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夜間飛行

「あったよ~~~!」

 数秒遅れでガチャガチャとアイテムを崩しながら山の中から這い出てきたフィリーアの右手には魔力保存の鎖が握られていた。

「あれ? ドラゴンは? ジェイマーもいないの?」

「もう行っちゃったよ! マグマ、安全飛行だぞ!」

「おう!」

 受け取った鎖を左の手首にグルグル巻く。

 そしてマグマに跨った。

 セシルが飛んで行った方向を見ていたので、このまま飛べば良いはずだ。

「良いか?!」

 マグマが翼を広げた。

「大丈夫だ! 飛べ!」

 前輪をしっかり握る。

 フワ、と地面から離れたのを感じる。

「あ…セシル……」

 何が起きているか分かっていないアデギウスが呆然と空を見上げている。

「ちゃんと連れて帰って来るから!」

 上空へ昇りながら声を掛けたけど、耳に届いたかは分からなかった。


 頭上には星の明かり、眼下には街の灯り、………前方は闇。

「こっちで合ってるんだよなぁ?!」

 何度目かの問いかけに、何度目かの返事が返ってくる。

「合ってる!」

 普段より速いスピードを出させているが、俺が乗っているんだからトップスピードというわけにはいかない。

 マグマより大きいセシルなら速度が上なのは当然のことだろう。しかも向こうは普通の精神状態じゃない。限界を超えたスピードを出されていれば、力尽きるまでは追いつけない。

「普通に空飛んでてくれるだけなら良いけど……」

 とっくに王都の上は通り過ぎて今は平原や林の上を飛んでいるけど、もし人が住んでいる場所に落ちたり暴れて建物を壊したりしたら一大事だ。Sランク竜騎士のドラゴンなら炎くらい吐けるだろうし。悠長に魔力の消耗を待っているわけにはいかない。

「ルイス、前!」

 受ける風に目を細めながら前方に集中する。

「?」

 かなり距離は離れているが、同じ飛行高度の先に一瞬光が瞬いた…気がする。しかしすぐに見失ってしまった。なんだ? マグマが見ろと言うなら星じゃないのか?

「……どこだ? まっすぐ?」

「今はちょっと上」

 マグマに言われた通り少し上に角度を変えてみるとさっきと同じように光が見え、また消えた。見逃さないように視界全体で次の位置を探す。すると光は数秒ごとに上下に移動しているようだった。

「グニャグニャ飛んでる」

「こっちはまっすぐそのままだぞ。距離を縮められる」

「わかった」

 それにしても繰り返しの急降下と急上昇……。見ているだけで気持ちが悪くなりそうだ。とっさに乗り込んだのが俺じゃなくて本当に良かった。

 そんなことを考えていたら、今までの光とは違う色の発光体がこちらをめがけて飛んでくるのが見えた。

「ルイス、火の矢だ! 攻撃されてる?!」

「違うよ、暗いから見えるようにしてるんだ。その矢に何か付いてるか? 見えるか?」

「…ヒモがついてる」

 ヒモ…。

「マグマ、お前それ口で取れるか?!」

「任せろ!」

 マグマが火の玉の飛んでくる位置に体を合わせる。火は瞬く間に俺たちの目の前まで飛んできて、ガクンとマグマの体が一段下がった。同時に明るく見えていた火の玉が消えた。

「…大丈夫か?!」

「ん!」

 マグマがぐい、と顔をこちらに向ける。口から矢羽根がはみ出ていて、その根元にロープが括り付けてあった。

 俺は鞍を挟む両足に一層の力を込めて前のめりの体制になる。前を見てない猛スピードで飛んでるドラゴンの上で尻を浮かせるなんてとんでもなく怖いことを何故俺が…。

 やり遂げたら何かいいことあると思わないとやってられない。

 何が良いだろうな。

 例えば…

 ………

 ………


 だめだ!

 余計に危険度が増す!

 集中しないと揺れるドラゴンの上で作業なんか出来ないって!


