父の交渉術
王宮に近づくと、周りには大きな建物が増えてくる。学校や資料館など、公共の施設が多いようだ。
「…ルイスは、その、本当に魔物と戦いたいのか?」
アレクシスの視線の先には一般学校の校庭で遊んでいる子供たちがいた。
「うん、がんばる」
「…そうか」
「うん」
そこからしばらくアレクシスは無言だった。
色々考えるだろうな。
俺もそうだった。
息子が仕事で家を離れるときも、娘が嫁いだときも、喜んで送り出したい気持ちと手元に置いておきたい気持ちが交錯するんだよな。
今俺が旅に出たら、この夫婦はどうなるんだろうな。元々仲がいいからあまり変わらないだろうか。案外、早いうちに俺にも兄弟が出来るかもしれないな。
王宮に近づくと、アレクシスが歩きながら建物について説明してくれた。
中心の高い建物が王の住む王城。周りを囲むように配置されている円形の建物が王宮。中には国政を担う機関のほか、退魔職毎に『戦士担棟』『弓使い担棟』『魔法使い担棟』『騎士担棟』『技工士担棟』『勇者担棟』の各施設等が入っている。
丁度俺たちが歩いてきた道の正面に位置する勇者担棟には専門職の学校が併設されていないかわりに退魔師組合が入っており、そこで旅の仲間を探せるのだそうだ。
各退魔職担棟へは出入り可能だが、王様の居住区である王城に入るためには事前の許可証入手と細かい入館チェックが必要になる。
不正にエリア内に侵入しようとすると魔法使いが張った結界に触れて大怪我をするらしい。
俺たちは勇者担棟を左に見ながら戦士担棟を通り過ぎ、弓使い担棟の前まで来て足を止める。
「退魔職担棟へ延びるそれぞれの大通りは、その職に必要な店が並んでいるんだ。さっきは『勇者への道』で、こっちは『弓使いへの道』という名前がついてる」
「わかりやすいね」
「国の中心だからな。」
通りには弓の店が並んでいる。観賞用、初心者用のセットに実践用。弓も矢それぞれの専門店もある。照準器や、鏃に塗るための毒を置いている店もあった。しかし、通りに広く面積を取っているのは弓場だった。
買う前に試し打ちできるようにという配慮らしい。
アレクシスが一軒の店の前で足を止める。店先に弓が何点か飾られていて、そのすべてに見覚えのある竜の彫り込みが入っていた。
「いらっしゃいませ」
俺たちに気付いて奥で作業していた店主が出てきた。
「一式揃えたいんですが」
「ありがとうございます。どうぞご覧ください。失礼ですがお客様はランクは如何程で?」
「一番良いものを見せてください」
「…は?…ええ、もちろんですとも。どうぞ」
弓と言っても材質や形が様々だ。専門分野ではない父には、恐らくその良し悪しは見分けられていないだろう。
店主はアレクシスを訝しみつつも、店の奥へと迎え入れてくれた。
「うちも割と有名な退魔師の方々に贔屓にしてもらってるんですよ。マーコッケ様とかドドルグ様とか…少し前ですが勇者ロロック様とご一緒だったメルシア様という方もウチの弓をご愛用で」
なるほど、見覚えがあるのは我が家にこの店の弓があったからか。納屋にあるあれはメルシアが昔使っていた物だったのだろう。
「そうでしたか。それなら品質は安心ですね」
「もちろんですとも」
アレクシスは敢えてメルシアの親族だということを言わないようだ。なぜだろう。名前の通った人物との繋がりを知ってもらった方が値引き交渉が楽そうなのに。
「しかしメルシア様は黒魔法使いでしたよね。弓は補助的な武器だったでしょうし…さほど詳しくないのでその他の方々のお名前は存じませんが」
「む…」
…何事だ?
