容疑者
「敵襲確認! キンは皆さんを護ります!」
騒ぎを聞きつけてキンが庭から走ってきた……が、途中から溶け出して金色の液体となり服を置き去りにして地を這い流れてくる。そして飛び跳ねていた男の両足をつたって登っていき、膝近くまで巻き込んだところで凝固した。
「ぎゃ」
男がバランスを崩して尻もちをついた。
更にドロドロのキンが体を登りながら男の身体を覆っていく。
「キン、顔だけは残してあげて」
顔まで塞いでしまったら息が出来ずに死んでしまう。
先に注意した甲斐があってキンは本当に顔面だけ残して男を覆い固めてしまった。
「うぇ~っ、なにこれ~っ? うぇ~っ……」
首元の固定がキツいのか何度もえずく。さっきとは別の涙が流れている。
「キンちゃん強いー」
ササが感心して拍手を送った。
「ササお嬢様?」
玄関扉を細く開けて従者たちが何の騒ぎかと心配している。
「不審者だけど多分大丈夫だよー」
ササが笑顔で答えながら左足で金色の塊にソバットを入れた。
塊がゴロンと後ろに倒れ、地面に頭を打ってゴツンと音がしたけれど、キンで守られていたためダメージは無いようだ。丸みのある塊がササの繰り返される蹴りで左右に揺すられる。
「や、やめてください~~」
「ササ、不審者かどうかはまだ分かんないから」
「危険人物でしょー? このまま王宮警備隊に引き渡そうよー?」
「何事だい?」
従者を掻き分けて出てきたのはワフだった。
「……これは…凄いことになってるね…」
「ルイス君を殺そうとした人ですー」
「ちがっ、うぇ~…違います! あれは事故でっ……僕のせいですけどっ……うぇ~」
「キン、ちょっと首の所緩めてあげて」
キンの拘束が位置を下げ、二の腕から下の固定に変わる。
「ふぅ…ありがとうございます」
身動きを封じられた男がお礼を言っている。不思議な光景だ。
ワフが転がっている男に近づく。
「君が戦士クラスで騒動を起こした本人?」
「あれは力を入れすぎて斧がすっぽ抜けてしまっただけなんです! 決して意図してやったことじゃないんです!」
「……ササちゃん、ちょとこの子と話をしたいんだけど」
「えー? 家に入れるのは嫌かもー。庭でも良いー?」
「良いよ、じゃあ行こうか」
そう言って二人がかりで男をゴロゴロと転がし始めた。
男はひーひー怯えながら芝生の上を運ばれた。
男はキンの拘束から解かれた代わりに、今度はワフの製作した手錠と足錠を付けられ、更に胴に巻かれた鎖で椅子に固定される。それでも先ほどまでよりよっぽどましだったらしく、男はまたお礼を言った。
「君はどうしてここにルイス君がいる事を知ってたの?」
テーブルを挟んで向かい合うワフが男に質問する。
尋問が始まった。
「僕を取り調べていた担当さんたちが噂してるのを聞きました。『夜間警備隊魔法部長の家で治療中だ』って……それで、家を探して確かめに来ました」
「確かめるってー?」
「あんな酷い怪我で、生きてるはずがないと思って……。皆が気を遣って僕の為に嘘をついてくれてるんだと思ったんです。……でも生きててくれた」
男が俺を見てまた泣きそうになっている。
目が合っているのが居心地悪くて顔を逸らす。家の中を見ると、起きてきたみんながこちらを窺っていた。どうして出てこないんだろう。
……フィリーアだけは凄い顔で男を睨んでいる。この男の顔を見てあの時のことを思い出しているんだろう。
俺はルーフ戸に近づいて『開けて』とアピールした。
一番近くにいたジェイマーが気づいて解錠に手を伸ばしてくれる。それを確認して俺の方から戸を少しだけ開け、そこに顔だけ突っ込んだ。
「どうしたの?」
「いや……、グレイス様がな……」
