話の流れで
意識を外に戻すとグレイスがぐったりしている。
「あなた一体何者なの? 私いまちょっと落ち込んでいるわよ」
テーブルに両肘をついて頭を抱えた。
「どうしたんですか? 俺の魔力は?」
「…ごめんなさい、やれると思ったのだけど……」
「無理なんですか?」
「蓋に鍵がかかってたの」
「蓋…?」
「見ればわかるわ。いまの貴方ならあの中にはいつでも入れるから」
ぐったりしたままのグレイスにそう言われて、俺はもう一度、俺の【中】に集中した。
影すら映らない明るい部屋を意識だけが飛んでいる。もしかしたらグレイスの目玉みたいになっているかもしれないが、自分では見えないのでそうではないことを願う。
「蓋よ」
「天井のことですか?」
一気に天井まで上りつめる。天井にいくつか、様々な形のくぼみが見えた。模様ではないのだろうか。
「だから蓋なのよ、甕の。しかも外からは開けられる特殊鍵付き。蓋が閉じる前に抜け出せたのは不幸中の幸いだったわ。下手したら戻って来られなかったもの」
「え…?」
「そこは貴方の甕の中なのよ。まったく、甕の中に甕を入れてしまうなんて…しくじったわ~」
グレイスがとびきり大きな落胆の声を上げ、テーブルに突っ伏して動かなくなった。
蓋、といわれた天井をじっくり見て回る。くぼみは全部で6つあった。鍵だということは、ここにこの形の何かをはめ込むと開くということなのだろうか。
「まぁでも、その中でなら魔法は使えるから良いかしら?」
少しだけグレイスの頭が持ち上がる。
「この中って俺の中で、ってこと?」
「甕の中で、ってことよ」
「…例えばどんな魔法を?」
「……」
「甕の中で使って役立つ魔法ってあるんですか?」
「……」
ゴツン、とテーブルが頭突きされたことを伝えた。
「……大丈夫ですか…?」
グレイスはそこからしばらく動かなくなった。
「それよりもその大きさよね! 貴方の前世はその甕いっぱいの魔力を使いこなしてたってことなのかしら」
突然興奮の声を上げたグレイスは、同時に顔も上げたが視線はわずかに俺から逸れている。というか、明らかに泳いでいた。
「昔からランクごとに小さい甕でその人の保有魔力を制限してるんだと思っていたけど…実は違ったのかしら。そんな資料は見たことないけれど」
俺の甕は特殊らしい。
「もし魔法が使えたら俺もSSランク並みですか?」
「あれはそんなもんじゃないわね! 一発に込めたとしたら世界を滅ぼせるんじゃない?」
「へぇ~…そんな力が…」
何とも現実味がないな。
俺の忘れてしまった前世ってなんだったんだろうな。記憶も魔力も自分で隠してしまって。そのくせその後は記憶を消さないまま転生を繰り返している。
「……ごめんなさい。私、全て上手くいくと思っていたわ。」
「俺も今回は何か変わるんじゃないかと思いました」
「でしょ? そうなのよ。簡単じゃなかった。でもね、簡単じゃないだけなのよきっと。鍵を集めればいいんだわ」
「?」
「思ったより困難だけど、貴方が進もうと決めたら進める道なのよ。まぁ、未来は相変わらず見えないけれど」
グレイスが魔力を使い切った魔法書を片付け始めたと同じくらいに、背後で階段を足早に下りてくる足音が聞こえてきた。
「ただいま!」
息遣いの荒さが、相当急いでお使いをこなして来たことをアピールしている。
「おかえりなさいアレクシス」
何事もなかったようにグレイスはニッコリ微笑み、アレクシスを迎えた。
「貰ってきましたよ。勇者登録兼受験証」
「…勇者?」
小さな布袋から取り出された、小さなバッジ。白い六角形の中に青の五角形、その中に緑の四角形、そして中心に金色の三角形。
通称【勇者の証】と呼ばれるもので、図柄は世界を表していると言われている。
「さあ受け取ってルイス。貴方は勇者を目指して退魔の旅に出るのよ」
「は?! 俺まだ5歳の子供ですけど?! 魔法も使えるようにならなかったですけど?!」
俺の声にアレクシスも途端に動揺する。
「なに…? どういうことですかグレイス! 魔法は使えるようになると言ってましたよね?! 大丈夫だと仰いましたよね?!」
「大丈夫よ。ルイスは選ばれし勇者だもの」
「「え?!」」
