わんわん
掛布団に包まってなんとか敵の攻撃を凌いだアデギウスが、息を切らしながら這い出てきた。
「……へこんだ」
軽金属製だという装備は、犬に勝てなかったようだ。
牙がめり込んだ跡があちこちに残されている。
…そんな装備で魔物と戦ってて大丈夫なのか?
「ちょっと元気過ぎなんだよね、うちの子たちは」
犬たちはもう彼に興味は無くなったらしく、そのままベッドに寝たり隣の部屋に戻ったりそれぞれ過ごしている。因みに俺はまだハイテーブルの上に三角座り中だ。
「いや、そういうレベルじゃないと思う」
犬たちを警戒しつつ脛当てのへこんだ箇所を撫でながらアデギウスが真面目な口調で言った。
「……ひょっとして、何か混ざってるんじゃない?」
「……何か…とは?」
その質問にロディは明らかに動揺を見せた。
「『人間の生活圏において飼育が許可されている魔物は国の指定する種の純血でなければならない』『混血や、その他指定種以外の魔物については国の審査によって是非を判断するものとし、申請者はそれに従わなくてはならない』だよ。当然知ってるよね?」
「そっちこそよく知っているな」
「騎士は魔物と過ごすことが多いからその辺は他のクラスより勉強するしね」
「…………」
ロディはしばらく口を噤み、犬たちを見渡す。
「確かにこの子たちには『普通の犬』以上の力がある」
「危険な魔物の部類ってこと? けどメイドさんたちが普通に外を散歩させてるよな?」
以前見た散歩の風景を思い出す。
「ああ見えて彼女たちはAランク以上の騎士や戦士だ。何か起きそうになればすぐに対応する」
大きい犬たちのリードを一人で何匹分も捌いていた彼女たちが揃って手練れだとは。飼い犬の世話の為にAランクの従者…普通、ではないよな?
「ただ、この子たちは『犬』だし、『犬』として届けを出して受理もされている」
見える範囲にいる犬の中で一番小さな仔犬が、ロディの足にじゃれつく。それを救い上げて翳す。
「見てよ。こんなに可愛い『犬』だ」
「……まぁ見た目はそうだけど…そいつはまだ小さいし」
「ルイスも、怖くないだろう? 抱いてみてくれよ」
差し出された潤んだ瞳でこちらを見てる仔犬を無下にも出来ず、俺は両手で受け取った。
「な? 可愛い」
暗示に掛けるかのように『可愛い犬』を繰り返す。
……この子は確かに可愛いけど。
成長したらアデギウスを咬みまくってたデカいやつらと同じになるのかと思うと手放しに撫でまわせないというか…いや、小さいうちに懐かせれば後々も咬まれないで済むか。
「心配ない。今日一晩一緒に過ごせばお互いに近づけるよ」
…。
…えーと…。
「あの、もしかして今日泊まるのって…この部屋?」
「そうだよ」
「三人で?」
「そうさ。あ、でももちろんこの子たちも一緒だよ」
ロディが別の犬を抱き上げながら笑っている。そうか、客間は用意されていないのか……。
「アデギウス、は、その…聞いてるのかな? そういう話は……」
「そういうって?」
「ロディが寝るときは、その…」
「ああ、誰かが添い寝しないと寝られないってやつ? 聞いてるよ」
! そんなあっけらかんと?!
「良いの?」
「そうしないと駄目だって言うなら仕方ないだろ?」
…そっか、受け入れちゃうんだな…。
「『仕方ない』とは心外だな。親交を深める時間を設けるのは大事な事だぞ?」
「その理由付けはよくわかんないけど、俺は別に大丈夫だよ。どうせ一度寝ちゃうと何されてても気付かないし」
いや、だからと言って何をされても良い訳ではないだろうに…。
「それより寝てる間に犬たちに噛み殺されないかが心配だよ」
「大丈夫。俺が傍にいればそんなことはしないさ。さぁもう遅いからまだお喋りしたいならベッドに入ってからにしよう」
ロディが付けていた装備を外していく。
「ホントに大丈夫かな…」
チラチラと犬たちのポジションを確認しながらアデギウスも続く。
「ほら君も、いつまでもこんなところに座ってないで」
「わ」
ロディが仔犬を抱えたままの俺を抱き上げ、ベッドへ向かう。
「今日はルイスが真ん中だよ」
マットレスに膝がついた感覚が伝わってきた。
「あ、あの、俺は端っこに…」
「ダメだよ、犬たちが伸し掛かってきたら潰されちゃうだろ。俺たちが守ってあげるから」
ロディはとてもベッドの上とは思えない歩数を膝で進んでからやっと俺を下ろした。
すぐ横にアデギウスがいる。
装備……取らなきゃ駄目かなぁ…。
そんなことを考える間もなく大人二人の手が伸びてきてウエストポーチが外されブーツも脱がされる。
「え? いや、ちょっと!!」
一人じゃ着替えられない子供じゃないんだぞ!