 思い切って手を伸ばし、マグマの口からロープ付の矢を引き抜く勢いで尻を鞍に戻す。それだけで安心感が全然違う。

 ……さて。

 まずは自分の体に一周ぐるりと巻き付ける。

「マグマ、このヒモがピンと張らないくらいのスピードに調整して飛んでてくれ」

「追いつかなくて良いのか?」

「ああ」

 受ける風がほんの少しだけ弱くなったのを感じてから、暗い中手探りでロープの結び目をほどいて矢を外す。ロープを手首に巻き付けている鎖の穴に通しては結び、別の穴に通しては結びを何度か繰り返す。

 こういう細かい作業をするとき、自分の年齢を再確認する。年寄のときの指の感覚の鈍さを思い出し、いま若くてよかったと思う。あの老いた時の感覚、どうにかならないもんだろうか。

 ロープがしっかり結ばれたのを確認してから鎖を手首から外し、体に巻いていた分のロープもほどく。

 そしてそれを空中に抛った。

「よし、もう止まっていいぞ。こっちの場所を知らせたいから火の玉を出してくれ」

 マグマが言われた通りにふわふわと空中に止まって火の玉を吐く。

「これで終わり? あいつらは?」

「少し待ってれば来るさ」

 俺は一息ついて眼下を見下ろした。

 ……何にも見えないな。

「ここどの辺だろうな? 水の音がしてるか?」

「海の上」

「海?! そんなとこまで来たのか?!」

 確かこの国は王都を中心にほぼ円形の島だったはず。食い物食わせただけで国の半径分以上の距離をぶっ飛ぶとは……。

「ホントに海?」

「前食った海の魚と同じ匂いがするもん」

 そうか、それは間違いないな。

 ……しかし折角この世界での初海なのに何も見えないとは。

「俺さー、昔津波に呑まれて死んだんだよなー」

「えっ?!」

 何気なく呟いたことにマグマが予想以上に反応した。

「死んだの? 昔っていつ? 津波って何?」

 ……こいつがどこに反応したんだかイマイチ分からないな。

「ここじゃない世界で魚を獲って生活してたときになー、大きな波に襲われて息が出来なくて死んじゃったんだ。でさ、その時の俺のお嫁さんが『マリー』っていう名前だったんだ」

「マリー姐さん?!」

「まぁ、あのマリーさんとは別人だろうけどさ、…ああ、でも…髪の毛の色はマリーさんの色と似てたかもなぁ」

 そんな話をしていると、前方からゆっくりと小さな光の点滅が近づいてきたのが見えた。

 マグマが空中の火の玉を増量して迎える。

 よく見るとセシルの頭には、飛んで行った時とは違って人型のキンがくっ付いていた。

「お待たせー」

 横付けされたセシルの首元にジェイマーを見つけたが、鎖は見当たらない。

「鎖はどこに?」

「首が太くて回んなくてさ、足首んとこ」

「そっか、無事に付いて良かった。止める前に人の住んでるところに落ちてったらどうしようかと思ったよ」

「それな、キンちゃんが『海に行きたい』って言ったおかげかも」

 自分の名前が聞こえて、キンが振り返る。

「女の子の姿で来たかったんだってさ、なぁキンちゃん?」

「パームはずっと海に来たがっていました。ボクは今日海に来ました」

「そっか、叶えたのか」

「よく分かりません」

 真っ暗だしな。

「今度は他のみんなも一緒に『ゆっくり』来ような。『明るい』ときに」

 ジェイマーが大事なところを強調する。

「はい」

 キンが頷いた。



「セシル!」

 ササの屋敷に戻ったのは真夜中を過ぎた頃だった。

 降り立ったセシルの鼻先に抱きついて、アデギウスが何度も謝罪の言葉を繰り返す。

「ごめんな! 怖かったよな?! ホントにごめん!」

「グルルルゥ」

 セシルの方も反省しているような声を出した。

「お前のせいなんだからなマグマ、お前もちゃんと反省しろよ」

「?」

「? …じゃなくて!」

 こいつの『飯を分け合えばすぐ仲良くなれる』っていう思い込みをどうにかして無くせないだろうか。

 どこかでドラゴンの躾教室開いてたら預けたいよな。

 そういえばマリーは村で元気にしてるかなぁ。さっき話題に出してたせいか、あの落ち着いたドラゴンに会いたくなってしまった。

「はー、今日は疲れたな。俺もう寝るわ」

 ジェイマーが珍しく疲労を口にして一番に家の中へ入っていく。

 フィリーアとオザダも続く。

「もう遅いし私も。ルイスくんもおつかれ様」

「お前も早く休んだ方がいい」

「うん。すぐ寝るよ」

 そう返事をして、その場に残る。アデギウスが落ち着いたらちゃんと謝らなければ。

 それにしても再会を喜ぶ二人の昂りはいつ納まるのだろうか…………。

「ルイス」

 話しかけてきたのはロディだった。

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