朝帰り
「……気づかれてたかぁー」
踏んだ小枝がポキと乾いた音を立てたせいで尾行は終了した。
ササを追ってたどり着いた場所は、住居エリアから少し離れた公園の中にある墓地だった。
「しかも随分目立つ付き添いつきだねー?」
俺を見つけたマグマが好奇心でくっついて来ていた。コイツに乗って飛んでいた方が音を立てずにいられたかもしれなかったな。
「俺だと夜盗に出会ったとき倒せないかもしれないし」
「あたしのこと心配してくれたのー? これでもSSランクなんだけどなー」
「姫は攻撃魔法使わないんだろ? 一人でどうやって相手に立ち向かうんだよ」
「んー? 疑ってるー? 色々あるよー」
ササは細いチェーンブレスレットの飾り玉を弾いた。
前にメルシアに見せてもらったような本棚が現れる。
例えばー…、と取り出したのは数冊の魔法書。
「転送でどっかに飛ばしちゃうとかー、浮遊かけて飛ばしちゃうとかー、熟睡させて意識飛ばしちゃうとかー…」
「何にせよ飛ばしちゃうんだな」
「物騒な人には近寄って欲しくないもんねー」
冗談交じりな受け答えなのに、少しピリピリしたものを肌が感じる。
「……『汚れたくない』から?」
「……んー?」
「でもそれって服のことじゃないんだろ?」
「……ないしょー」
否定しないのは『そうです』と言ってるのと同じだが。これはなにも教えませんという意思表明だろうな。
「このお墓のことも『ないしょ』?」
ササが向かい合っていた墓石。名前が書いてあるのかもしれないけど暗いので文字なんか見えない。
「これはねー……ササのママのお墓なの。……ちょっと会いたくなっちゃってね」
「……そっか」
今日のことがあったせいだろうか。
墓石をじっと見つめている。ササは何かあるたびにこうやって母親と会話するのだろうか。
「……姫、俺たち邪魔?」
「んー? そうでもないよー」
「じゃあ、すぐそこで待ってるから終わったら一緒に帰ろう?」
来る途中にまだ所有者がいない空き地があったのを覚えている。
「行こう、マグマ」
「おう」
マグマを連れて移動する。
そしてササに俺たちの位置を示すために火の玉を空き地の空中に浮かべた。
マグマを背もたれに芝生の上に座って夜空を見上げる。
まるで火の玉に溶かされて欠けたみたいな月が出ていた。
突然グラッと地面が揺れて慌てて閉じていた目を開けた。
「終わったみたいだ」
マグマが体を動かしたせいだと気付くのに数秒かかった。
…寝ていたみたいだ。
暗闇だったはずが少し明るくなってきている。どれくらい時間が経ったのだろうか。
ササがゆっくり歩いてくる。
「おまたせー」
「落ち着いた?」
足を止め、ちょっとムッとした顔をして見せる。
でも尖った雰囲気は消えていた。
「……なにその聞き方ー、なんか上からじゃないー?」
「そう? 言葉を間違えたのかも。気にしないで」
「いいけどさー。……帰ろっか」
来るときは見えなかった墓地や公園の景色を見渡しつつ歩く。
見える範囲には俺達以外誰もいなくて、小鳥の囀りや少し霧がかった空気が心地いい。
「ねー、いくつか案を考えたんだけど聞くー?」
いかにも聞いて欲しそうに話しかけるので俺は頷いた。
「まずは『攻撃魔法使いがいないパーティーとして有名になろう』っていうのとー、『メルシア様をロロック様と喧嘩別れさせて復帰させちゃおう』っていうのとー、あと『キンちゃんを鍛えたら何とかいけるかも?』っていうのとー、それからー……」
何があろうとも今の自分を変えない、そう腹をくくり直したということなんだろう。
それにしてもキンを出してきてまで逃れようとするとは………あの子は魔力的にはどうなんだろうな。いや、そもそも魔物が魔法使いという職に就けるのかという謎が………。
「やっぱり組合で探したほうが早いんじゃない?」
「ルイス君がなんやかんやいろいろ凄い頑張って魔法使いになるっていう手もあるんだけどー?」
「……やっぱり組合で探したほうが早いんじゃない?」
何年かける気なんだこの人は……。
「そっかなー。でも組合に入団希望出してる魔法使いって多分あたしより弱いんだよねー」
「ルウルさんの知り合いとかは紹介してもらえないの? 偉い人なんだろ?」
「パパの知り合いかー……あの世代が入るとめんどくさそうだよねー。それに何度も頼っちゃうのもなんかなー」
メルシアの加入はルウルの口添えが大きかったのかもしれないな。
さほど進展しない会話をしながら歩き、視界に屋敷が見えた頃やっとササが長時間かけて練った案を諦めてくれた。
「朝ごはん食べたら一応組合に見に行ってみようかなー」
「あ、じゃあ俺も………」
と同行を申し出ようとしたところで、屋敷の前に一人の男性が立っていることに気が付いた。
「お客さんかなー?」
「こんな朝早く? 不審者じゃないの?」
まだ距離があるのではっきりしないが、その後ろ姿には見覚えがある気がした。
「燃やす?」
大人しく後をついてきていたマグマが『やっと出番か』と前に出かけたところを止める。
「今のは冗談だから。それに人間はあんまり燃やしちゃ駄目だぞ」
「…そうか」
つまらなそうだな。オザダと魔物討伐に出ていたはずなのに消化不良みたいだ。
「でもちょっと怖くないー? 飛ばしちゃおうかー」
今度はササが魔法書を準備し始める。
「何の用かわかんないのに飛ばしちゃだめだろ」
と止めつつも、それも有ることかもしれないと内心では身構える。
少しずつ近づいてきたことで確信した。
「……あの時のあいつだ」
「どのときー?」
「ガラスが割れた時」
「えっ?」
ササの驚いた声の大きさに男が振り向いた。
「うちになんの用ですかー?」
ササが俺達を置いてズンズンと男に迫っていき、真正面に立って下から睨み上げる。身長差がすごいのでお互いの首がくっきり曲がってしまう。
「何の用ですかって聞いてるんだけどー?!」
「あ……あの、僕……ぁ………えっと……」
威圧的なササに押されて後退りする男。詰め寄られて塀に背中をぶつけ、木の枝葉に後頭部を埋めた。
「僕に御用ですか?」
これ以上刺激しないように極力柔らかく声を掛ける。
……よし、取敢えず武器らしき物は持っていないな。
もし斧を持ってたらササに飛ばしてもらわなくちゃいけなかった。
若くてひょろ長い男は俺を見て『アア!!』と口元を抑えた。
「ホントに生きてた! 良かった! 良かったぁ~~っ!」
男はボロボロと涙を流しながらその場で飛び跳ねた。
ササが数歩後退った。