ジェイマーがどうも言いづらそうなので、その向こうにいたグレイスに目を向ける。
彼女はうーん、と首を傾げていた。
「…見えないの」
「え」
「彼の将来が見えないの」
それは事件を起こしたせいで希望に満ちていた王宮職への道が閉ざされた、とかそういう……のだけではなさそうだな。
「ひょっとして俺関連?」
「そうみたいねぇ」
「という事は」
「仲間になるかもってことかー? ……って言ってたとこ」
なんと……。
振り返る。…俺の視線に気づいてふにゃりと笑った。
「ここに来たのはご遺族の方のお住まいを聞ければと思ってなんです。それなのにご本人が元気そうなのでビックリしてしまいました」
「………無事なのでご心配なく…」
俺はペコリと頭を下げた。そして再び部屋の方を向く。
「グレイス、それってホントなの?」
「死ぬところも見えないし……多分そうだと思うのよねぇ…」
「では次…君は王宮で暮らしている学生のはずだ。それに謹慎中ではなかったかな? 今日は外出許可をもらって出てきたのかい?」
「いいえ」
男は首を横に振った。
「僕は昨日、退学をしました。なのでもう学生ではありません」
「え……俺のせいで辞めさせられたの?」
男はもう一度首を振った。
「自室待機をしていたら夕方に担当さんが来て、今回の件は原因不明のまま処理を進めることになったから僕もお咎めなしと決定したと教えてくれました。でも僕が殺してしまったことは……実際は生きてましたけど…やってしまったことは大変な事だと自覚して反省しています。こんな僕が国の仕事をするべきではないと思いました。だから君のせいではなくて僕のせいです」
「当たり前でしょー!」
ガン、とササが男の座っている椅子の足を蹴る。
「ササ、落ち着いて」
俺はササを男の傍から引き剥がす。
「ルイス君が怒らないから代わりに怒って上げてるんだよー!」
「そうだよ! ルイスくんが普通じゃないから助かっただけで、本当なら死んでたんだから!!」
おっと、フィリーアが我慢できずに参戦してきたか。…今にも男に飛びかかりそうなのをオザダが羽交い絞めにしている。
「死んでないから! 大丈夫だから! 二人とも落ち着いて!」
あんまり騒ぐと………ああ、ほら、そうだと思ったんだよ。
「ご…ごめんなさいぃ、僕が悪かったんですぅ~~っぅ……ううううあぁ~~~っ」
ジャラジャラと手錠の音をさせながら流れる涙を拭う。
「お詫びに何でもします~! このまま奴隷になっても構いません~っ!!」
男が俺に近寄ろうと椅子をくっつけたまま立ち上がろうとする。
ワフの作った強力な拘束具が体に巻き付いているのだから、普通ならそれは無理な事だった。
それなのに、男が一歩、二歩、と歩いてくる。
「嘘……」
両手両足を繋いでいたはずの錠の鎖は伸び切れ、胴に巻いた方は三歩目を踏み出すのと同時に砕け落ちた。
「それ以上来ないで!」
ササが俺を庇うように両手を広げて男を威嚇する。
「えぇ~~~?」
男が悲しそうな声を上げる。
「燃やす!」
「ボクが止めます!」
空気がピリついたのを察知したマグマが臨戦態勢に入り、キンが使命感に燃えて再び溶けだそうとする。
「待てマグマ! 庭木が燃える! キンも! 今触ったら危ないかもだから!」
「えー? じゃあ凍らす?」
「……わかりました」
「僕なにもしないよ~?」
男が四方を囲まれてオロオロし、こっちはこっちで今度は何をされるのかとビクビクする。
「参ったねぇ……どうしよっかな」
ワフの声が張り詰めた空気を少しだけ和らげる。
「メルシア、ちょっと頼める?」
ワフが家の中のメルシアに助けを求めた。
「……やるにはやるが……あんたが駄目なら厳しそうだね」
メルシアが本棚を物色しながら庭に出てきた。




