出立の準備
「よう、お疲れさん」
「うわ、ジェイコフ様?!」
突然現れた超有名人に、その場にいた退魔師達が沸き立つ。が、どうも陣中見舞いという雰囲気ではなさそうだと気付いてサッと両端に分かれて受付への道を作った。
受付の女性がニッコリと迎える。
「ご無沙汰してますジェイコフ様。また冒険に出られるんですか?」
「隠居ジジイはもう戦闘の勘が衰えちまって無理だわ。…ちょっと急ぎで人数揃えたいんだが直ぐに出られそうなSSランクはいるか?」
「そうですねぇ、勇者で言えばあちらのサハル、カバンナ、リンダンはSSランクの有望株ですよ。それと優秀なSSの騎士と戦士を抱えてる団がありますがリーダーはSです。他にも何人か依頼待ちがいたはず……SSだけ集めますか?」
「頼む。それと上の階を貸してくれ、責任者会議の前に打ち合わせしたい」
「わかりました。因みに、何が出たのかお伺いしても?」
流れるような会話を続けていた二人だったが、受付嬢の問いかけでテンポが崩れた。
「……ナイトメアだ。それも群れらしくてな」
「!!」
会話が聞こえた範囲から退魔師達がざわめき出した。受付嬢の表情も明らかに強張った。
「直ぐに準備します」
そう言って受付嬢はカウンター上に【休止中】と書かれたボードを立て、フロア中央へと移動する。
「只今王宮より緊急の討伐軍参加要請を受けました。これより軍の出立までは通常の受付業務は休止となります。今回の募集はSSランク限定………」
その場にいる退魔師たちが受付嬢の言葉に集中する。
「俺たちは先に上に上がるぞ」
ジェイコフの後を追ってカウンター脇の階段を上っていく。
「出たのは本当にナイトメアなんですか? 別の魔物との見間違いでは?」
席についたロディが早速ジェイコフに疑問を投げかける。
足をひろげて椅子に腰掛けたジェイコフは背もたれに体を預けて厚い胸板の前で太い腕を組んだ。
「……俺もそう思いたいさ。だがうちの修繕班や魔法使いが見た魔物の特徴はヤツそのものだ」
「暗黒の…?」
「ああ。『暗黒の色を纏った馬は軽やかに空中を駆け回り、対面した者全てに悪夢を見せる。その夢は血の雨を降らせ、生まれた池は死体の山に埋もれて枯れる』。西地区の湖に浮かぶ島と陸を結ぶ吊り橋で修繕要請があって、作業をしていたところへ突然周辺の村人らしき集団が武器を振り上げて襲ってきたそうだ。そしてその背後にはナイトメアらしき黒い馬が、確認できただけでも3頭はいたらしい」
「人間が操られていたんですか? その人たちは?」
「ナイトメアの精神支配が掛かった状態の人を一緒に連れ帰るわけにはいかない。修繕班たちだけどうにか距離を取れたところで緊急避難してきたんだ」
「そんな…じゃあもしかしたらその人たちはもう…?」
「わからん。橋を落としたのはおそらくその村人たちだろう。まだ利用価値があると思われていれば、まだ生かされているかもしれないが」
「魔物が…人間に利用価値…」
カラビウがブルっと体を縮めた。
「一頭ならどうにかなるだろうが、実際は何頭いるのかもわからない。こっちとやり合ってるうちに横から別のヤツの攻撃を食らったとなればもう終わりだ。出来るだけ人数を準備して行きたい」
「一度受けると一定時間解けない洗脳スキル…発動対象は単体だったでしょうか。とすれば攻撃を確実に入れるためにはそれ以外の役割も重要…それに…」
ロディは頭の中で戦闘イメージを膨らませているようだ。
「来てくれるか?」
「…わかりました。但し、うちはランク関係なく全員行きます」
「全員、か?」
ジェイコフが俺を見た。俺はロディを見た。ロディは俺とカラビウを見て、笑った。
「全員です。選抜で参戦するのでは今の俺たちにとって時間を割く意味がないので」
「という事で、出発の準備を頼む。夕刻には西地区への一斉転送に乗るからそれまでに足りないものは各自揃えておいてくれ」
「ナイトメアー…飛ぶんだっけー? こっちも飛空系の本を持ってた方が良いかなー」
「洗脳を解くアイテムが開発された噂は聞いてないし…何が必要かしら?」
「とりあえず俺は拘束ロープ付きの矢でも探してくるわ」
「拘束か! そうだね、人にも魔物にも使えるか! よし、時間までに色々作ってみるよ!」