アレクシスの言葉が捻くれているように聞こえるが…。
「そういえば大魔導士メルシアは再び旅立ったそうですね。今回もこちらで弓を準備なさったのでしょうか?」
「それは…」
「まぁ出立は慌ただしかったとも聞きますし、万全の準備が出来たならば間違いなく来店されたのでしょうね」
「もちろんですとも。お時間があれば是非ともうちで新調されるべきでした」
店主がオーバーに頷いた。
「もし彼女がこちらの弓を使っている他の退魔師に出会ったとしたら、出立前にこちらで弓を買わなかったことを後悔されるのでしょうね」
「もちろんですとも。言うなればこちらの品ですが」
足早に店主が向かったのは一番目を惹くガラスケースではなく、店の更に奥。鍵を開けた音がしたと思ったらすぐさま弓矢を抱えて戻ってきた。
「どうぞご覧ください」
「ええ」
「最近発見された軽くて丈夫な材質で作っています。さらにSSランクの魔法加工で捕捉と自動修復が付いているんですよ」
魔法加工は魔法の効果を装備品に付加することで、魔法使いや技工士の仕事だ。効果付加という魔法書と、付ける効果の魔法を同時に発動させ、装備品に練り込む。
効果の期間は付加した者の魔力量によって異なり、効果の発動には装備者の魔力が一定量消費される。
「素晴らしいですね。激しい戦闘にもってこいだ」
「更にこちらが特製の矢です。自動修復に自己回帰が付いて大事な場面での矢不足の心配がありません。しかも誘導までついている優れものです」
「至れり尽くせりですね。でも魔力を随分と消費しそうです」
「出来が良かったので魔法加工も奮発したんですよ。最高ランクならこの程度の魔力消費は問題ないでしょう。Aランク程度でもアイテムで回復する手間を差し引いても戦いが楽になるはずですよ」
「なるほど。使い手がメルシア様のような魔法使いなら更に勝手が良さそうですね」
「まさに。あの方がいらっしゃったら一番にお勧めするところです」
「どう思う? ルイス。喜ぶと思うか?」
「え…わかんないけど…多分?」
「ではこれをお願いします。それとこの子用に同じ材質で付加が何もついていない小さいサイズの物はありますか?」
「え? ええ。こちらがいくらか小さめで魔法加工が付いて無いものですが・・・」
「僕の?」
「そうだよ。すみませんがこの子に試させたいのですがいいでしょうか」
「もちろんです。…が、あの、恐れ入りますがこちらのご購入にはランク証のご提示が必要でして…」
「ルイス、バッジを見せてあげなさい」
「うん。…お願いします!」
「…?! 勇者のバッジ?!」
勇者はパーティを組む時には必須の職業で、メンバー全員の統率を図る役割を担う。資金や装備品の管理も行う勇者には購入制限がかかっていないのだ。
「こちらの逸品は贈り物なので簡単に包んでいただけますか」
「あ、…はい、かしこまりました。お試しの間にご用意しておきます」
「ありがとうございます。行こうルイス」
弓場で的に数本の矢を射る。弓を持つのは初めてではないのでしっかりと的に当てることが出来た。それにしてもこの子供の体形でも使える軽さには驚いた。店主が言うだけのことはある。
すぐに店に戻って全ての会計を済ませ、俺は『俺の弓』を右肩に掛け、アレクシスは『貢物』を背に掛けた。
店主には最後までメルシアとの関係性を教えなかった。
「うちにあるのは先代の作った弓なんだ。多分息子のあの人も腕はかなり良いんだろうけど今後メルシア様がこの店を贔屓にするかわからないのに繋がりがあると思われたらちょっと面倒だろ」
「そうなの?」
「そういうもんさ。この町で会う度に『何か仰ってましたか?』『新しい弓はご入用ではないでしょうか?』って」
「ふーん」
有名な退魔師が愛用した武器屋、か。相当な宣伝効果が有るということなんだろうな。
「しかし弓はどれも一緒に見えるなぁ。もし勧められたのが粗悪なものでも気付かずに買いそうだ」
「そうだね。でもこれホントに使いやすいよ」
「それはよかった。おばあちゃんの知名度に感謝だな」
俺たちは顔を見合わせてうんうんと満足したことを確認しあった。