引き継ぎトラブル
夕食の準備をしている間にルウルの勤務時間が近付いてしまい、彼は一口も口にすることなく出発した。明日帰ってから仕上げる為に最初から彼の分だけは下ごしらえまで済ませて保管してあるらしい。
ルウルが部屋を出る前にロディの肩をポンと叩いていったのはどういう意味があったんだろう。
テーブルにはロロック達の好物が並んだ。
ジェイコフの好物だという炒め物には特定の地域でしか作られない調味料が使われていたらしいが、別の世界で食べたことがある味にとても似ていた。
グレイスのために作られた焼きプリンには生クリームとミルクアイスが添えられて、食後に食べたくなる甘い物の役目は充分果たしていた筈なのにササは目的のムースパフェを諦めなかった。
食事中はメルシアもロディも先程の話題には一言も触れない。
…ただ、他の話題にも触れない。
その息苦しい雰囲気を紛らわせようとグレイスが選んだ話題はワフの現在の生活についてだった。
ロロック退魔団の元技工士兼弓使い。退魔師を引退してから執筆した冒険譚は大ヒット。作家に転向かと思いきや技工士としても現役で様々な付加効果を定期的に世に送り出しては他の技工士達を驚かせているという。
「そんなに働いてどうするのかしら。そのうちお城でも建てる気?」
「まさか。そんな無駄に広い所には住めないよ」
「物に埋め尽くされてないと落ち着かないのは相変わらずか」
ジェイコフがプリンに手元の酒を少しかけて食べ始めた。ちょっと美味そうだな。俺の手の届くところには酒がないので試せないが。
「だって必要なものは手を伸ばせば届く場所に無いと困るじゃないか」
全くだ。
「そのせいで足の踏み場もないじゃない? そこは困らないのかしら??」
「足の踏み場はあるよ。ただ君たちにはその道が見えていないだけさ」
格好良い言い回しだが、要するに自分しか立ち入れない汚部屋だと認めているだけだ。
「この中の技工士は……君かな? 君なら分かってくれるかな?」
「分かります!」
フィリーアが即答した。今まで話に水を差さないように我慢していたようだ。
「私の場合は特に植物とか甲殻とかが場所を取ってしまって」
「そうだね、アレは殆どのアイテムに調整として頻繁に使うから収納アイテムに保管するタイミングが無いんだよね」
「そうなんですよね!」
「水モノも場所を取るよね」
「それぞれレベルの違う属性が付いてると保管したときの管理が面倒で…」
二人が技工士あるあるで会話を弾ませているうちにササが食事を終えた。それを待っていたメルシアが席から立った。
ピタリと全員の会話が止まる。
「ササ、話がある」
「……えー?」
「攻撃魔法を使え」
「……」
ササの顔つきが変わった。
「あんたのレベルならあたしが普段使っている魔法は使いこなせるはずだ。攻撃で有利なら回復魔法に多少力のない人間を入れても何とかなる」
「……」
「前に出て、あんたがロディの横にいてやるんだ」
「いやです」
「…なんだって?」
「嫌です。攻撃魔法は使いません」
見たことのない仮面のような表情と、のびない語尾。
「どうしてだ」
「言いたくありませんし私達の団を抜ける貴女に指図されたくありません」
強く言い放ったササはロディを睨んだ。
「どうしてもって言うなら私、魔法使い辞めるから」
「ササ…!」
ロディが狼狽える。ロディだけじゃない。他のメンバーもササの豹変ぶりにどうすればいいのか分からなくて戸惑っていた。
沈黙は数秒だったと思う。
けど、その数秒はとても重かった。
ギギ、と椅子の足が床を擦った。
俯いたササが立ち上がる。
前髪が影を作る。
口角は上がった。本当の表情は見えなかった。
「……なんか食べ過ぎて疲れちゃったー。あたしは先に部屋で休むよー。皆さんはごゆっくりー」
