雨
「見てください姫! 僕が捕まえましたよ!」
「あーホントだねー。頑張ったねー。」
まるで子供が初めて捕まえたバッタを母親に見せているような光景だ。
「中で生きてるの? 何に使うの?」
「これを持っていると中に閉じ込めた魔物の補強効果スキルを使えるんだよ。ナイトメアが持っていそうなのは飛行とか…精神攻撃無効化とかかな?」
さっきまでは走らなければ移動出来なかったカラビウが、得意気に飛行移動して見せた。
「それ! もしかして魔力消費は…」
「うん、普通に吸われちゃうよ」
「………へぇ。」
さて、次の馬の対応に行くか。
「えーっ? 興味なしなの?」
無いのは興味じゃなくて魔力だ。
「じゃあカラビウはそのまま飛行で行けるってことで…アデギウス、ごめんな気付くのが遅れて」
「いや、叫んでもらって助かったよ。それにキンさんも…ありがとう」
人型で肩にちょこんと座っているキンが両手に握りこぶしを作って天に向けて突き上げた。
「ボクは役に立てました」
「ああ、本当に」
「どんな奴でもドンと来いです」
小さいのでいつも以上によくわからないが、キンは感謝されたことに興奮しているようだ。
「じゃあ進もうか」
「何度も洗脳される人がいるねー」
地上を見ていたササが何人かを指差す。
「あ、あそこ何頭かで囲い込みしてる。強い人を狙い打ちしてるのか?」
「村人もまだ剥がれないな。解放された人を待ち構えて連れ戻してるみたいだ」
ナイトメア達は人材を選別して洗脳を掛けて駒にし始めたようだ。
身を守る盾を切らさないように機動力のある騎士たちへ速度上昇の魔法を掛けて村人を攫わせ、取り戻そうとする討伐軍へ対しては容赦なく攻撃を仕掛けさせていく。
「復活してる人数は多いはずなのに防御するだけで上手く攻められてない感じー?」
「いっそ一番向こうまで行ってみようか。挟み撃ちにすればもう少し効率が良いかも」
俺の提案にアデギウスも同意した。
「そうだな。あの一番後ろの奴らはこの辺よりも警戒心は薄いかも」
操られている軍の最後尾側には退魔班長の戦士がいるはず。正気を取り戻してくれれば勢いづくかもしれない。
俺たちは一旦戦場を湖と逆の外側にずれて、点々と並ぶ黒いテントの背後を回るように移動する。
「そういえば騎士団長が見当たらないよな」
取り仕切る人間が不在の戦いがこのまま上手くいく気がしない。早く戻ってもらいたいのだけど。
「その班の騎士達なら見かけたけどな。まだ精神支配は解けていなかったぞ」
切り札として後方に備えさせているのだろうか。
だったら後ろのナイトメア数頭をやれば一気に軍のツートップが戻ってくるかもしれない。
気付かれないように大きめに回り込む。
予想通り前方より警戒が薄い。一番はこちらには村人が付いていないことだ。
「まずは手前二つ行こう」
タイミングを合わせて二人が転送を掛ける。距離も離れてしまったため、向こうで処理した音は爆破の土煙が見えて数秒してから聞こえた。
こちらへ注意が向かないうちにササがもう2頭、カラビウがもう1頭飛ばす。
洗脳の解けた兵士たちがざわつき出したのを見て、ここにジェイマーがいないことに気が付いた。
「みんなに指示を叫ぶ役がいない!」
「ルイス行けよ」
「俺は子供なんだよ! 普通の大人は聞いてくれないだろ!」
「ねー、あれ退魔班長じゃないー?」
ササが指を差す。
「どれ?」
「ほら、あのナイトメアの真後ろ」
よくよく見ると前に進もうとギュウギュウに詰まっている人達の中に他と少しデザインの違う鎧を着た男が何か周りに叫んでいた。
「姫って目茶目茶目が良いんだな」
「色々見えないと困るもんー」
ああ、小っちゃい虫とかも見つけて騒ぐもんな。
見えなきゃ騒がなくて済むのに可哀そうに。
「呼びかけてもらうようにレック様に頼んでくる」
「急いで、残りの奴らが気付いた」
「ああ」
セシルが滑らかに降下していく。
レックの真ん前にいたナイトメアが振り向く。
「時間停止掛けます!」
カラビウの魔法でナイトメアと周りに跳んでいる竜騎士たちの時間が止まる。
「それ何秒行けるヤツー?」
「40秒です」
「了解ー。4倍掛け掛けるよー」
ササがナイトメアに向けて魔法を放つ。
「4倍掛けとは! さすが姫様!」
多分スゴイ魔法なんだろう。見た目は変わらない。
アデギウスがレック退魔班長の元にたどり着く。レックと、それに気づいた周りの兵士数人も一緒に人の波に逆らって立ち止まり、アデギウスの話を聞いている。
「あ、散らばった」
兵士たちが横に散らばり、兵士たちになにやら呼びかけ始めた。
それを確認してアデギウスがその場を離れる。
そしてレックが口を開いた。
「正気な奴は叫べー! まわりに黙ってる奴がいたら全員確保しろー!」
「うおおおおおお~っ!!!」
地鳴りのような叫び声が響き渡り、次々と洗脳された人々が拘束されていく。
ナイトメアに近接していたドラゴン達も屈強な戦士たちによって縛り上げられる。
「時間内ー」
時間停止で動けないままナイトメアは処理班の元へ送られていった。
「レック班長凄まじいな」
雄叫びを上げながらまだ洗脳されている兵士だらけの中をズンズン進んでいくレック。ナイトメア達がその動きに気づいて集まってくる。
直進で突き抜けるレックに合わせて馬たちが角度を変える。攻撃の照準を合わせているようだ。
「マグマ、もしあの黒炎が出たらすぐに水な」
「わかった」
残り6頭。奇しくもそれらが囲んだ中心の地点にレックが差し掛かった時だった。
ナイトメア達は同時に高度を上げ、二本足で立つように前足を天に掲げる。
「なんだ?」
「こんな動き初めてだ」
「見てたらだめだよー! カラビウ転送っ」
ササに怒られた時にはもう遅かった。
「あっ」
瞬時に竜騎士が俺たちとナイトメアとの間に飛び込んできて転送を阻む。
「もうー! 良いから全部飛ばしちゃえー!」
ササとカラビウがなりふり構わず転送の魔法を放っていく。しかし竜騎士たちがことごとく邪魔をした。
「空が…」
普通の雨雲とは明らかに異なる、真っ黒な雲が立ち込める。
そしてその雲から地上へと雨が落ち始めた。
「っ!?」
「うわぁああっ、なんだこれはっ?!」
兵士たちが一斉に混乱の声を上げる。
たちまち白の美しい王宮騎士団の装備が真っ黒に染まっていく。
「黒い雨?! 黒いだけ?!」
「まさか、何かあるだろ! 気をつけろ!」
雨のエリアに無暗に近づけない俺たちは、地上の様子を窺う。
真っ黒に濡れた兵士たちは雄叫びを上げるのをやめ、かわりにガシャンガシャンと金属の落下音が聞こえてくる。武器を手放している音、か?
そして、
「……え? 何…?」
皆が揃って湖の方を向く。
俺は何が起きるのか分からなかった。
でもササは気付いたみたいで、
「止めてー!!」
と叫んだ。
ボチャン。
ボチャン。
ドプン。
ザブン。
バシャ、バシャン。
ザパッ、ザパザパザパザパザバザバザバッ……
黒く染まった人たちが次々と湖に身を投げていく…。