「なんですって?! どういうことですかグレイス!」
親子揃って詰め寄るがグレイスは怯むことなく、むしろ慌てる俺たちを見て満足げだ。
「彼は私ですら見透せないほどの力を持って生まれてきた運命の子。未来には無限の選択肢があり、数えきれない試練にも遭遇する」
グレイスは暗い天井に向かって手をかざし、まるで預言者のように言葉を並べた。
たしかに、グレイスには俺の未来も力量も見えてはいない。
そして、誰かに選ばれたとかそういう事だって見えていないはずだ。
それなのに彼女は、全てを理解したかのような自信に満ちた様子で続ける。
「魔法を操ることにさえ、試練が与えられているの。だから彼は行かなくてはいけないわ。旅立つことは彼の為でも、世界の為でもあるのよ」
「なんとそこまでとは!」
世界の為、なんてどこからそんな話になったのか。まぁ、アレクシスを納得させるための流れなのだろうが。
思惑通りアレクシスは興奮している。自分の子が特別な存在だと認定されるのは嬉しいものだろう。
「ルイスすごいな、やっぱりお前は俺たちの子だ」
俺は頭から顔を強めに撫でまわされる。
参った。こうなることが嫌でここに来たはずだったのに。
「いい? アレクシス」
本題、とばかりに、グレイスは声のトーンを一つ落とした。
「まず一つ。ルイスの成長は他の子とは仕組みが違うの。他の子が出来ていることが出来なくても、他の子がやらないことをやったとしても、どちらも認めてあげて」
「…ええ、わかりました」
「次に、魔法ね。これは時間がかかるわ。まずは勇者として外へ出て経験を積むことが必要よ。だからしばらくは身体的なスキルを磨くことが主になるわね」
「であれば戦士や弓使いの学校へ行ってからでもいいのでは?」
それはいい案だ。魔力が無くても努力でなんとかなりそうだ。
「学校で学ぶのもいいけれど、そのクラスに入ってしまうと内容がその職に固定されてしまうでしょ。彼には出来るだけ最短ルートで、すべての職をこなせるようになってもらいたいのよ」
「! すべて…ですか?」
「そうね。大変だけど、全種のSSランクを目指すべきだと思うわ」
「そんなことっ……」
出来るわけない、とは我が子の将来を否定することになると気づいて、アレクシスは言葉を切った。
「必要よ」
念押しの一言は俺に向けてのものだった。おそらく、『鍵』の件に関係するんだろう。
それにしても全職種を極めるまでとは……。
「その…それ以外には道はないのでしょうか」
「最善以外ならもちろんいくらでもあるわ。魔法が駄目だと人生全部駄目なわけではないでしょ。魔法以外の退魔職で好きなものだけ突き詰めてもいいだろうし、商人や農民になるのだって不幸なことじゃないわ」
「……」
「親が責任だと思って道を示すことも大事だけれどね。彼がどうしたいかを尊重することも大事だと思うわ」
「…………ルイスが…」
俺は…。
「……」
これまで全く糸口が見えなかった生まれ変わり。なのに前世や能力が関わっていることが分かったのはこの時代でグレイスに出会ったからだ。
そして、グレイスに出会えたのも、彼女が必要な魔法書を持っていたのも、アレクシスとエマルダがいたからこそだ。
この時代には何かがある。ここで動かなければ、また延々生き続けなければならないかもしれない。
この時代なら、人生を終わらせることが出来るかもしれない。俺が、ルイスがどうしたいのか…。
「おとうさん、そのバッジちょうだい」
俺はてのひらを差し出した。
「ルイス!」
「大丈夫。がんばるよ」
アレクシスは戸惑ったが、俺の意思が固まったと感じたのか、六角形のバッジをてのひらの上に乗せてくれた。
「ありがとうおとうさん」
「ルイス…」
父はまだ不安そうだったが、それでも腹を決めたようだ。
「はい! ということで私お手紙書くわね」
「…手紙、ですか?」
「やらなくちゃいけない修行、とはいえ一人じゃ無理でしょ? 子供ですもの」
グレイスがキャビネットから縁にレースのデザインが施された便箋を取り出しペンを滑らせた。
「ルイスは勉強して強くなれるし、同時におばあちゃん孝行も出来ちゃって一石二鳥~」
「! まさか…メルシア様に預けると?!」