ロディの手が服にものびてきたので慌てて裾を両手で抑える。
「だってナイトウェアに着替えないと」
「このままで大丈夫! 着慣れた服じゃないと気になって寝られなさそうだから!」
「……そう? アデギウスは?」
「あ、俺借りたい」
そして同じデザインのスルスルの寝間着を着た男に挟まれてベッドに仰向けに寝かされる俺…。
「さあみんな寝るよ!」
ロディの掛け声を聞いた犬たちが一斉に反応する音がする。
ベッドに飛び乗る振動。ハァハァと近づいてくる何十匹もの呼吸音。
いま足に濡れた何かが付いた! と思って頭を持ち上げて見ると犬の鼻だった。
そしてその犬はベロリと俺の足の親指を舐め、足の裏に体をくっつけるように寝る体勢に入った。
他の犬たちもどんどん俺たちの間の隙間を見つけては割り込んできて、結局二人との間には数匹ずつの犬が陣取った。犬たちにピッチリ体を寄せられてしまい、まったく身動きが出来ない状態だ。
「それ、そのまま寝るの?」
右側からアデギウスの声がする。
「えっと、…まぁ、とりあえず」
ずっと抱いていた仔犬が、手を放しても逃げずに俺の腹の上に乗ったままだった。
「懐かれたかな。良かったら飼うかい?」
左側からロディが仔犬に手を伸ばす。ギリギリ届いたその手に仔犬は頭を擦り付けた。
そのしぐさも相当可愛い……が。
「今のところマグマで手一杯だからな」
デカくてツルツルの相棒は今頃ササの家の庭でセシルやキンとワイワイ騒いでいるんだろうか。
「セシルにいい友達が出来て良かったよ」
「うちのバカはバカだから悪影響しか与えないかも」
「そんなことないだろ。さっきだってちゃんとセシルを連れ戻してきてくれたし、まだあの大きさなのに凄いスピードだった。きっともっと強くなるよ、マグマは」
喉元に生温かい風を感じ、見ると仔犬がぐっすり眠っていた。
それに気づいたロディが枕とヘッドボードの隙間から何かを手に取り、それを部屋の灯りに向ける。灯りは揺らぎながら次第に小さくなり、やがて消えた。
「おやすみ」
真っ暗な部屋の中にたくさんの寝息が聞こえる。
触れている場所から犬たちの体温と鼓動を感じる。
ロディが一人で寝られなくなってしまったのは、ずっとこうやって犬たちと寝ていたからなのかもしれない。
それなら仕方のないことだと思ってしまうほど、安堵感に包まれてぐっすりと眠れた夜だった。
「…ぅ………ぅう…。……っ、?!」
重くて苦しくて、うなされて目が覚めた。
腹の上にいたはずの仔犬も両脇にいたはずの犬たちもみんないなくなっていて、かわりに両側から腕と足が俺の上に乗っかっていた。
「重…、起き…、おいっ…」
俺は呼吸もままならない状態で助けを求めてみるが二人はまったく気づかずに眠り続けていて、声を出したせいか眠いのとは別の、意識が途切れそうになる感覚に襲われる。
…まさかこんな死に方ではないよな?
俺は怖くなってなんとか動けないか試してみる。
が、喉元を抑えられ両腕をホールドされ腿を固定され脛に重しが乗っているのだからどうにもならない。
動くのは足の指くらいで、それでも血の流れが止まらないようにと思って必死に動かす。
「くそっ、…起き、ろよっ…もぉ………っ…」
頭突きしてやろうかと頑張ってみるがどちらにも微妙に距離が足りない。
「ッ…、ハァ、ハァ…」
更に息苦しくなっただけだった。
最悪だな………。
次の人生では何があろうとも男と添い寝はしない。
そう思った時だった。
足元のマットレスが僅かに沈み込むのを感じた。
俺は足の指を動かす。
ベロリ、と舐められた。
「お、おい…助けてくれ……」
必死に指を動かす。でもそれ以降なんの反応もない。
いなくなった?
いや、どこかに行った感じはしていない。
…………。
よし、だったら………
落ち着いて
できる限りに息を吸い
足元にいるはずの犬に聞こえるように
「あさ…の…さん…ぽいっぉごぉぅぅっ……!!!!」
言い終わる前にドスンと腹に衝撃を受ける。
運が良いのか悪いのか、ダイブしてきた犬は確か一番大きなヤツだった。
「なっ?!」
「………ん…」
突然の負荷に驚いたロディが反射的に飛び退き、俺は重しが取れた左側になんとか体をずらしてアデギウスからも離れることができた。
……が、『散歩』というワードが耳に入った犬たちが次から次へと俺に向かって飛び込んできて、犬担当メイド達が到着するまでの数十分間、鼻でどつかれたり舐め回されたり踏みつけられたりという散々な目に遭い続けた。
ササの屋敷に逃げ帰った俺は他のメンバーに起こった出来事を半泣きで訴え、今後一切ロディと寝る持ち回りへは加わらなくて良いという判決を勝ち取った。