部屋を出て行くのを誰も止められなかった。
「メルシア」
突っ立ったままのメルシアに声をかけたのはロロックだった。
「こちらの都合だけで事を進めても迷惑を掛けるだけだよ。彼女に謝罪してきた方がいいんじゃないか?」
「何を謝ればいい? 抜ける事をか? それは最初からの約束だった」
「それはそうなんだろうが……彼女を不快にさせた事は見てわかるだろう」
「怒った理由が分からないまま謝りたくないね。あの子も理由を教える気は無さそうだったけど」
「…私ね」
グレイスが一息ついてから喋り出した。
「ササちゃんがまだ小さい時に攻撃魔法を嫌がる彼女の将来を心配したルウルから相談された事があったのだけど…その時は攻撃魔法を使う場面が見えなかったから『本人の自由にさせた方が良い』と言ったの。因みに……あ、いつもはこんな事しないのよ? さっきもう一度この後の数年を見ようとしたんだけど、全然見えなかったことは一応伝えておくわ」
「あー…、ルイスが関わってると未来が見えないんでしたっけ」
「そっか、それだと私たちも見てもらえないんですね」
あ、みんなの視線が痛い。
だよな…有名な占い師…先読み師? だもんな。普通に見てもらいたい事あるよな。ごめんな。
「これからも一緒という事だな」
オザダが俺にしか聞こえないくらい小さな声でそう言った。
そうか。そういう事なんだな。多分いま、俺だけがちょっとホッとしてる。不謹慎か?
「何年も前の事とはいえグレイスが見えなかったなら、いくら説得してもササが攻撃魔法を使うことは期待しない方が良いだろう。素直にメルシアの代わりになる攻撃力の高い魔法使いを探したらどうなんだ?」
プリンをたいらげたジェイコフは今度は骨付き肉にかぶりついた。
「あたしみたいなのがいきなり団に入って来て、上手くいくと思うかい?」
「それってどういう意味っすか?」
「どこにも所属してない魔法使いのSSランクなんて、どっかに難があるに決まってるだろ?」
………。沈黙が流れた。
返事に困ることを言うなよばーちゃん。
「それに魔力と良い魔法書があれば大抵の事は思い通りになると思ってる、ずる賢い奴ってのは多いものさ。ロディは団のためなら金を惜しまないだろ? それを利用したらかなりレアな魔法書も手に入れられる。それを隠すのも飛ばすのもあたしたちはあんたらより簡単にやれるんだよ。だから間違って変な奴を入れるよりは信用の置けるササの方が適任だし手っ取り早いと思ったんだ」
「性格が悪いのが魔法使いだけとは限らないでしょうけど……突然の失踪や危険エリアで敵前逃亡する魔法使いについての相談が多いことは確かだわね」
「組合ならその辺の素行調査はしてるだんじゃないのかな?」
「そのせいかもしれんな、登録してる魔法使いは他の職種よりランクが低めなのは」
「実力と信用の両方を重視して組合で探すなら、見つけるのは竜騎士よりも苦労するぞ」
メルシアのその言葉を、ロディは無言で受け止めていた。
深夜。
俺は物音がして目を覚ました。
明日も早いロディとジェイコフはそれぞれ自分の家に帰ったがワフが泊まることになったのでグレイスも残ることになり、回復したばかりの俺と先に酔い潰れたメルシアを部屋に納めて他の大人たちはかなり遅くまで酒を飲んでいたようだった。
気を遣ったドアの開閉音がして誰かがトイレに起きたんだろうかとも思ったが、少し気になってじっと耳をそばだてる。
足音が俺の部屋の廊下の前を通り過ぎ、階段を下りていった。
そしてまたドアの開閉……かすかに外からカツカツと聞こえるのはアプローチを歩く音だろうか。
そっと窓から外を覗くと、ちょうどササが格子の門扉を開けて出ていくところだった。