「俺もガララの目を覆う馬具を探してくる」
ロディの指示を受けて各々に必要なものを調達しに出ていく。
「オレ、討伐軍に参加するの初めてだ…緊張する」
「僕もだよ…しかもSSランク対象が相手なんて…Aランクが何の役に立つっていうんだ」
残された新入り二人がどうすれば良いのかとオロオロしている。
その両者の肩にポンと手を置き、ロディが言い放った。
「大丈夫。俺の団には俺がいるんだから」
俺にはどういう意味か全く分からなかったけど、それを聞いた二人は落ち着きを取り戻せたらしい。
「そうだよな! 入団しての初仕事、頑張るよ!」
「僕も国の役に立てるように頑張るよ!」
「うん、頼もしいな。…じゃあ俺は責任者会議に出席してくるから君たちもこれで不足が無いように準備しておいてくれ」
ロディからアデギウスに調達資金の入った布袋が渡される。口を開けてチラっと覗いたアデギウスから「ぉお…」と声が漏れた。
「それとルイス」
「うん?」
「君はまだ魔力も腕力もないが俺は連れていくと決めた。どうしてか分かるかい?」
「…んー、まぁ何となくは」
「そうか、やっぱり君は面白いね。では皆をよろしく頼むよ」
俺の返答に満足したロディは一人王宮へと戻っていった。
そして残された俺たちは
「これってさ、今の支度に全部使っていいのかな?」
「えっ、まさか! 一年分くらいまとめて寄こしたんじゃないかい?」
「その軍資金に俺の分も入ってる流れだったかわかる?」
と、見た事のない大金に再びオロオロするのだった。
「ボクも武器を買いますか?!」
SSクラスが全員出かけてしまったので俺たちもマグマとキンを連れて買い出しに出た。
相変わらずキンが表情を変えないままやる気を見せてくる。
「キンは武器はなくても大丈夫なんじゃないかな」
「そうだよ。キンさんは無理しないで戦場からは離れたところで待っていれば良いよ」
あれ? まだキンのこと、バレてないんだっけ?
という顔でカラビウを見てみると、俺の気持ちを読みとれたのかニヤリと頷いた。
「むしろキン自体が武器だもんね!」
「? なんだその言い方。女の子に失礼だろ?」
「キンはキンなので失礼ではありません」
「キンさんは心が広いんですね」
「よくわかりません」
とりあえずカラビウとは意思疎通出来ないこととアデギウスはまだキンが金だと気づいてないことが同時に分かったので良し。
「なぁルイス、行くところに食い物いっぱいあるかなー?」
マグマに言われて少し考える。
討伐軍が一斉に動くとなればマグマの食糧確保の時間が確保できるとも限らない。
「討伐軍って食糧の支給はあるのかな?」
聞いてはみるが初参加だと言っていた二人はやはり詳しくなくて首を傾げる。
もしかしたら人や馬にはあるかもしれないけど普通は飯を食わないドラゴンの分なんてあるわけないしな。
「じゃあ何か買っていくか…。あ、でも運ぶのどうしよう。ねぇ、どっちかアイテム保管庫持ってたらこいつの食べ物入れさせてくれない?」
「ごめん、僕は魔法書用しか持っていないんだ」
「じゃあ俺の空きに入れても良いぞ」
「本当? ありがとう!」
アデギウスが申し出てくれた。セシルの腕輪も持ってるのにやっぱりアイテム入れも持ってるんだな。
いいなぁ魔力持ち…。
少し歩くと肉屋が視界に入った。
「マグマ、あれで良いよな? 一つ? 二つ?」
「二つ!!」
「ごめん、お金貰って良いかな?」
布袋を借りて肉屋に小走りで向かう。
「いらっしゃい。お使いかい?」
店先で猪を吊るして焼いていた店主が俺を見つけてにこやかに話しかけてきた。
「これを2頭欲しいんですけど、もう1頭ありますか?」
「ん? 2…切れのことかな?」
店主が子供の言い間違いかと笑う。たった2切れ貰っても何の足しにもならない。
「このサイズの猪を2頭買いたいんです。あ、べつに焼けてなくても2頭もらえれば良いんですけど」
じゃら、と金貨を十数枚手の平に積んで見せた。
それを見た途端に店主は店の奥に飛んで行き、平台車の上に足を縛った猪を2頭重ねて戻ってきた。
「ありがとうございます」
「こちらこそ、御贔屓に!」
すぐにアデギウスに収納してもらう。
食べ物を確保する現場を確認したマグマはご満悦だった。




