わったらイド村に向かう。急いでくれ」
「はい!」
残った兵士たちが再び持ち場へ戻っていく。騎士団長が見つかったと聞いたせいか、皆表情が柔らかくなったようだった。
「では俺たちも片付けてしまおう」
「ああ」
ロディが柱の撤去に向かおうとガララに乗り込む。
「それにしてもこのタイミングで洗脳が解けるって何だろねェ?」
ガララに続くためジェイマーはササに摑まって飛行移動を待つ。
ササが本を開きながら何ともなしに答えた。
「どこかでそのナイトメアが死んだんでしょー」
「あ」
「あ? て何だよ、ルイス」
小さく漏らしたはずの声をジェイマーは聞き逃さない。
「お前、また何かやらかしたのか?」
「やらかしたっていうか……」
「なんだい? 俺が見ていないところでイベントを起こしたのかい?」
走り出そうとしていたガララが止まり、ロディが降りてくる。
「ルイス? 危ないことしたんじゃないわよね?」
一斉にみんなが怖い顔をして俺に詰め寄ってくる。
「いや、なんか俺もあんまりよくわかんなかったんだけど……」
「何があった?」
「……さっき、一頭俺の中に入ったらしくって」
「……」
「……」
「……」
至近距離にいたみんなが、一斉に一歩後ずさった。




